018:王都メグメル①
マリーは王様に取り次いで貰う為の、謁見を申し込むための文言を記した書類を作って手渡したけれど本人曰くあんまりアテにすんなとの事だった。
「そもそも私は貴族家の令嬢ではないし、この名前に強制力なんて皆無なのだし、門前払いされるかどうかの綱引きでちょこっと有利に働く程度のものだと思ってちょうだいね」
「お、おう」
まあ、確かにな。
思いながらお手紙を受け取ったものさ。
マリーは、というかミューエル家は商人の家柄だ。
更に言ってしまえば彼女を養子にしたエリーゼは養父たるセルタン氏の妻であるとは言えても、だからといってハイペルス家のご令嬢と認識されているかは疑問だった。
なにせ当主直々に暗殺を依頼するくらいだからな。
領主一族から見て家名に泥を塗った女、といった捉え方をしているならば、その養女となるマリーを家族の一員と見做している可能性は極めて低かろう。
という貴族社会特有のドロドロとして複雑な人間関係から逃げ出すようにミューエル邸を出発した俺。
衣服は執事服で、なのに移動手段は馬車でも徒歩でもなく氣術による飛行ともなると端から見りゃ奇々怪々そのものであったろうと着地した後になって思ったものだ。
――さて、実時間で30分少々の飛行で二つの貴族家領土を飛び越え王都メグメルが見えるところまでやってきた俺は、流石に白昼堂々そそり立つ外壁を飛び越えて直接王城前に降り立つというのはマズいと考えて外壁門に常駐する衛兵諸君からでは見えない森の中に降りてそこから徒歩で移動。
およそ一時間の行脚を経て門前まで来たかと思えば今度は街に入ろうとする人々の列に加わる羽目になって、手持ち無沙汰で約二時間を消費してしまった。
街に入る際には身分証を提示しなければいけなかったが、ここで俺はブラームス家で作製して貰っていた文書の封筒を見せた。
封筒の裏には蝋で刻印された家紋があって、王城に書類を提出するために来たと告げれば衛兵さんは少々訝りながらも通してくれた。
だって勤めだからと無理に押し止め事情聴取などして後になってから貴族家から直々にクレームが入った日にゃあ門番なんて簡単に首を飛ばされてしまうから。
貴族間の遣り取りともなれば極秘文書が飛び交うのも日常茶飯事だし、ならば見るからに幼い少年が一人旅して王都にやって来たからといっておいそれと詰め所に連行はできないのである。
誰だって面倒事はイヤだからね。
そりゃあ仕方ないよな。
衛兵さん方々に「お仕事頑張って下さい」と爽やかな笑顔を振りまき街に侵入した俺様である。
それからの事を述べると、王城の正面門で門前払いを食らってしまった。
サグ・ブラームス、即ちブラームス伯爵家の三男坊としての名前は表に出せない。だって親父殿が王都にいる現状だと絶対に確認取られて呼びつけられてしまうから。
俺が国王に手渡そうとしているのは家から放逐された証明書と、そしてブラームス伯爵の名前が記載されている闇ギルドの顧客名簿なので、この辺りの事情が露見してしまうと絶対にマズい事態に陥る。
……ありがちな展開だと、親父殿に証拠隠滅のために毒殺されかけて、報復として居合わせた全員をぶち殺し、そうすると貴族殺しは重罪だからってな理由から国の騎士全員と一戦仕る、といった流れになる事は想像に難くない。
要約するなら迂闊な言動が命取り。俺一人で国と戦争しなきゃいけなくなるって事。
俺は大悪党ではあっても国家簒奪を企てているワケじゃあない、むしろそんな面倒臭いもんを背負わされたくない人間なので、そう考えるなら親父殿に俺の動きを知られるわけにはいかないのである。
というわけでサグの名を出すことはNG。
ならばどうするのかと言えば、これはマリー発の案だがハイペルス侯爵に所縁のある人間からの書状を内密に陛下に届けるため、といった話で謁見を取り付けようとしたのだけれども、俺が実年齢12歳の少年ということもあってまともに取り合っても貰えなかった。
ムカつきはするが、まあ、俺が門番の立場だったとしても同じように子供特有の悪戯じみた虚言であろうと判断するだろうし、なので彼を責めるのはちょっと酷かも知れない。
けどそうなると次の手が思い浮かばないってのも事実で。
どうするべかと途方に暮れた顔で市中を練り歩くに至ったワケだ。
「いや! 離して! 離して下さい!!」
「ぐへへ、良いじゃん、俺達と一緒に遊ぼうぜ、悪いようにはしないからさあ」
「そうそう、むしろ気持ち良くしてやるって」
ぼんやり歩く大通りにて見るからにゴロツキといった強面の男二人が小っちゃい女の子一人を逃げられないよう挟んで連れて行こうとしている。
目端に捉えた俺はイラッとした。
男達は双方共にモヒカンヘアでトゲ付きパッドを肩に付けているが、ああいう格好が流行っているのか?
やり場の無い怒りを抱え込んでいた事もあって、「よし、ぶちのめしてストレス発散しよう」と即決。そちらへと近づいて行く。
「おい」
「アァ? なんだクソガキ! 邪魔すっとぶち殺すぞ――」
ゴッ。
凄んだ男の言葉が終わるのを待たずしてローキックにより脛を叩き折る。
痛みに声を失い蹲る男。
その側頭部に中断蹴りをくれてやればそいつは大きく吹っ飛ばされて民家の壁に激突。白目を剥いて動かなくなった。
「公衆の面前で騒ぐな、鬱陶しい」
「ガキが! いきがりやがって!!」
もう一人が顔を真っ赤にして腰から短剣を引き抜く。
「バラしてやんぞ!」
「……良い度胸だ。武器を抜いた以上、殺されても文句は無いな?」
こめかみに感じるドクドクとした血流。
あ、俺マジ切れしてる。と自分でも分かった。
俺はスッと腰を落とすと靴裏でクックッと石畳を擦って、それから残像を残す勢いで前に出ると殴って蹴って殴って蹴って。
モヒカン野郎その2は手足の骨を折られ、取り落とした短剣を拾い上げる余裕さえ与えられることなく石床と接吻するのだった。