007:お嬢様の事情
恐らく本当の職業が暗殺者なのであろう執事を肉片にしてから数刻。
この間に俺とマリーはそれぞれに入浴を済ませ、浴場から出た矢先に新しい衣服を宛がわれ袖を通すことになった。
「ってか、これ執事服なんだがどういう事なのか説明して貰っても良いか?」
黒いスラックスにYシャツ、上着に黒のタキシード。
どこからどう見ても執事の代わりじゃねえか。
宛がわれた部屋に入った早々、後追いする格好で赤い簡素なドレスを着た栗色髪美幼女がやって来たので直接聞いてみた。
「不満なの? でも我慢してね。この家に男の子用の服ってそれしかないから」
「そんな理由かよ」
「いいえ、それだけじゃないわ。私専属の執事って肩書きが無いといつ襲ってくるかも分からない暗殺者対策として常時張り付いているなんて出来ないもの」
マリー部屋に備え付けられているベッドにコロンッと転がると足をパタパタさせながら告げる。
俺としては色々と物申したい気持ちでいっぱいだったが、取り敢えずと天井を仰いだ。
「まさかとは思うが、執事としての実務までやれとか言い出さないだろうな?」
「ああ、そこは大丈夫。お仕事としては来客がある時なんかにそれっぽく振る舞っていれば良いわ。実務的な内容はメイド長のシンシアに丸投げする形にするよう、さっき話をしてきたもの」
「さっき。って、……シンシアさん? って人もよく了解してくれたな」
「前の執事があんまり仕事しなかったから、元々実務はシンシアの領分になってるわ。彼女にしてみれば大して代わり映えしない話でしょうね」
「そう、それだ」
「どれ?」
床に突っ立ったまんまというのも居心地悪いので窓際にある安っぽい木製机から椅子だけ引っこ抜いてベッドの前で着座する。
お嬢ちゃんは何か可愛らしい生き物のように首を傾げてこちらを見つめている。
「あの執事、お前の親に雇われてないって言ってたな。どういうことなんだ?」
「ああ、それね」
質問の意図を理解したのか彼女は物凄く不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「これを教えるって事はお貴族様の内情を知るって事で、もう他人事には出来なくなっちゃうワケだけど、それでも良い?」
「全く良くはないが、既に充分に巻き込まれてるだろ。最初聞いたのと随分と話が違ってるのだから雇用契約を白紙にしてもいいレベルだぞ」
「あら失礼」
「このクソアマ」
「執事がそんなお下品な言葉遣いするものじゃないわ」
「あーハイハイ。んで、言うのか言わないのか、どっちなんだ?」
ちょいとイラッとしたけど、俺は見た目は子供でも頭脳は大人だ。
ガキを相手に声を荒げるなんて、そんな大人げ無い真似はできない。
そう自分に言い聞かせ、深く大きく息を吐き出す。
「言うわよ。……ええと、まず我が家の家族構成なのだけれど、私はマリー・ミューエル。ミューエル家というのは元は男爵、つまり貴族の家系ではあるのだけれど、没落して最終的に爵位を召し上げられてるの。だから曲がりなりにも貴族と言えるのはお義父様の親の代までね。それでお義父様、セルタン・ミューエルは商人になる事を志して奔走、借金まみれだったミューエル家を一代で立て直した」
「凄え人なんだな」
「ええ、これだけを聞けば、誰でもそう考えるわよね」
「これだけじゃない、って事だな?」
「私の義母様はエリーゼ・ハイペルス。……ハイペルスってのはアザリアを含めてこの辺りを所領とする領主の家系なんだけど、爵位的に見れば侯爵家で、王族とも血の繋がりがある由緒正しい家柄なのよ」
「……よく結婚できたな」
「そう、そこなの。パパがママを娶ったのは、かなり強引なやり口だったらしい。それでママは実家とは絶縁状態。それどころか家の名に泥を塗った娘ということで目の敵にされてる」
「ん~? ん、うん……」
おやおや? 話の雲行きがおかしくなってきたぞ?
