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003:気がついたら人間やめてました


「ふー、ふー……」


 薄暗闇の中で呼吸を整える。

 ダンジョンの最深部。

 見上げれば赤い双眸と10メートルは下らないかに思われる巨躯。

 俺は拳を握り、腰を落とし「ふっ」と息を止める。


 俺の姿を認識した敵モンスターが巨大なるかいなを振り上げ、そして叩き降ろす。

 俺は構えたまま微動だにせず、迫り来る掌の五指から伸びた鋭い爪でさえもが明瞭に見える距離で思い切り拳を突き上げた。


 バクンッ!


 鈍い音の反響と共に風穴が空いた怪物の手の平。

 俺は何の感動も無い、まるで波紋一つ浮かばない水面の如き心もそのままに地面を蹴る。

 すると次の瞬間にはもう、獣らしき顔が目と鼻の先まで迫っていた。


「せいっ!」


 ズズンッ!


 そいつの頭を上から押し潰す様に殴りつける。

 するとモンスターの体が爆発飛散し、辺りに血と肉と骨、或いはドス黒く濡れた臓腑の塊が飛び散る。


「10セット完了。これでまた一歩、究極の悪に近づいた……」


 難なく着地した俺がうそぶきながら身を起こす。

 同じ迷宮を10回連続で踏破したともなると、もはや少々の攻撃では傷つかなくなっていたし、拳の一撃で襲い来る敵を撃破できるようになっていた。


 ブラームス伯爵家を放逐された俺は領内の端、人が誰も近づかない森の中にあるダンジョンに単身乗り込んだ。

 この世界におけるダンジョンは自然にできた洞窟と違ってあるとき突然に誕生する。

 それはダンジョンの核となるべき物質が現れ、これを守るように通路や罠といった内部が構築されるからだ。

 ダンジョンには迷宮守護者(ダンジョンボス)が配置されるが、核部分コアが破壊されない限り何度倒されても一定時間で復活する。

 この性質を利用して入り口から最深部までを10回往復した次第。


 自分のステータスを見るなんて小洒落た真似はできないので断言は出来ないが、恐らく既にレベル20か25くらいにはなっているだろうと随分と逞しくなった上腕二頭筋を見ながら悦に浸ってみる。


「じゃあ最後の仕上げといこうか」


 独り言ち目をフロア最奥へと向ける。

 そこには紫色をしたボーリング球くらいの塊があってこの上下を鍾乳石かとも思われる柱に挟まれ固定されている。

 ダンジョンコア。

 この手前にボスであろうモンスターが待ち構えていた事もあってその様に結論づけていた。


「しっ!」


 短く息を吐いて体全部で飛び出す。

 空気が切り裂かれてゆく音を鼓膜に感じながら視界はすぐに石柱を射程圏に捉える。

 握り込んだ拳を目一杯の力で突き出した。


 ガシャアァァン!!


