020:王都メグメル③
――アルフィリア王国の王都メグメル。
外敵の侵入を阻む高い外壁の内側には広大な町並みが広がっており、この真ん中、東西南北に走る大通りの交差するど真ん中に王の住まうオーガスト城がそびえ立っていた。
「あ、見えてきました。私の家です」
「家、ねえ……」
三頭立ての豪奢極まる馬車の客室にて向かい合って座る格好の瑠璃色髪娘、フィアナ・ルーティア・ド・アルフィリア姫殿下が声色を弾ませ語りかけてくる。
フィアナはゴロツキ二人組を見事撃退した俺を白馬の王子様か何かとでも思ったようで馬車に同席させて王城へと移送している。
名目は食事ってことだが、たぶん腕っ節の強い俺と関わりを持っておきたいと思ったのだろう。
それにしても可愛いなあ。ぎゅーって抱き締めて「お~よしよし」と艶髪をわしゃわしゃしたい衝動に駆られちまうぜ。
一方でフィアナ姫の隣で終始無言、どこかムスッとしている執事服の男は名をマーカスといい、近衛騎士隊に所属しておきながら姫のお守りを任されている人間だ。
近衛騎士の役割とは国王陛下の護衛と城内の防衛であって、王様の家族に対しては護衛対象から外れる。だから家族を護衛させるためには出向という形を執らなければいけないらしい。
燃え立つような赤毛と細身なわりに鍛え込まれていると思しき体型は、恐らく剣の腕前も堂に入ったものであろうと推察できる。
強そうだ。強そうだな。俺とどっちが強いかちょいと腕試ししたいな。なんて。
俺はむしろフィアナちゃんとイチャこらするよりもマーカス君と手合わせしたかったり。
マーカス君(推定年齢20台半ば)が不機嫌そうなのは、恐らくポッと出の俺に愛しのフィアナを奪われると思ったからじゃないかな?
もしもコイツをぶちのめしてフィアナちゃんに無理矢理キスでもした日にゃあ寝取られた!NTRだ!と男泣きするんじゃないか?
ああ、コイツのイケメンフェイスを絶望と苦悩に歪ませてやりたいぜ。
などと思っちゃう極悪12歳少年だったそうな。
「さっきから態度が宜しくないわよマーカス」
フカフカのクッションに腰を落ち着けそれでも多少は突き上げてくる振動に酔いかけている俺を尻目に、姫君が隣に位置取りして離れないマーカス君に声を掛けた。
「姫殿下、お忍びで市中を視察される際には私から離れないよう先日も言ったと思いますが?」
「ちょっとくらい良いじゃないですか」
「貴女様の“ちょっとくらい”とは毎回の事を指しておられるのですか?」
「も~うっさいなぁ」
おや? おやおや?
フィアナ姫の態度が妙に砕けているぞ?
それはアレか?
気安い間柄だからありのままの自分を曝け出しているみたいな。
ほんのり嫉妬。
「そんな事よりヘルートさん、あなたの事をもっと聞かせて下さいませんか?」
マーカス君からの叱責から逃れようとでもしているのか、こちらに対しては好奇心旺盛な目を向けてくるお姫様。
とはいってもあんまり詳しい話はできないんだよなあ。
彼女に話した身の上話なんて、武者修行しておりダンジョンに籠もっていた事と、そのあと商家の娘さんに護衛として雇われていることくらいで、王都へ来たのは彼女に持たされた書状を国王様に手渡す目的だったけど門前払いされてしまった事なんかはやんわり遠回しに伝えるに留め置いた。
だって12歳の娘さんに政治的な駆け引き云々を語ってもしょうがないから。
ここで国王陛下に遭う事が出来れば目的を達成することもできるんだろうけど、とは思うけど、娘の食事に父親が同席する可能性は五分五分。あんまり期待は出来ないと自分に言い聞かせる俺だった。
――それから城門前で馬車を降ろされた俺はマーカス君に連れられて城の中へ。
先ほど俺を追い払った門番が複雑そうな目を向けてくるのを感じながらも豪奢な絨毯敷き廊下を歩き回る。
控え室らしき場所で危険物等を持っていないかボディチェックされた後――ここで腰に差していた魔法付与短剣を預けた――にメイドさんに連れられて中庭へ。
