035:究極の悪を求めて
――反乱軍と呼ばれた3000もの兵が道半ばにして塵芥と帰してからおよそ三年が経過した。
俺はと言えばアルフィリア王国を一時ながら出奔し、幾つもの国を巡って見聞を広め、途中で発見した鬼道衆の道場に乗り込みこれを壊滅、仕切っていた六席の残りの内二人を肉塊に変え、もう二人を配下とした。
鬼道衆というのは、そもそもの出発点は氣術を学び修行を行う事を旨とした道場を始まりとしており、改良を重ね編み出されたより実戦的な氣術を“鬼道”としてその勢力を拡大させ今に至るってな感じらしい。
にも関わらず俺に傷一つ付けられなかったのは、単なる修行不足。
地力が足りない上に氣術の技の半分も知らない奴らが「より実戦的な氣術を編み出した」などとほざく時点で烏滸がましいにも程があるってもんだ。
それで、配下となった二人に稽古を付けてやりながら行く先々で大立ち回りを繰り広げた。
あるときは5000もの兵に取り囲まれこれを鏖殺したし、またあるときには待ち構えていた一万もの兵団を返り討ちしたし……さすがに数が多すぎたので幾らか逃がしちまった。あとちょっとで皆殺しできたってのにと後悔しきりだ。
長らく旅を続けていれば色々な人物とも知己を得て、その中でも俺の考えに賛同してくれた奴らは配下になった。
海なら極悪非道として知られていた海賊キャプテン・ロジャー。
陸なら国軍ですらヤバすぎて手が出せないという邪神崇拝の教徒たち。
山を越えれば山岳地域一帯を支配する首狩り部族を、大河を渡った先にある大草原地帯では戦闘大好き騎馬民族を傘下に加えた。
そして海を隔てた東方の島国“蓬莱”に辿り着いた俺は、幕府や将軍家と密約を交わして大陸に出戻ったという次第。
簡単な説明だけでもこれだけの波瀾万丈な日々だったが、ようやく準備が整ったと言えるだろう。
国を出てからマリーは商売に精を出し、今や押しも押されぬ大店の一角。
詩織と伊織に関してはずっとマリーの傍について護衛役に専念していたが、俺と再会した際に夜這いを仕掛け、催眠術にも等しい深層意識への刷り込みと、同時に女としての悦びを刻み込んでやったものだから裏切る心配は無かろう。
アルフィリア王国は未だ平和だった。
周辺各国ではキナ臭い動きが水面下で行われているようだが、少なくとも表面上は至って平穏。
微妙なバランスの上で保たれている平和は、しかし俺の指先一つが加わることで崩壊へと誘われることを、少なくとも俺達は理解していた。
――コツリ、コツリと靴音が響く。
堂内は一千名を押し込めてさえ充分に余裕のある広さで、天井は高くそして昏い。
壁際に設置された松明の光がそこに佇む群衆の輪郭を描き出し、或いは入り口からフロアの最奥までを一本貫くように敷かれた真っ赤な絨毯を挟むように設置された篝火が彼らの足下に影を付け加えている。
場内はしんと静まり返り、そんな中に響く俺の靴音。
絨毯を踏み締め突き進む俺の前を遮る者などありはしない。
十数段あった敷居さえ簡単に踏み越えて、やがて最奥に到達した俺。
視界には石造りの玉座と、その傍らに佇む少女。
「全ては貴方様の御心のままに」
「ああ、フィアナ。ありがとう」
囁き合って、15歳になってますます美しさに磨きが掛かった瑠璃色髪の姫君へと笑みを手向け。
それからつま先の向きを変えて玉座に腰掛ける。
「者共、傾聴せよ! 我らがいと尊き御方の御前です!」
フィアナが良く通る声で叫んだ。
究極の悪を成すこと。
これを唯一絶対の目標として掲げる当集団は、名を“イルミナティ”という。
前世の世界で、そういった名称の組織団体が影から世界を操っていると、そんな都市伝説を思い出したからあやかって同じ名を付けてみた。
イルミナティの首領となった俺は会場に居合わせる人々を一巡睥睨してから石の玉座から身を起こす。
一歩進み出た。
「諸君、尊卑も無く、貧富も意味を成さず、性別も、老いも若きも関係なくここに在る諸君。諸君は究極の悪を成さんとする我の同胞である! 今宵、この時より悪の時代が幕を開けた!! 我らは悪! 究極なる善と対をなし、これを屠らんとする者共! さあ、我と共に暗黒に充ち満ちた夜を征こうぞ!!」
こういった演説は正直あんまり得意じゃないのだが、人は誰しも生涯で一度や二度は嫌でも晴れ舞台に立たなきゃいけない時ってのが巡ってくる。
これはもう順番というか、役が回ってくるというか、逃れられない宿業なのだろう。
だから俺は声を張り上げ人々に訴えかける。
悪なる所業を成すために。
究極を体現せしめんがために。
究極の悪に至る所業が具体的に何を指すのか、今以て分からず仕舞い。
だが、分からないなら分かる人間に聞けば良いとの結論に至り。
その為に、まずは世界を、この惑星の全土を牛耳り裏から操る事とした。
これが俺の悪に至るための初手である。
とはいえ当初考えていたよりも随分と大所帯になってしまったため、組織の運営等の兼ね合いも含めてアルバトロス戦記における主人公――ここではアルベルト王子を指しているのだが、彼らの活躍というのはもうどうでも良くて。なるべく早い段階で退場願おうと考えるようになったが、そこはそれ。
俺はここまで来れば最早我が道を征くしか手立てがないのだと自覚していた。
「まずは世界征服! 邪魔する者は容赦しない! なぜなら我らは大悪党であるからだ!」
千人もの聴衆を前に声高らかに宣言した。
何かが大きく間違っているような気もしなくも無いが、まあ、人生なんてそんなもんだ。
諦観よりも理想を追い求め、死屍累々の折り重なる修羅の道へと足を掛ける者。
少なくとも死ぬときは前のめりにと決めた時には既にこうなる運命にあったのだと、粗野と暴力を象徴するが如き石造り玉座の前でふと悟った。
――終わり――