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002:追い出される


 ゲーム“アルバトロス戦記”、通称“アルバト”。

 前世でそこそこの売り上げがあったこのタイトル――残念ながら続編は作られなかった、少なくとも俺の知る限り――には独特なシステムがあった。


 RPGなのでレベルの概念はあったが、実際にはどれだけレベルを上げても身体性能が上がるだけでスキルや魔法を自動的に取得する事が無いのだ。

 じゃあどうやって覚えるのかと言えば、戦闘中に閃くか、知ってる人に教えを請うか、トリガーになるアイテムを手に入れるか。


 魔法は世界中に散らばっている魔導書を読むか、上級魔法なら魔導士に教えを請わなくては覚えられない。

 生体感知とか魔力探知、それから隠匿といったスキルは閃くか入門書を入手するかしなくてはいけない。


 ここまでなら他のタイトルにも同じような仕様が散見された。

 だがアルバトが他と一線を画しているのはそれらとは別に“氣術”というのがある事。

 氣術は最初から最後まで覚える手段が無い。

 というよりもレベル1のゲームスタート時から全て使用可能なのだ。


 それは、要するに入力待ち受け状態にしてからのコマンド入力。

 上上下下左右左右ABとか、そういうの。

 入力タイミングがシビアだがこういうのは一連の動作として覚えてしまえば何と言うこともない。

 そして氣術を完全にマスターしてしまえば魔法なんて必要とすら思わない程に強くなる。


 俺が目覚めてからまず行ったのは入力待ち受け状態にできるかどうかであり、次に入力方法の模索だった。


 その結果、腹の奥に意識を向ける事で待ち受け状態になる事が判明し、入力方法については体捌きや足の運び、腕の動かし方や構えで入力できる事が分かった。


 クズ兄と対峙した際に踵を床に擦ったが、これは入力動作で身体能力を一瞬だけ三割増しにする“発勁芯”という氣術になる。

 魔法を使用すると魔力、MPが消費されるのがよくあるRPGの仕様だが、氣術を行使するとスタミナ(SP)がガクッと削れる上に体力(HP)が微量ながら減る。

 なので一般人とそう変わらないレベル域にある俺は大技が使えなかった。

 “発勁芯”は技と言うよりは基本動作と呼ばわった方が良いくらいの初歩で、だから使用してみたのだ。


 因みに氣術には“武空翔”という空を飛ぶ術もあれば某必殺技に相当する“功龍波”なる術もある。円盤状に成形した“氣”を回転させながら投げつける“戦輪斬”なんてのもある。


 な? こういった技がレベル1から使い放題なら魔法なんかいらないだろう?

 とは言いながら火を起こしたり水を生成したりといったいわゆる生活魔法に分類されるような低レベル魔法は使えるようにしておいて絶対に損はしないので図書室に所蔵されていた魔導書を片っ端から読み漁っておいたけれど。

 ……我がブラームス伯爵家は代々魔法の素養に恵まれなかったのか魔導書は数える程しか置いてなかった。

 他の書籍は政治のやり方とか奴隷売買に関係するような物ばかりで、なので俺は華麗にスルーしたけれど。



 まあ、そんな感じで兄さん達をボコッた翌日、俺は母エルザに呼びつけられて彼女が常日頃から仕事部屋にしている書斎に赴く事となった。


「サグ、今日はなぜ呼び立てられたか、分かってますか?」


「いえ、全く」


 奥に鎮座する古めかしくも重厚感漂わせる木製机の更に向こう側で、母のちょっと鋭い眼が俺へと注がれる。

 俺の顔が美形ながらちょいワル系なのはこの人に似たからだなぁ、なんて思いつつ視線をずらせばこの隣に突っ立っている二人の輪郭が見えた。

 14歳のカワードはニヤニヤと気持ち悪い笑みを、15歳というには成人男性と何ら変わらない体格のローディは腫れ上がってジャガイモみたくなっている顔でこちらを見ているが形が変わっている表情が読み取れない。

 つい笑ってしまいそうになるのをどうにか堪えた。


「私が聞いた話では剣の稽古にかこつけて実の兄を木剣で滅多打ちしたとの事なのだけれど、これに関して謝罪も反省も無いと?」


 母の鋭い眼が更に細められ、半ば睨み付けるように俺を凝視する。

 俺はどうしたもんかと考えつつ、そんな母を真っ直ぐに見つめ返した。


「驚きですね。ブラームス家では12歳でしかも階段から転落した弟を二人掛かりで修練場に引きずっていってボコボコにするのがしきたり(・・・・)だったとは。反撃にと木剣で叩いた俺が謝罪と反省を求められ、これまで幾度となく弟を私刑リンチしてきた兄上たちには謝罪も反省も必要無いと。いやはやとんだクズの家系だ」