椅子に腰掛ける格好で腕組みしちまう俺様12歳。
「……問題なのはここからね。ハイペルス家は国内に4家ある侯爵家の内の一つで、他の侯爵家としては味方に付けるか排除したいと考えていたようね。そういった家々の都合があって絶縁されたとはいえ確かに貴族家の血を持っているママの身柄を巡っての面倒なイザコザがあったのよ」
「あ~……、要するに、お前の母親を担ぎ上げて利用したい派と、今が快適だから面倒事の芽は早めに摘んじまおうって派があって、利用したい派が多額の融資をお前の父親にしたことで今の状態になっている、と」
「……あなたって意外と頭の回転が早いのね」
「意外とは余計だ」
「でもだいたいそれで合ってるわ」
「ってことは、だ。お前の両親を襲うよう山賊に依頼した黒幕ってのは、可能性だけを言えばハイペルス家だけじゃなくて敵対派と利用したい派、それから王家も絡んでそうだな」
「そうね」
「って全部じゃねえか!」
ハイペルス家としては家名に泥を塗った娘を居なかったものとしたい。
敵対派、つまり現国王の派閥としても、王位を横から掻っ攫われる危険があるともなれば速やかに消してしまいたい。
利用を目論む派閥だって、何らかの理由があって利用できなくなりそうだと思い至れば即座に暗殺者を差し向けてくるに違いなかろう。
それから王族だってごく僅かな可能性であっても王位継承権に絡んできそうな人間が存在するともなれば擁護派と排除派に別れるはずだ。
う~ん、考えれば考えるほど貴族社会ってのは魑魅魍魎の巣窟だな。
俺は腕組みだけじゃなく足まで組んで栗色髪のお姫様もどきを見つめる。
「それで、黒幕が誰なのか目星は付いてるんだろうな?」
「ええ、今日のハンスを見て確信できたわ。彼の本来の雇い主はジキルド=ハイペルス、つまり領主様ね」
「よし。そうと決まれば行くとするか」
「行くって、どこに?」
「そりゃあ領主一族の居る場所だよ。暗殺されかけた以上は報復として皆殺ししてやるのが筋ってもんだろ」
立ち上がった俺にマリーは慌てて飛び起き俺の前に立った。
「ちょっと、早まった事しないでってば!」
「え、なんで? 敵だろ? 敵は全部殺さないと」
「いやいやいや、もうちょっとこう、平和的に解決する方向で考えて欲しいの」
「え、お前ってそんな博愛主義者なんか?」
「違うわよ! そうじゃなくて、貴族殺しは重罪ってのもあるけれど、私としては当家から賠償金とか色々毟り取ってやりたいもの」
「ああ、そっちの方向か」
納得できたので直ぐさま頭を切り替える。
このお嬢さん、可愛らしい見てくれとは裏腹に中身は転生者を疑う程にしっかり者だからな。
転生者なのかそうでないのか、どうにも判断材料が少なすぎて分からない。
だがいずれにしたって、彼女はこのまま泣き寝入りするなんて考えていないようで安心した。
貴族ってのは前世社会の暴力団と同じでナメられたらお終いなのだから。
「ま、お前の考えは分かったし、だったら暫くはその考えに乗ってやる。けど、もう限界と感じたら言えよ? 俺が乗り込んでいって全部終わらせてやっから」
「ええ、その時にはお願いするわ。……というか、君って偉そうにも程があるわよね」
「客がいるときにそれっぽく見えれば良いんだろ? まあそう固いこと言うなって」
「……はぁ」
ガックリ肩を落とし深々溜息を吐いたのはマリーちゃんである。
何やら勝ったような気になって嬉しい俺だったり。
「何にせよ、この部屋が従者用だっていうのならお嬢様としてはいつまでも駄弁って長居するのは宜しくないんじゃねえの?」
「ええ、そうね。部屋に戻るわ」
「ああ、そうなさいませ、お嬢様」
優越感に浸りながらニッコリ笑んでやる。
すると彼女は「なんかムカつくわね」などと隠れご令嬢らしからぬ呟きを漏らし、部屋から出て行くのだった。