 紫色の石塊も、これを支えていた鍾乳石もが、一緒くたに砕け散る。

 冷静に考えてみれば12歳の少年の拳で石が粉々になるなんてのは有り得ない出来事なのだろうが、だからこそ余計に実感する。


 俺はかなり強くなった。

 少なくとも同年代で俺に敵う奴はいない。と。


 足下に散らばった核の破片を見下ろし、拳ほどの大きさの欠片を拾い上げて腰の袋に突っ込む。

 可能なら町で売り飛ばそうと目論んだのだ。


「よし、征くか……」


 重々しく芝居がかった台詞を吐いて踵を返す。

 核を失ったダンジョンがどうなるのか分からなかったので最初は悠々とした足取りだったが地震らしき揺れを感じて危機感を覚えてからは猛ダッシュ。

 地上階に出て五分としないうちにダンジョンは崩落。跡形もなく消失した。


「あぶねー……」


 余裕かましてたら生き埋めだったぜ。なんて冷や汗を手の甲で拭う。

 今に至るまで身に付けていた本来白地だったシャツは、もう随分と前から返り血でドス黒く染まっていた。



 ――それから俺は王都に向けて歩き出す。

 外界は深夜につき真っ暗闇なのだが、いつの間にやら備わっていた暗視スキルの効能なのか幾らかは見えていた。

 出奔するまでに家の図書室で魔導書を読み漁っていたから“明灯ライト”の魔法は使えるのだけど、周囲の魔物や人間を呼び寄せてしまう恐れがあったために使用は控えておく。

 森の中を進んでいると、やがて遙か先に焚き火の光が見えたので決してその判断は間違っていなかったと自画自賛する始末である。


「あれは……」


 音を立てないよう慎重に足を前に出していれば、やがて焚き火とその周囲にたむろする人影たちを発見する。

 身なりは見窄らしく、しかし座り込んだ袂には剣や槍を置いている。

 それは粗野そのものといった感じの男達で、彼らは一様に酒を呷っていた。

 酒瓶にはラベルが貼り付けられており、つまり高価な酒と言う事。

 見窄らしい出で立ちの、武器を持った男達が値の張る酒を飲んでいるというのなら、それはつまり他の誰かから強奪した直後であるということ。


「今夜は良い夜だ……本当に、本当に良い夜だ」


 思わず呟いていた。

 鴨がネギ背負って歩いてる、みたいな。

 口元が歓喜に歪むのを感じながら、俺は盗賊集団へと襲い掛かった。




 ――男達は酒を呷り今日の収奪品に目を遣れば否応なくニンマリしてしまう。

 夕刻の街道をひた走る行商の荷馬車。盗賊達はこれを襲撃し、商人を殺し、御者を殺した。

 商人の娘であろう幼子は殺さず生け捕りにしたが、顔立ちが別嬪なので売れば高値がつく筈。

 奴隷商に持っていくべきか、変態貴族の屋敷に直接持っていくか思案のしどころだ。

 盗賊の首領は酔いも手伝って良い気分で、尚も酒瓶を呷る。


「……ん?」


 と、目端に何かが映り込んだように思われて男はそちらを向いた。

 そこには仲間が同じように酒を呷っているが、その頭部が突然に、何の前触れも無くボンッと音を立てて破裂した。


「は?」


 意味が分からずに首領は首を傾げる。

 酒の飲み過ぎで妙な幻覚でも見えたのだろうか。

 そう思っている内に、頭部を失った体が前のめりに崩れ落ちた。


「……っ!?」


 敵襲だ!

 ワンテンポ遅れて首領は我に返った。

 他の面々も同様で、手を伸ばせば届く所に置いている得物をそれぞれ掴み上げた。


「ちきしょう!!」


 どうやってられたのかは問題じゃあない。

 誰が殺ったのかが問題だ。

 町に常駐する騎士団が動いたのか? そんな話は聞いていない。

 あの伯爵が裏切りやがったのか?!

 様々な疑念が渦巻く中、勢いに任せて手に取った剣を鞘から抜き放つ。


 ボンッ!


 と、背後で鈍い破裂音があった。

 慌てて振り返ると、そこには上半身を丸々消失させた誰かの腰から下が立っており、そいつもまたドサリと倒れる。


(魔法使いがいるのか?!)


 首領は焦った。

 こんな芸当ができるのは魔法使いだけだ。

 そして仲間達の中に魔法を扱える人間はいない。


「くそっ! 舐めやがって!!」


 毒づきつつ周囲を見回す。

 二つの死体。未だ燃え盛る焚き火の光。

 狼狽えて敵の姿を探す仲間達。

 けれど肝心の敵の姿が見当たらない。

 認識阻害の魔法が使用されているのか。それとも敵はごく少数でどこかに身を潜めているのか。


「ぎゃああぁ!!」


 忙しなく周囲の気配を伺っていると断末魔の悲鳴があがった。

 三人目の犠牲者が出現したのだろう。

 首領はもう驚かない。

 こういう場合、冷静さを失った奴から先にくたばっちまう。

 男は身に染みてそれを知っていたからだ。


「あがっ!」


 また悲鳴が聞こえた。

 咄嗟に目を向けた首領。

 男はここでようやく敵の正体を知り得た。


「てめえ……なにモンだ……!」


 どうと倒れたのは胸から上が消失し、切断面から血液と臓物をはみ出させている仲間の死に姿。

 地面に転がってからはビクンッビクンッと微かに痙攣するだけとなっている死体の袂に小さな輪郭が佇んでいるのを見つけた。


「なに、通りすがりの悪党さ」


 それは黒ずくめの衣装を身につけた少年。

 少年はしかし、どういう育ち方したらこんな顔ができるんだって言いたくなるほど凄烈な笑みを浮かべ。

 人殺しを何とも思わない、それどころか人を殺していないと気が休まらないんじゃないかとさえ思わせる双眸でこちらを見ている。

 首領は背筋にゾゾゾッと冷たい物が走り抜けるのを感じた。


「ぶっ殺してやる!」


 直感は逃げろと命じていた。

 しかし相手が子供ほどの背丈しか無いのと既に仲間を何人も殺されていた事から頭に血が上っていて己が本能の警鐘を無視してしまった。

 それどころか男は、得体の知れない少年目がけて飛び掛かっていたのだ。

 振り上げた切っ先を少年の頭上へと叩き降ろす。


「え……?」


 しかし指に手応えを感じる事は無かった。

 全力で振り抜いた筈の刀身を、少年はなんと指の二本で摘まんで止めたじゃあないか。


「おいおい、巫山戯ているのか? ……所詮は山賊ってところか」


 少年はやけに落ち着いた声で呟くともう片方の手で手刀を作って微動だにしない剣へと叩き付ける。

 キンッと甲高い音と共に剣が折れてしまった。


「ばけ……化け物……」


 首領はそう言葉を絞り出すのが精一杯だった。

 次の瞬間にはもう男の五体は粉微塵になっていたから。

 何をされたのかすら分からなかった。

 ボトボト落ちる臓腑が強烈な血の臭いを撒き散らしても、既に絶命している男では咽せることも嘔吐くことさえ許されていなかった。


 夜の森では微かな悲鳴が幾ばくか響いただけで、後はしんと静まっていた。

 


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