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030:300 VS 3 ⑥


 足下に転がっているのは鉄鎧を身につけた、恐らくは砦の外から引っ張り込んだのであろう死体。

 死体は俺の氣術によって胴体に大きな穴を開けられ、詰め込まれていた筈の骨と内臓と大量の血液は床の上にばらまかれている。

 そして目を上げれば三メートル以上離れた場所に佇む黒胴着の男。

 鬼道六席のガイスト、と名乗ったそいつは厳めしい面構えにニタニタと職の悪い笑みを浮かべこちらを見つめている。


(想像できる事は幾つかあるが……確かめない事には始まらないかよ)


 どうやって、どのタイミングで変わり身の術なんて小洒落た真似をしたのか。

 そのカラクリを突き止めるには少々面倒臭いが相手の術中深くに潜り込むしか無いと腹を括る。


 ――誰だって自分の得意な状況の中で戦いたい。

 なぜなら殺し合いをしている以上、敗北は即ち死を意味しているのだから。

 なので、もっと違った環境の中でやりあっていれば勝てたのにとか、そういった“たられば”で嘆くこと自体がナンセンス。

 むしろ相手の術を見破った上で圧倒的な力量差で叩き潰す事こそが珠玉なのである。


「怖いか? 怖いだろう? だが許してやんねえ。テメエは俺の仲間をったんだからよ、後悔と恐怖の中で泣き叫んで殺されろや」


 ガイストが曰う。

 俺は答えた。


「そういう御託は良いから掛かってこいって」


 すると奴は怒りを露わにした様子で、拳法の構えを執って突っ込んできた。


「ぬりゃあ!!」


 俺はヌルリと動いて放たれた拳を躱して同時に相手の懐へと潜り込む。


 ――氣術、爆勁掌ばくけいしょう


 奴の鳩尾を掌で軽く押すと自らはバックステップ。

 奴の体躯がボコリと膨張し、水風船を針で刺したが如く破裂するところを冷静に観察する。


 奴の上半身が弾け飛んで、残された下半身が床に落ちる前に形が変化して鎧の脚部になった。

 そして次に出現した気配に目を遣れば、思った通りに黒胴着の輪郭が新たに出現している。


「……」


「くけけっ! どうしたガキんちょ! 顔がマジになってんぜ?」


「……」


 挑発の言葉には耳を貸さず、ゆっくりと息を吸い込み吐き出す。

 掌に氣を集めると、靴裏に感じる石床を叩いてみた。


 ゴスンッ。


「はぎゃ?!」


 すると視界にある黒胴着の、今まさに襲い掛かろうとする体躯が一瞬硬直する。

 俺は思わず「そういうことか」と呟いていた。


「このガキ! 戦いに集中しやがれ!!」


 ガイストが焦った声で怒鳴りつける。

 俺はここにきてニタァ、と笑みを浮かべた。


「おじさん、僕子供だから全然分かんないや♪ ――オラァ!!」


 ズンッ。

 再び掌で床を叩く。

 すると黒胴着の四肢がビクリと跳ねる。

 俺は身を屈めると両腕の拳を握って引き絞り、床を殴り始めた。


 ――氣術、爆勁掌ばくけいしょう・百手!


「オラオラオラオラオラオラッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!! オラアアァ!!!」


 ズドンッ!!


 床が陥没して、それでも殴っているとクレーターになった。

 高速で行われたラッシュにより左右の拳が湯気を立てる中、最後にぶち込んだ一撃により、まるで跳ね上げられた魚のように黒い影が奴の影から飛び出す。


 これがガイストと名乗った男の本体だ。

 それまで黒胴着の偉丈夫だったものは姿がグニャリと歪んで鉄鎧姿の死体へと切り替わった。


「要するにだ、氣で死体をコーティングして形を変えていたと、それだけの話だろう? お前は俺達がここへ来たときにはもう影の中に潜り込んでいて、死体を操っていたと。ネタが分かりゃあなんてこともない、つまんねえ手品ってワケさ」


「き、きさまぁ! よくも俺の必勝パターンを潰しやがったな……!!」


 ヨロヨロと身を起こす男。

 そいつは「ごぼっ?!」と音を出すと全身から血を噴き出し、それでも踏ん張って倒れ込むのを耐える。

 黒ずくめの男には見覚えがあった。


「ああ、そうか。詩織を攫った奴。道理で姿が無かったわけだ」


 刺客として貧民街スラムにて俺達を襲い、詩織を攫った黒ずくめは休む間もなく雇い主であるジキルドの所に戻っていた。だから闇ギルドの館内で敵を殲滅したにも関わらずコイツの姿だけは見つけ出すことが出来なかったと。分かってみれば謎でも何でもない話だ。


「く、くそっ! ガキが! 粋がりやがって!!」


 男は立ち上がると天井近くまで跳躍、急降下して俺の頭上から襲い掛かってきた。


 ――鬼道、奥義! 鷹翼貫殺おうよくかんさつっ!!


「キシャアアァ!!」


「喧しいぞ三下のドサンピンがっ!!」


 ――氣術、浮嶽発勁ふがくはっけい


 ボッ。


 急降下してきた手合いの体躯目がけて両掌で真上に向けて押し返した。

 クレーターの底が更に陥没し、この衝撃を上乗せした動力が奴の身体を再び天井近くまで撥ね飛ばし粉々に爆散させる。


 血と臓物の雨が降った後、悦びのあまりついニタリと笑んでしまった俺は、そのままの表情を未だ一歩もその場から動いていないジキルドへと向ける。


 赤いスーツを着込んだ侯爵家当主の足下では折れた抜き身の剣を握るメイド長が虫の息で転がっている。

 大きく裂けたスカートの内側から覗いている白いお御足に、ちょいとムラッとしちまう俺様だった。



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