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032:300 VS 3 ⑧


 貴族の男が魔導書グリモワールを手に入れて悪魔と契約。願いを叶えた後に身も心も食い尽くされて悪魔に地位も名誉も肉体も記憶さえも乗っ取られてしまう。

 そういったエピソードはアルバト戦記でも見ていた。

 ただし場所は砦ではなく隣国の王城だったし、貴族にしてもジキルドではなく隣国の国王に仕える側近の一人である。


 何らかの理由でゲームと現実とでエピソードが変化している、とも受け取れるが、今の段階では何とも言えない。

 いずれにせよ、目の前に出現した巨大な人型怪物をぶち殺さないことには俺達だけでなく近所にあるアザリアの住人達もしくは国の存亡にも関わる。

 ゲームシナリオが始まる前に国家が滅亡するなんて大悪党として看過はできない。

 同じ滅亡させるのであれば行うのは俺でなければいけないし、誰かに後ろ指さされなければ“悪党”にすらなれないのだ。


「絶望? なんだ、悪魔てめえの居た世界じゃあ、馬鹿でかい化け物に変身しただけで“とびきりの絶望”なんて呼ばわるのかい? 笑わせるなよ三下さんした!」


『ほう……、まだ強がるとは、君は見かけ以上に勇敢であったようだ』


 奴は形状が変化したせいか随分と喋りにくそうに口をモゴモゴさせ、どうにか言葉に聞こえる音を紡ぎ出す。

 ちょいとムカついた俺は瞬歩で距離を詰めると床についている腕を駆け登り、一気にソイツの顔面に手が届くところまでやって来た。


「あとな、俺を見下ろすな。とびきりに不愉快だ」


 ボゴォ!!


 顔面を思い切りぶん殴る。

 すると元ジキルドはぐらりとよろめいて仰向けに倒れた。


 ズズンッ、と石床の上に巨体が寝れば当然のように砂埃が舞って、くしゃみしそうになる。

 それでも奴の倒れ際に飛び退いていた俺は安全に着地したものである。


「で、俺が勇敢だって話か? 何を分かりきったこと言ってんだテメエはよ」


 会話の流れを思い出して一応答えておく。

 灰色にして巨体、のっぺりとした顔の悪魔はゆっくりと身を起こした。


『なるほど、物怖じしないその姿勢は賞賛に値する。だが少年よ。我を怒らせたのはマズかったな!!』


 台詞の途中から語気が荒くなった。

 悪魔は奴から見れば蟻にも等しかろう豆粒ほどの人間おれに向けて手をかざす。

 次の瞬間に、石つぶてらしき物体が大量に飛んできた。


 ドガガガガガッ!!


「おわっ?!」


 昔の人達は戦争するときに剣とか槍よりも投石を頻繁に行ったそうだが、それはそこに掛かる費用コストや労力のワリに殺傷力が高いからだ。

 その推論を証明するかのように俺の周囲で石床が弾け飛びそこら中が埃まみれになる。

 これは堪らんとバックステップを繰り返して砦の正面門まで辿り着くと全力で水平跳躍して建物から脱出する。

 俺が逃げ出すのを確認したからなのか音がピタリと止んで。


「あ、やべっ」


 と俺が回れ右して猛ダッシュしたかしないかの瀬戸際で砦の正面部分が爆発したように砕け散り、奥の暗がりから先ほどの怪物がヌッと姿を現した。


『鬼ごっこは終いかね?』


 後ろからくぐもった声が聞こえた。

 いや、声の聞き取りにくさから考えると念話テレパシーじみた手法で語りかけているのかも知れなかったが、今はどちらでも関係無い。


 ただ、俺は背を向けた状態から一転して奴を正面に仰ぎ見た。


「そうだな、このへんで終いにしよう」


 肩越しに顧みれば一足先に脱出していたメイド長と忍者娘が、まだ癒えきらない手傷もそのままに雑木林にある樹木の幹に寄り掛かり絶望を絵に描いたような表情で怪物を見上げている。


 俺は視線を再び悪魔へと戻すと肩を竦めて見せた。


「なに、お前をぶち殺すにしては建物が邪魔だなと思っただけだし、表に出ればもう走り回る必要もねえだろ」


『減らず口を』


「ハッタリかどうかは見てのお楽しみ。賭け金は互いの命だ。どうだい燃えるだろ?」


人間むしけらの分際でほざくなっ!!』


「じゃあ、後は安心して地獄に還れ」


 ゆっくり持ち上げた腕。胸の高さに突き出した両の手をガッチリ組み合わせる。

 同じ手を腰の後ろまで持っていき、腰を充分に落とした。


 ――氣術、


おぉぉ」



 ブゥゥゥ……ン。

 組み合わせた掌の中に青白い光が漏れ出る。

 正面の巨体が一歩身を引いたかに思われた。


りゅうぅぅぅ…………」


 コオォォォオオオオオッ!!!!


 漏れ出た光が天井知らずに膨れ上がっていく。

 青白い光はある時点を境に黄金色をした光へと色合いを変える。


 氣とは人体から発せられる動的エネルギー。

 このエネルギーには臨界点があって、越えた時点から核分裂反応にも似た超高密度にして超高温のエネルギーへと性質変化する。

 ならばこのエネルギーに方向を決めて押し出せばどうなるのか。

 答えは明白、指向性により破壊力が数千倍にまで膨れ上がった特大の熱線が発生、標的に向けて撃ち出される結果になる。


 それはまさしく、神も悪魔も区別なく容赦なく討ち滅ぼす破壊の矢。

 俺の手には最初から、世界を滅ぼすための手札きりふだが握られているのだ。

 コレが無けりゃあ誰も究極の悪を成したいなどとは思わないさ。


「――ああぁあぁあああああっ!!!!!」



 ズギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!



 ギラギラとして目が痛くなる光が俺の視界いっぱいに広がった。

 巨大なる怪物が「その力はあぁぁ!!」なんて意味深長な言葉を吐いたかに思われるがそんなの関係ねえ。

 テメエは死ね。塵芥になれ。

 俺の頭ん中にはそれしか無い。


 灰色をした悪魔はせいぜい数秒ほど耐えただけで、後は簡単に粉々になった。

 全身を構成する体細胞は再生する暇も無く蒸発し、魔物なれば体の何処かに存在するはずの核だって一秒とせず融解して消滅。

 光が失われた時にはもう、彼の巨体を彷彿させる部品は欠片ほどもこの世に残されてはいなかった。




 ――こうして一つの戦いが終わった。

 蒼く晴れた空は清々しいまでに雲一つ無く。

 俺はと言えば一仕事終えた爽快感を胸に、大ジョッキに並々注がれた生ビールをきゅーっと喉に流し込みたい気持ちでいっぱいだった。


「とりあえず生……」


 気を失う直前に口から零れた言葉とはこんなものである。



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