008:思索
マリーが部屋を去ってからベッドに潜り込んだ俺は、そこから結構な時間を悶々として過ごす事になる。
(マリーには納得して引き下がって見せたけれど、やっぱ敵地に乗り込んでいって皆殺ししたかった……)
え、俺そんなに物騒なこと考えて無いよな?
自問自答するものの答えは出ない。
客観的に見ればめちゃくちゃヤバい考えなのだろうけれど、転生した先、サグ・ブラームスの人格に引っ張られているのか兎に角暴れ回りたくて仕方ない。
いや、最初に居たブラームス家邸宅でのサグ君は絵に描いたようないじめられっ子だったから、どちらかと言えば内向的だった反動なのかも知れなかったが……。
まあ、その辺りは時間が経てば解決すると思う。
前世の俺の人格とサグとしての内面に折り合いを付けるというか整合性を取るには時間と睨めっこする意外に手段が無い、というのが最終的に捻り出した結論なのだから。
そんな事よりも、だ。
俺としては早急に解決しておきたい案件があった。
本日未明に俺がこの手でぶち殺した暗殺系執事のハンスなのだが、実は俺、コイツを知ってるっぽい。
アルバトロス戦記、略してアルバトにて登場した敵キャラである。
強さ的にはボス部屋手前に出てくるザコより一段だけ上のクラス。
順調にレベル上げしていればまず負けない相手だ。
問題はどこで登場したのかって話。
コイツは確か“闇ギルド”って名称の建物内に出てきた筈。
そして、このダンジョンのボスは闇ギルドマスター。
相当の強敵だったのを覚えている。
闇ギルドは麻薬などご禁制の品を密輸する運び屋や人を攫ったり要人を暗殺したりといった裏社会の依頼を受けて犯罪者に受注させる反社会組織だ。
物語としては正義マンである主人公一味が誘拐事件に端を発して貴族とギルドとの癒着を突き止めアジトに乗り込む、みたいな流れだった筈。
この闇ギルド攻略戦を思い返していて気付いたが、イベントの流れで加わる仲間が居たはずだった。
名前は“伊織”といって、職業は忍者。
美少女キャラなのでくノ一って事になる。
彼女の妹だか姉だかがギルドに拉致られ人質にされており否応なく暗殺の仕事を受けさせられていたのを主人公が救出を条件に仕事から足を洗うよう説得して、攻略した後に主人公の家来としてパーティに加わる、みたいな感じだったか。
俺としては考えもしなかった成り行きになっている手前、主人公君には悪いが仲間に出来るようならしたいと思ったんだ。
いや、だってホラ、今の俺ってゲームの駒として考えると攻撃一辺倒の脳筋アタッカーじゃん。そうすると護衛対象となるマリーに意識を向けると突撃バカとしての持ち味が発揮できない。
なので後ろを気にしなくて済むよう彼女に護衛を付ける必要が出てくる。
この空いてる枠に伊織を入れたい。
そうすりゃ極端な話、俺一人で敵地に乗り込んでいって殲滅して帰ってくるなんて芸当もやりやすくなる筈だった。
……俺は自分の能力を過信はしない。だからといって謙虚に振る舞おうって腹づもりもない。
恐らく現在の俺の実力は、例えば一般兵と対するなら300名くらい、王都の城に詰めている近衛兵が相手でもギリギリで100人くらいなら何とかなる筈。
ならば闇ギルドに単身で攻め込んでも無傷とはいかずとも制圧して帰ってこれるだろうと予想していた。
――翌日。
陽が昇って早々から昨日の執事服に着替えた俺はマリーを伴いミューエル家の邸宅を飛び出した。
マリーの外出目的は、まずは町の衛兵詰め所で進捗を聞く事。
既に町を出ているはずの捜索隊が両親の遺体や遺留品を発見し持ち帰る事が出来ていれば受け取るし、そうでなくても両親の死亡が確認されていれば続けて役所に赴き相続の手続きに取り掛かる。