「……母親わたしを愚弄すると?」


「いえいえ、一般論を述べただけです。――ああ、そういえば兄さん、この前は階段から突き落としてくれてどうもありがとう御座います。この礼はきっちりお返しする腹づもりですので首を洗って待っていて下さい」


「て、てきとうな事ばっかり言いやがって! 弟なんだから兄に絶対服従するのは当たり前じゃねえか!!」


 俺がジロリと目を向けると激昂したのか顔を真っ赤にしてカワードが叫ぶ。

 よし、次に顔を合わせた時点で問答無用にボコろう。

 そう心に決める俺氏である。


「はぁ……あなたの考えはよく分かりました」


 一方で母は溜息を零すと再び口を開く。


「サグ、あなたは自分が不注意で階段から落ちたのを他人ひとのせいにするばかりか序列上位者に対して不敬極まりない態度。私としても見過ごせません。ですので以後、ブラームス姓を名乗る事を禁じます」


 どうやら彼女は「自分の子」という枠組みではなく「家の相続権に関する序列」でしか家族を見ていないようだ。

 その上で兄二人と俺とを明確に線引きしている。

 確かに貴族らしい考え方ではあるのかも知れないが、人としてどうよ?とは思った。


「そうですか。分かりました、……ええと、これで俺とアンタらは絶縁って事でいいのかな?」


 姓を名乗るな。というのはつまり一族の一員とは見做さない。親子の縁を切る。といった意味合いだろうと解釈して確認する。

 母は答えず、能面のような顔で一つ頷くばかり。


「ではその旨を書類にしたためて貰えませんかね? いや、お互い色々と問題を抱えている立場だし、巻き込まれるのも巻き込むのも勘弁願いたいんです」


 俺は肩を竦めて母……元母に願い出る。

 エルザは怪訝そうに小首を傾げたが「わかりました」とその場で公文書を作成、丸めて投げて寄越した。

 俺は足下に転がった紙切れを拾い上げると広げて文面を確かめる。

 うむ、確かに俺をブラームス伯爵家から放逐すると書かれている。しかも父から預かっている紋章印も押されているから、このまま王都に届けても問題なかろう。

 というか普通こういった文書は家の人間がやっておくものなのだろうけれど、この母や兄たちを見る限り絶対に信用してはいけない。

 面倒臭いといった理由から届けを出さない可能性が高いと俺は見ているのだ。


「ではたった今この時より俺はあなたの子ではないし、あなたは俺の母でも何でもない。それぞれに起きた諸問題はそれぞれの責任に於いて自身で解決する、という事で宜しいですね?」


 念のために確認しておいた。

 ちょっと回りくどい言い回しだったせいかエルザの怪訝な顔が更に疑念の色を深くする。


「では、失礼する」


 彼女が何か言い掛けるのを見て咄嗟に深く礼をして踵を返した。


「まちなさい! サグ! あなたは何を知っているの?!」


「それは父上――おっと失礼、ヴィラン卿に直接お聞きになるのが宜しかろう」


 12歳の少年ってな見てくれだと異様なまでに様にならないな、なんて思いながら部屋を出た俺。

 早足で廊下を突っ切り自室に帰り着くと見回して売り飛ばせそうな物品が無いのを確認、一つ頷いた後はもう振り返る事もしないで屋敷を飛び出した。


 ……これで父の悪事が露見しても俺が巻き込まれる事は無い。

 引き換えに衣食住の全てを失ったが、俺としてはどうとでもなると考えている。

 腹が減ったら野山の獣なり魔物なりを狩って食えばいい。

 金を入手する方法は幾らでも思いつく。

 もう何年も前から領内の治安は悪化の一途を辿り、遂には盗賊団が住み着くようになっていた。

 ……ゲーム知識から言ってこの近辺には山賊が出没する。そいつらをぶちのめして金を巻き上げてりゃ王都までの路銀にもなるし。


 それ以前にちょっとダンジョンに籠もってレベル上げなどしておこうと考えていた。

 幸いにも程近くに手頃なダンジョンがあるのを知っている。

 ダンジョン内で換金できそうなアイテムを漁るも良し。

 入り口から最下層までを何往復もしてひたすら戦い続けるも良し、ってなもんだ。

 貴族家の子息という肩書きはレベリングの邪魔でしかないから、ようやく得られた自由は俺にしてみれば僥倖ラッキーでしかなかった。


 うむ。クズ兄貴たちをボコッておいて正解だったぜ――。



面白い、続きが気になるという方はブックマークやイイネしていただけると幸いです。

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