022:王都メグメル⑤
俺が力を示し何らかの功績を残す。
そこまでは良い。
ちょいと引っ掛かるのは“なぜ俺が貴族にならなきゃいけないのか”という一点に尽きる。
よく考えてみるに、俺の要望はマリーが命を狙われないようにする事であって、提示されている話も絡めるなら貴族の仲間入りを果たすべきはマリー本人じゃないのか? と思うワケだよ。
というか、俺を貴族にすると言い出したのはフィアナ姫だ。
そして彼女は俺を指して「武人」と言い表した。
つまり彼女の目線で見るなら俺の取り柄というか特徴は“暴力装置であること”なんだろうと思う。
要するにだ。貴族にするだの何だのと言いながら、相応に実力があるなら囲い込んで飼っておこうと。そういった腹づもりなのである。
そりゃあ確かに俺が貴族になったとしてマリー達を保護すると言えば彼女を守る体勢は整う。
だがそれは俺が彼女らの主になるって話が前提になってるんだけど、マリーは承諾するものだろうか?
その場のノリと勢いで話を進めてしまったものの、こういった事はもっとよく話し合って意思疎通しておかないと後に禍根を残しそうな気がするのだが、どうなんだろう?
……って、俺は何を善人ぶった建前で日和ってんだ?
俺は真なる究極の悪を成すと決めたんじゃないのか。
悪とは権力を以て行われるもの。ならば俺が成り上がることに何の不都合も無い。
マリーだろうが誰だろうが逆らう奴はぶちのめして言うこと聞かせりゃ良いじゃねえか。
ああ、だめだ。思考がまとまらねえ。
そんな諸々を考えながら目の前にて対峙する白銀鎧の男、近衛騎士隊の団長――言い方がおかしくなるが“近衛騎士隊”というのは名称であって区分けとしては騎士団の一つとして数えられている。なので団長という呼び方が正しい――であるレガリア・ウォーレス氏を真似するように持たされた木剣を正眼に構える。
国王と宰相、もしくはフィアナ姫と新たに出現し俺の前で名乗ったのは王子アルベルト。
俺は彼らに引率される格好で近衛騎士隊が使用している城内修練場へとやってきた。
国王達の姿を見た近衛の男達は一応に手を止め敬礼するものの、王は軽く手で制して騎士達を脇へと追いやる。
この時に修練場で汗を流していたのは30名ほどの騎士で、なのでフロア中央に進み出た俺とレガリアはギャラリーに囲まれる格好で剣を交える事となっていた。
気になるのは俺よりも随分と長身のレガリア、ではなく、向こうから視線を送ってくるアルバト主人公である。
確かにデフォルトでは主人公の名前が“アルベルト”になっていたが、変更可能だったし俺だって自分の名前に変えていた。
だから確信が持てなかったワケだが。そうか、アルベルトなのか。
何故だか妙な気持ちになる。
問題は奴とどういった関わり方をするか、だな。
友好的に接するか、もしくは最初から敵対するか。
清く正しい純然たる悪としては、友好的に振る舞い大親友ってところまで仲良くなってから裏切って殺す、ってのがあるけど。
コイツぁ根っからの正義マンだからな。俺の方が耐えられねえかも知れねえ。
もっともらしい上っ面だけの正義を振りかざしてドヤ顔してる所を見せられるのかと思うと虫唾が走りそうだぜ。
「少年、さっきから集中出来てない様子だが、そんなに私と剣を交えるのが嫌かね?」
「すみません」
っといけねえ。
対岸の火事より正面の狼をどうにかしなきゃな。
俺は意識をレガリア卿へと向け直す。
「では審判は私めが」
俺達の所まで進み出てきたのは対峙するより更に巨躯の男で、レガリアの言葉では副団長らしい。
「双方よろしいか?」
副団長殿が確認の為に尋ねてきたので俺は頷き、手合いも頷く。
巨漢が手を上げ、振り下ろした。
「始め!」
こうして始まった戦い。
はてさて初手はどう動こうかと考えていると、突然目の前の偉丈夫が眼前まで迫ってきた。
「速い?!」
予想していたよりもかなり俊敏な動きだ。
流れるような所作から木剣を繰り出してくる。
ガツンッ。
「……私の動きに初見で対応するとは筋が良い」
「そりゃあどうも」
言いながらフッと力を抜く。
力の入っていた手合いの状態がほんの数ミリ前に傾く。
ゴッ。
そこで奴の足を蹴りにいった。
鈍い感触。レガリアの口元がニィっと吊り上がる。
「足癖の悪いガキだな」
「まさか反則だなんて言わないよな?」
「当然」
なるほど、騎士団長なだけはある。
剣術に優れているって言うよりは勝つ事に長じているタイプ。
こういう奴は何でも有りってプレースタイルの方でこそ実力を発揮する。
不覚にもちょっと面白いと思ってしまった。
奴の蹴られた足にどの程度のダメージが入ったかは分からない。
分かりはしないが、次の剣の一振りが僅かながら鈍ったかに思われるから多少は痛かったかも知れない。
ガツンッ。
打ち鳴らされる木剣。
俺は初撃と同様、手にした木剣でこれを受け止め弾く。
「ペースを上げるぞ」
「しゃあねえな、付き合ってやんよ」
国王陛下が見てる前にも関わらず口調が戻っちまったが、だからどうしたと今度はこちらから剣を振り抜く。
ガツンッ。
この一合を皮切りに高速の剣舞が始まった。