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009:伊織


 ボロっちい麻布で素肌を隠している伊織は、しかし女性らしく丸みを帯びた肩やキュッとくびれた腰などボディラインを隠しきるには至らない。

 艶やかで一本一本が細い黒髪は後頭部にて結われ、これぞポニーテールってな様相を呈している。

 いや、というか特殊塗料で顔を汚らしく装ってはいるが、そんな綺麗な髪を惜しげもなく晒してりゃあ美少女として悪いオジサンに拐かされちゃうよと物申したい気持ちでいっぱいになる。

 というか作中では年齢16だった筈なんだが、見た感じもっと幼げに見えた。


「な……なんだ……?」


「いや、何でもない」


「だったら、ジロジロ見るな。気色悪い」


 俺の視線が不愉快に思われたのか物凄い突っ慳貪な態度で一歩身を引いた伊織。


「あ、そうか」


 俺は不意に思い当たってつい声に出してしまう。


「今度は何だ?!」


「いや、すまん。ごく個人的な事を考えてしまった」


「チッ」


 よく考えてみれば、ゲーム開始時点で主人公は15歳。

 そして悪役令息たるサグ・ブラームス君も魔法学園のクラスメートということで同じく15歳という設定だった。

 そして今現在の俺の年齢は12歳。

 つまり今という時間軸はゲーム開始時の三年前という話になる。


 ということは、だ。

 俺の視線を受けて居心地悪そうにしている彼女いおりは現在13歳ということになる。

 なるほど、13歳の伊織ちゃんはこんな感じなのか。

 思わず有無を言わさず手を伸ばして捕まえてギューって抱き竦めたい衝動に駆られちまうぜ。

 ――まあ、年下となる俺の体格は彼女よりもちょっぴり小さく、そのせいでお姉ちゃんに甘える弟みたいな絵面にしかならんのだろうけど……。


「ヘルート、鼻の下伸びてる」


 位置的に伊織の更に奥でマリーが棒立ちするのが見えているのだが、彼女はジトーッとした目で俺を見ていた。



 それから一旦仕切り直そうと屋根の無い廃屋の真ん中にて断りも無しに座り込み、やや呆気にとられている伊織を手招きして対面する格好で座らせた。


「それじゃあ早速なんだが依頼の内容について摺り合わせをしよう」


「……雇い主を差し置いて仕切ってる」


 すぐ隣にちょこんと座り込んだ――掃除も大してされていない泥と埃にまみれた床に座るなんて良いとこのお嬢さんとしては憚られるものだろうけど長時間歩き詰めでヘトヘトだったのかマリーは文句も言わずに腰を落とした――俺の雇い主様はけれどどこか不満げに鼻を鳴らす。

 正面では簡素でボロボロの布きれを床に敷いてこの上で胡座を掻く伊織の姿。

 こうやって礼儀も知らない貧民街スラムの子供を演じているが、実は礼法もきっちり学び必要とあらばどこぞの貴族令嬢らしく振る舞うことだってお手の物である事をゲーム知識により知り得ている俺。

 ついニヤリと口端を吊り上げてしまう大悪党の俺様である。


「君に依頼したい仕事は要人警護。といっても護衛対象は俺の隣にいるこの子だ。報酬は一日につき銀貨1枚。つまり一ヶ月間で30枚ってこと。依頼の性質上この子の家に住み込んで貰う事になる。部屋や衣服はこちらで準備するし食事の心配も要らない。期間は決めていない。こちらが出せる条件はこれが精一杯になるが、この依頼、受けて貰えないだろうか」


 言葉を切って懐から契約書を取り出し相手が読めるよう向きを変えて差し出す。

 伊織はスッと眼を細めて書面を眺める。


 文字の読み書きができることは分かっているし、分かりにくい言い回しは無くして簡潔明瞭に記している。

 ここで提示した条件は事前にマリーと話し合って決定したものだ。

 一ヶ月の給料として銀貨30枚はハッキリ言って破格である。

 土木建築業など肉体労働(ブルーカラー)なら日当で銅貨10枚でも高いと言えるほどなのに銀貨1枚ともなると、それこそ一年も務めれば以降10年はお金に困らないだろう。そりゃあ豪遊するともなれば話は変わってしまうけど。