書類上の遣り取りが一段落したら今度は俺の用事に付き合って貰う、というのが本日の大まかな段取りになっていた。
「――けど、そんな有能な人が本当にいるの?」
「さあて、どうかな?」
「なによそれ~……」
マリーには詳細は伝えていない。
町の郊外に有能な人材がいてスカウトに行くとだけ告げている。
まさかゲームでそうだったからなんて言うわけにもいかないだろ。
俺が彼女を指して転生者であると確信しきれないのと同様に彼女の方も俺が何者か掴みあぐねているといった様子なのだし、こっちの事情をいちいち事細かく説明してやる理由はあるまいて。
本当は彼女を邸宅に送り届けてから俺だけで出向くつもりだったけど、護衛が長い時間護衛対象から離れるなんて認められるワケがないとマリーに窘められ、だったらお前も来ればいいじゃんかと切り返せば満面の笑みで頷いたと、そんな経緯になるのだが、まったくこのお嬢ちゃんは何が嬉しいのか道中ニコニコ上機嫌だった。
町の詰め所に辿り着き待機している衛兵に尋ねたところ、捜索隊は昨日の夕刻には出発しているがまだ帰投していないと説明され、戻り次第連絡すると言われてそのまま詰め所を出た。
その足で町の郊外へと赴いた次第である。
「ね、ねえ、ホントにこっちで合ってるの?」
「……と思うんだが」
「ここまで来て空振りは勘弁してよね……」
結構な距離を歩いたものだからマリーは途中でへばって、そこからは俺が背負う格好になった。
俺達が踏み入ったのはボロ家が並ぶ貧民街の一角。
異臭も漂う中、道順しか分からない中で辿り着いたのは、屋根がなく壁さえ所々崩れ落ちている廃墟と呼んだ方が似つかわしい建物だった。
俺は背中のお荷物を降ろして立たせると、自分は今にも腐り落ちそうなボロっちい木製扉をノックする。
「お~い、誰か居ないか~?」
呼ばわって耳を澄ませるが物音はしない。
けれど俺の感覚器官に引っ掛かる気配があった。
「悪いが急ぎの用事があるので無理にでも入らせて貰うぞ!」
一応の礼儀として建物内にも聞こえるよう声を張り上げ扉を押し開く。
バキャッ、と音がして、扉そのものが外れてしまった。
「あ、悪い……」
肩越しに顧みるにジト目のマリーさん。
何とも気まずい空気の中、俺は建物内に足を踏み入れる。
「動くな」
三歩と進まないうちに背後を取られ、首筋に刃物を押し当てられた。
「ええと、伊織って人に会いたいんだが、家を間違えたか?」
「私が伊織だ。用件を言え」
音色は少女のもの。けれど低くて抑揚が無い。
俺が不審な動きをしたら即座に喉笛をカッ切ると、放たれる圧力が告げているかに思われた。
「依頼があって来た。要人護衛を頼みたい」
「そんなことは表通りのギルドにでも依頼するんだな」
表通りのギルド、というのはいわゆる冒険者依頼斡旋所とかそういったものを指しているのだろう。
「それは難しい。護衛対象は恐らく闇ギルドの標的にされている」
「……」
なるべく疑問の余地がないよう簡潔に述べる。
どこの世界でも裏社会の住人というのは総じて頭が悪いってのが相場だ。
だから貴族社会にありがちな回りくどい言い回しは悪印象どころか理解すらしてもらえない。
背後の気配は考え込んでいるのか少々のあいだ沈黙し、それから首筋に押し当てていた冷たい感触を取っ払った。
「良いだろう。話を聞く」
「有り難い……ええと、振り向いても構わないか?」
「好きにしろ」
念のために断りを入れてから身体の向きを変える。
俺の視界に泥や煤で汚れた娘さんの顔が出現する。
ただし、顔が汚れているのは態々それ用の塗料を使用しているからだと俺は知っていた。
すっぴんなら、作中で一二を争う程の美少女なのである。
なお、伊織はビジュアル的要素を除外してさえゲーム中の俺のパーティで最後まで一緒だったキャラである。