本日は快晴につき屋外でランチを楽しもうといった趣向なのだろう。
「ようこそ、君が身を挺して暴漢から娘を救ってくれたというヘルート君だね」
中庭のテラスに辿り着いた俺は初っぱなから目を丸くすることになる。
テーブル席に着座していたのはフィアナ姫と、そして国王マイセン・ルーティア・ド・アルフィリアご本人。
やったぜ、と内心でガッツポーズする俺にフィアナがウィンクしてみせた。
ああ、なるほど彼女が国王を呼び出してくれたのか。
古今東西、男親は娘を溺愛といえるくらい甘やかそうとするものらしいが、どうやら国王の肩書きを持っていても本質的には優しいパパさんであるようだ。
俺は頭を下げて「お初にお目に掛かります」と口火を切った。
食事は城勤めのシェフが作った高級品で、特に焼いた鶏肉に甘辛いソースを掛けた料理が美味かった。
この国、というかこの地方では農作物は小麦、つまりパンが主食となる。
なので料理文化はパンに合うおかずといった方向性で発展するもので、皿に乗せられた料理はどれもこれもパンとの相性が抜群に良い。
俺は自分が執事服を着ている手前、威勢良くがっつくことも出来ないまま粛々と料理を口に運んだ。
それでも幾つかの料理をお替わりしたんだし、充分に元は取れたと思うのさ。
「――それでヘルート君、私に何か用事があると娘から聞いたのだが」
「はい、陛下」
一先ず腹の虫をやっつけ一息ついたところでマイセン王が問い掛ける。
俺は懐から書状を二通取り出すと、終始脇を固めている礼服男に預ける。
相手が国王ともなると書状の遣り取り一つでさえ直接手渡しとはいかない。
俺が王様の前まで行くのも不審な行動と取られるし、王様が俺の前まで来るなんてのも有り得ない。
礼服男から二通の封筒を受け取った陛下は「ん?」と怪訝そうな顔をした。
「一通はブラームス伯爵家の刻印があるが、どういう事なのかね?」
「ええと、私は家名を名乗ることを禁止されている立場ですので、口に出来ないのです」
だから察しろ。といった意味合いを込める。
陛下は「ふむ」と僅かばかり頷くと封筒から書面を引っこ抜いて目を通す。
「これは、絶縁状だな」
「ええ」
「経緯を聞いても?」
「はい、そちらの家では三男坊は虐め殺して口減らしするといった風習があったようで、日常的に行われていた私刑に嫌気が差して反撃したところ生意気だと家を放逐されるに至りました」
「なんと……」
マイセン王が言葉を失う。
周囲の護衛や給仕達もどよめいた。
「ならば急いで復縁を――」
国王が後ろに控えていた老人に目配せしたところで待ったを掛ける。
「お待ち下さい陛下。絶縁状はそのまま受理して頂きたいのです」
「何故」
「もう一通の、分厚い封筒の中身をご覧頂ければ」
そして促されるまま封筒に手を付け取り出した束に目を通した陛下は、みるみる顔を青くしていく。
「そちらは先日、闇ギルドなる組織の建物で押収した顧客リストです」
「これをどうやって」
「現在私を雇って下さっている主人マリー・ミューエル嬢が新たに護衛を雇い入れたのですが、その親族が誘拐されまして、奪還すべく乗り込んだ先で入手したのです」
「うむ。君のその若さで闇ギルドを相手取ったとは俄に信じがたいが……」
「ですが事実として、現状でギルド内に生存者はありません」
お上品なお姫様も同席している手前「ぶっ殺してやったぜ」とは言えないが遠回しに告げておく。
すると国王陛下は「そうか、それで……」とリストを眺めて呟き、書類を二通とも傍に控える老人へと手渡した。
「ああ、この者はアンドリュー・ハイマール。我が国の宰相だ」
俺の視線に気付いた国王様が気安い調子で老人を紹介した。
ってか、昼食時に国の重鎮を侍らすなってば。
思わず口端が引き攣ったが、皆様は見て見ぬフリをしてくれた。