「言っておくが、ここで提示した条件はこちらとしても限界一杯のものだ。なので値をつり上げるとかは無理な話なので“はい”か“いいえ”だけで答えて欲しい」


 伊織は難しい顔で腕組みしているが気持ち的には傾いているのがありありと見て取れた。

 如何にも断りそうな態度は自分を安く見せないための演技であると俺は見破っていた。


「幾つか聞きたい」


 彼女は重々しい調子で口を開く。

 次の言葉を待っていると彼女はやや躊躇い気味に続ける。


「私には一緒に暮らす妹がいる。連れて行っても構わないだろうか?」


「ああ、給金は渡せないが衣食住に関してはこちらで何とかしよう」


 姉か妹か曖昧だったが、そうか妹だったか。

 しかし彼女の言い様から考えて妹ちゃんはまだ闇ギルドに誘拐されていないようだ。


 伊織の妹は詩織しおりという。

 ゲームでは救い出した後に主人公パーティの一員に加わるのだが、スキル構成がやたらとトリッキーで使いにくかったのを覚えている。

 職業クラスは確か“巫女”で、二人の出身地は前世で言うところの日本と同じような遙か東に位置する島国で蓬莱ほうらいというのだが、船を乗り継いでどんぶらこ、上陸してから始まる蓬莱編にならないと最強クラスの奥義“神降ろし”を覚えてくれないという、とんでもなく面倒臭い仕様なのである。

 なので俺は初回プレイでさえ最終決戦に詩織を起用しなかったという……。

 だって氣術の裏奥義を使えばそれだけで破壊神ラスボス撃破できちゃうんだもん。

 わざわざ自分から難易度上げてどうすんだって話だ。


 まあ、その辺りは割愛しよう。

 今この世界はゲームとは違うし、何より時系列的に本編は始まってさえいないのだから。


「他には何かあるか?」


 俺の口から良い返事が出た事で伊織はホッと安堵する顔になった。

 けれどそれは一瞬だけの事で、すぐさま表情を引き締める。


「護衛対象……ええと」


「あ、申し遅れました。わたくし、マリー・ミューエルと申します」


 まだ名乗っていない事に思い至ったのかちょっと焦り声で頭を下げるマリーちゃん。

 転生者を疑う程に聡いこの子も時にはうっかり凡ミスをする。

 なにやらホッコリしちゃう俺だった。


「その、マリーは闇ギルドに狙われていると、どうして知っている?」


「以前から屋敷に務めていた執事が暗器を手に襲い掛かってきた。返り討ちにしたが、そいつの遺留品を調べた結果、闇ギルドとの繋がりを示すとおぼしき物品が見つかった。だから結論として、優先順位がどれくらい高いかまでは分からないが標的にされていると判断した」


 遺留品を調べたというのは嘘だ。

 メイド長のシンシアさんが一通り殺人執事ハンスの荷物をあらためたらしい事は小耳に挟んでいるが、彼の正体に迫るような物は見当たらず、なのでそのまま処分すると聞き及んでいる。


「なるほど、よく分かった」


「他には?」


「では最後に一つ、答えて欲しい」


 彼女はもう断ろうといった態度など欠片ほどもなく、その割に双眸も鋭く俺を見据えた。


「お前はどうやって伊織わたしがここに居ることを突き止めた? 似たような家屋が並んでいる中でお前は迷うこと無くこの家の前までやって来た。そして出された条件にある給金にしても、並の護衛を雇う金額としては大仰に過ぎる。私が何者か知っていると考えなければ辻褄が合わない」


 ああ、やっぱりそう来たか。

 そりゃあ俺が彼女の立場でも真っ先にそう思うだろうし、しかし困ったな。どう答えたものか。

 色々と考えて、俺は大きな溜息を吐いてから口を開く。


「これを言ってもまず信じないと思うし、逆に俺が言われたらコイツ頭ダイジョーブか?って思うような話なんだが、それでも聞きたいか?」


 念のために予防線を張っておく。

 伊織が僅かに頷くのを確認してから言葉を紡いだ。


「いや、なに。夢を見たんだよ。やたらと現実味のある夢でな。俺がこの家に入っていってお前を雇うって話してんだ。それから俺一人で闇ギルドのアジトじゃあないのかって建物に押し入って、そこにいる奴ら全員を片っ端からぶちのめすって、そんな夢だ」


「夢……」


「もしもこの家に伊織がいなかったら単なる夢として忘れちまおうって思ってた。だが実際ここにお前が居た。……となると、次は一人で闇ギルドのアジトに乗り込まなきゃいけないって事なんだろうな、と」


「千里眼……予知? いや、しかし……」


 俺の説明に深く考え込む仕草を見せる伊織。

 俺は夢のお告げってことにしたが、前世の記憶なんてそれこそ夢や幻の類と斬って捨ててもいい様な代物だ。

 だから、自分で言っててなんだが完全な嘘っぱちではないと、内心で自己弁護しておく。


「――お姉ちゃん、その人は信じられるよ」


 と、そんな折りに後ろから声が掛けられて思わずビクリとしてしまった。

 慌てて振り向けば、そこに長い黒髪を結って胸元に垂らす女の子が一人。


「ああ、詩織」


「ただいま、お姉ちゃん」


 姉の伊織はちょっとキツそうな目元だが、こちらは優しげな瞳。

 愛らしくも儚げといった風情もそのままに、詩織はどうとでも取れる笑みを初対面である筈の俺に手向けていた。



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