017:顧客リスト
「う~む……」
俺は難しい顔をして唸ってみる。
本日は快晴につき屋敷の庭でティータイムを楽しみたいとか言い出したマリーお嬢様。
ファック!
おっとつい本音が漏れそうになっちまったぜ。
メイドさん達が屋敷の庭に椅子とテーブルを運んできて、10歳――あれ? そういや俺はこの子を10歳だと思ってるけどコイツが自分の年齢を十歳だと言ってるのを聞いた試しがないぞ? まさか実年齢はもうちょい上なのか? いやいやまさかそんな事あるわけがない――のお嬢様一人のために紅茶まで淹れて下さる。
なんとも優雅な貴族家ご息女もどきである。
まあ、そこは良いんだ。
程良く暖かいそよ風に吹かれ、燦々照りつける柔らかな陽の光を浴びながらのティータイムともなればそりゃあ健康的だろうし、お金を掛けずにリッチな気分を味わえる一粒で二度美味しい所業だしで文句なんて付けようもない。
またメイド衣装に身を包む伊織の可愛らしさたるや眼福としか言い様もなくってなもんだ。
……なお詩織もメイド服を来てこの場に佇んではいるけど姉とは意味合いが違う。
伊織は要人警護が仕事で、つまり業務に必要だからと身に付けているだけなので給仕の仕事はしない。
対する詩織はどういった心境の変化なのか自分から家事の手伝いをしたいと言い出したので取り敢えず勉強させる意味合いから見習いメイドとして屋敷のメイド達の指導を受けているといった状況だ。
同じ黒髪美少女と言いながらクールビューティーな伊織とおバカそうな詩織とでは同じ衣装でも随分と印象が違うもんだとつい感心してしまう。
というか詩織はゲームだと天真爛漫な妹キャラだった筈なんだが、俺に対する態度が妙に素っ気ない。ひょっとして嫌われているのかと思わなくも無いが。
問題があるとすれば、俺が護衛として雇われている立場で、ゆえに彼女の腰掛ける椅子の隣でぼけっと突っ立っている以外に出来る事がないって話さ。
どこぞの畑に突き立っている案山子と一緒ともなると精神的にちょいと苦痛を感じても致し方なかろうさ。
「ああ、そう言えばマリーお嬢様」
「なに?」
執事服でご令嬢の茶飲みに付き合っている以上は相応の所作が求められるだろう。
そう考えて彼女を「お嬢様」なんて呼んじまっているが内心じゃあ「けっ」と毒づきたい気持ちでいっぱいである。
「先日の件で、少々面白い書類を発見致しまして、今後どの様に扱うかを決めて頂きたく」
言ってから懐から数枚ほどの紙切れを取り出し彼女に手渡した。
「これは?」
「裏ギルドで押収しました、顧客名簿です」
「っ?!」
「確認致しましたが、やはりジキルド=ハイペルスからの依頼が直近にありました。というか最近になって頻繁に依頼しているようですね」
過去の履歴を見るに、間隔としては年に数度、同氏から依頼が行われている。
しかし最近になって急に頻度が増していた。
つまり、マリーの両親を山賊に襲わせ殺害するよう働きかけたのは闇ギルドであり、これに依頼をしていたのは予想通り領主様ご本人という話だ。
だがこの書類の価値というのは事実関係を明確にするだけじゃあない。
保管されていたのが闇ギルドである以上、物的証拠としての意味合いも含んでいるということ。
この国、アルフィリア王国では人身売買は違法だし、商材の調達方法としての誘拐などは結構な重罪となる。
ただし奴隷を使役する事そのものは合法で、なので当国で奴隷を使おうと思うなら他国で契約を交わした奴隷を連れてくるか、刑罰により奴隷の身分に落とされた人間をコネやら何やらを使って使役できるよう取り計らうかの2パターンしかない。
まあ、闇ギルドのような犯罪組織が裏で暗躍している現状を見るに、方法は他にもありそうだけど……。
闇ギルドから脱出する間際になって金目のものを収奪しておこうと執務室に忍び込んだ俺は、こういった物品を入手していた。
とはいっても本来の目当てだった現金は部屋に隠されていた金庫を見つけ出すところまではできたけど解錠ができなくて結局は諦める事になったし、売りさばけば相当の収益になるに違いない怪しいお薬にしたって売人に伝手が無い以上は諦めざるを得なかった。
でも俺的に嬉しい押収品もあった。
マリーに渡した名簿は屋敷の執務室にあったが、この隣の部屋に魔力付与された短剣が保管されていて持ち帰ったのだ。
短剣は今も鞘に収まったまま腰ベルトに引っ掛かっている。
「名簿をどう使うのが最良か私には判断つきませんでしたので、お嬢様の方でお決めになって下さい」
「丸投げされても困るのだけれど……。でも、そうね。ヘタな貴族家に持っていけば握りつぶされる可能性が高い。となれば国王陛下に直接手渡すっていうのが無難かしら」
マリーの眉間にも皺が寄ったが、彼女にしたって領主家の人間と認められているワケでもないから上手い使い方が分からない。
なので結局はそう締め括るより他に手立てが無い。
城勤めしている役人や貴族家の関係者というのはどこで闇ギルドと繋がっているかも分からない。
つまり無闇に他人に預けてしまうと隠蔽される可能性が高いってこと。
闇ギルドが保管していた顧客名簿ともなれば、使い方次第では国家を揺るがすほどの大事件に発展すること請け合い。
それほどまでに重要なアイテムをむざむざ握りつぶされるわけにはいかない。
となれば、行き着く先は一つ。
国王陛下に直接手渡し沙汰を丸投げするしか効力を期待できないといった話になるのだ。
「ああ、でしたら私が直接王都に赴きましょうか?」
ここでふと思い立って自分から志願してみる。
よく考えてみれば俺はまだブラームス家から縁を切られ放逐されたことを証明する文書を提出していないのだ。
ブラームス家の面々はこういった家督に関わる申請を面倒くさがって後回しにした挙げ句忘れて放置する可能性が高くて、なので文書は俺がこの足で出向いていって提出するつもりだったのだが、ダンジョンでのレベリングに夢中だったり、今に至るまでのあれこれで先延ばしになっていた事を思い出した。
一刻も早くブラームス家から俺の名を消して貰わないと、闇ギルドの帳簿にはハイペルス家だけでなくブラームス家当主つまり俺の親父殿の名前も含まれている事から最悪こちらにまで被害が及ぶ。
ブラームス家には俺抜きで一族郎党処刑されるなり爵位を召し上げられるなりして欲しい。
「そうね。分かったわ、取り次いで貰えるようお手紙を書くわね。あなたの場合、飛んで行って帰ってくるだけだから半日で戻って来られるかしら?」
「無茶を言わんで下さいお嬢様」
俺にどんだけ強行軍させるつもりだ。
……いや、本気で飛べば片道が小一時間と掛からないだろうから半日も必要としないだろうけど、俺だって王都を見て回るくらいはしたいのだぜお嬢ちゃん。
低い声でぴしゃりと窘める。
マリーは俺の思惑に気付いたのか気付かないのか「ええ、ええ、好きにしてちょうだい」などとちょっぴり投げやりに言葉を返したものである。