034:太陽
どういった経緯だったのかは知らないが悪魔に体と記憶を喰われた領主、ジキルド・ハイペルスは討伐され、後は彼が集結させ王都に向けて進軍させていた3000ほどの兵を殲滅すれば全てが終わる。
俺がメシ食っている間にフィアナ姫が国王と遣り取りしたが、ここで新たに判明したのは王都内でクーデターの兆しがあって、その実働部隊の中にブラームス家、つまり俺の古巣が絡んでいそうだという事だった。
「ま、どうせ非合法の人身売買組織とズブズブの間柄だったワケだし、露見した時点で良くて爵位剥奪、悪くて一族全員の処刑だからな。そりゃあ一発逆転を狙って反乱を起こしても何の不思議も無いだろうよ」
姫君から報告を受けた俺は簡単に返したもの。
というかジキルドの送り出した兵数は3000だが、王都に詰めている即応の兵数はこの倍近くはある。常識的に考えて内部から切り崩すための破壊工作などを同時に進めでもしない限りほぼ勝機はないのだし、何らかの仕掛けを用意しているのは当然と言えた。
「いや、むしろ。俺の予想じゃあ隣国の兵が呼応して動くと思ってたから、そちらに動きが無いってのが意外なんだけどな」
俺がジキルドの立場だったら王都内での反乱に加えて隣国から兵を調達する事を考える。
後先考えないで。といった条件の下であれば、勝利した後に多少不利な協定を結ぶことになっても構わず推し進めただろうし。
ひょっとしたら話は通したが隣国の方で急なトラブルなどによって出兵を取り止めた、なんて経緯なのかも知れないが、いずれにしたって事実として周辺国から兵が出たとの情報はなく。
詰まるところ、一地方の領主が謀反を起こしただけの話に纏まってしまった。
どうせなら全方位を巻き込んでの世界大戦が勃発すれば面白かったんだけどな。
とは俺のごく個人的な感想だ。
「じゃあ、ちょっくら敗残兵の後始末をしてくるわ」
「はい。お気を付けて」
ミューエル家邸宅にて意気揚々宙に浮いた俺は、見送りに出てきたフィアナ姫、それからマリーとその護衛たる娘さん方々には簡単に告げ、そのまま空高く飛翔したものである。
――兵士達の放つ気勢は簡単に見つかった。
まだジキルドの死を知らない情報弱者の群れは王都へと伸びる幅広の道を、ちょいと雑な隊列を組んで突き進んでいる。
高度一千メートルから彼らの列を見下ろす俺は、態々地上に降りて懇切丁寧に相手するのも馬鹿馬鹿しいからと高度を保ったまま臨戦態勢。
両手を天に向け掲げた。
「ふむ、勢い余って地形まで変えたって文句は言われないだろうな」
独り言ち、全身に氣の力を漲らせる。
氣術にはゲーム風に表現するところのマップ兵器というか全体攻撃に相当する技がある。
例えばジキルド戦で使用した“功龍波”は左右それぞれの掌に集めた氣を反発させつつ密着させることで擬似的な核反応を起こし、増幅した密度と温度に指向性を与えて放つという誠に反則くさい技なのだが、原理から言うと銃よりも核爆弾に近い。
それならば近接戦闘での使用を完全に捨てて範囲攻撃に特化させた術があっても何らおかしくはなくて、現にそういった技はあるのだ。
目標は地表を這い回っている反乱軍、およそ3000。
これくらいの集団ならば二発は要らない。一発あればお釣りが来るだろう。
「じゃ、始めようかね」
ブゥゥゥ……ン。
頭上に青白い光が灯った。
光は膨張を続け、やがて臨界を迎えて黄金色の眩い塊へと変質する。
それはヒトの力で作られた第二の太陽。
塊は更に増幅と反応を繰り返して巨大になっていく。
そして、俺の体が豆粒に思える程まで大きくなった光が、今度は一気に収束してボーリング球くらいの真っ黒な塊へと姿を変えた。
「兵士諸君。君たちは悪くない。ただ与えられた任務に忠実だっただけだ。だから褒美をくれてやる。ゆっくりと休むがいい」
――氣術、落陽。
掌の上に浮かぶ黒い塊を労いの言葉と共に真下へと落とした。
俺は身体の向きを変えると全速力で退避する。
ゆっくりと、体感的には非常にゆっくりとした動きで重力に引き寄せられていく塊は、地表に到達するギリギリの所で一気に弾けた。
キュバッ!! ズゴゴゴゴゴ――。
地表に光の濁流が出現する。
瞬間的に発生した超高熱と爆圧が人々を一瞬で焼き払い粉々にして吹き飛ばす。
周囲にあった木々も、近くを流れていた川も、踏み締める大地でさえもが焼かれて形を失った。
熱と轟音の暴力に耐えかねた地表がそこにあった全てを吹き飛ばされて、真っ平らな更地へと変えられていく。
その膨大な光の迸りは、当該地域のみならず王都にも、隣国にも目撃されていた。
後の歴史学者が史書に記す文言を引用するならば。
“この日、この時に、地獄の蓋が開き、世界は暗黒の時代へと投げ込まれた”のだとか。
反乱軍に参加し王都を簒奪せんと目論んだ兵士達は、ほんの数秒の後にはもう一人として残ってはいなかった。