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016:詩織の気持ち


(どうしよう……私……)


 夜の空には真ん丸お月様が浮かび、下界を睥睨している。

 私はと言えばベッドの上に寝転んで、自身の頭に対してちょっと大きすぎるきらいのある枕をギュッと抱き締め物思いに耽っていた。


 私は蓬莱という名の小さな島国からお姉ちゃんと二人して大陸に来た流れ者。

 国を出奔した理由は、まあ、お家騒動というか、今度新しく建立されるという神社の人柱にされそうになったから。

 ていに言えば夜逃げ。それっぽく言うなら亡命でしょうか。

 船に乗るときには二十名ものお付きの者がいたけれど、大陸を転々している間に一人消え、また一人消えといなくなって遂にはお姉ちゃんと二人だけになっちゃった。


 私とお姉ちゃんは、一応は実の姉妹です。

 けれど神様に御力を借りる際に必要となる神通力を持ち合わせずに生まれたお姉ちゃんは忍びの里に出され、神通力を持って生まれた私は宮中で蝶よ花よと愛でられ育った。

 そんな私の護衛としてお姉ちゃんが付いたのが今から3年前。

 国を出たのが2年前だから、そこからずっと姉妹一緒にいる事になる。


 私は神様の声を聞く事が出来るし、場合によっては御力を借りる事ができる。

 それが巫女の巫女たる所以ゆえん

 神様は名をセオリツ姫といって、水の神様なんだとか。本人曰く若かりし頃はヤンチャしまくって幾多の武勇伝を積み上げたらしいけど、その辺りはちょっと分かんない。

 悪龍の群を一人でぶちのめしたとか言われたって想像つかないです。


 それはともかくとして、アザリアに流れ着いたのは三ヶ月くらい前の事で、それまでの極貧生活が環境も含めて昨日今日で一気に変わったのは今でも信じられない。


 邪気を全身から放っている見るからに悪そうな人に誘拐されて、牢獄に放り込まれた私は、それから数時間と経たない内に救出された。


 最初はお姉ちゃんが来るものと思っていた。

 セオリツ姫が『心配せずともすぐに助けが来ますよ』と言ったから不安も無かった。

 お腹は空いていたけれど。

 そこへやって来たのはお姉ちゃんじゃなくて、ヘルートという男の子だった。

 年齢は私と同じくらい。なのに黒い執事さんらしき服を着ていて、おまけに血の臭いを撒き散らしていた。

 この時はガッカリ感の方が大きかった。

 監禁されてる他の子達を解放しようと言っても何だかんだ言い訳して自分じゃ何かするでも無かったし。

 どちらかと言えば幻滅って感じだったろうか。


 けれど解放した子達を町が見えるところまで先導してくれたし、疲れて歩けなくなった子はおんぶしたりと世話焼きな一面もあって、だから自分の事を大悪党とか言ってても、つまりは色々とこじらせた結果ああなったのだと思えちゃうのです。

 あのくらいの年齢の男の子ってついワルぶって粗野で乱暴な態度を取っちゃうものだと蓬莱に居た頃に聞いたことがあります。


 けど、そんな私の彼に対する感情は、お姫様抱っこされて空を飛んでいる間にひっくり返っちゃった。

 聞いた話だと魔法使いでも空を自由自在に飛び回れる人なんて、大陸じゅうを見回しても数える程しか居ないらしいし。

 きっと彼は物凄い人なのだろう。

 ぶっきらぼうな態度で、けれど芯が一本通った考えを持っている。

 大悪人を自称しながら、でも性根はとても優しい人。

 顔かたちも整っていて格好いいし、必要となれば礼節を弁えた物腰も使い分けられる。


 あの人の凜々しい顔を思い浮かべただけで胸がぎゅーって苦しくなって、切ない気持ちになって、居ても立ってもいられなくなる。

 それで逃げるように部屋を飛び出したまでは良いけど実際に鉢合わせてしまえば素っ気ない態度で「私、君の事なんて興味無いわよ」ってな態度で接しちゃう。

 それで部屋に戻ってきたらそんな自分の言動を思い返してズーンって沈んでしまうっていう、自分でもよく分からない事になっていた。


 どうしちゃったんだろ私?


 マリーさんの生家であるというお屋敷に帰り着いてからの私はお姉ちゃんとの再会を喜ぶよりもヘルートさんを目で追う事に忙しかった。

 お姉ちゃんはマリーさんの専属護衛として雇われた立場で、なので朝から晩まで栗色髪のお嬢様に付いてなきゃいけないらしい。

 けれど私は従業員の家族という事で一緒に屋敷に住まわせて貰う手はずになっていて、だからこれといった仕事は割り振られていない。


 やることもなく日がな一日ぼんやりとして過ごすのは気が引けるので、今朝になってからヘルートさんにせめて家事手伝いくらいはさせて欲しいとお願いしてみた。

 彼は気乗りしてなさそうだったけど結局は承諾してくれて「頑張れよ」なんて優しい声と共に頭を撫でてくれた。


 嬉しくて、舞い上がっちゃいそうなくらい幸せな気持ちになって、なのにここでも素っ気ない態度を演じてしまう私。

 でも顔が熱くて仕方なかった。


「ねえ、神様……どうやったらヘルートさんに振り向いて貰えるのかな?」


 宛がわれた部屋のベッドで枕を抱きつつ問い掛けてみる。

 言葉に出してから急に恥じらいが込み上げてきて枕に顔を埋めてしまう始末。

 セオリツ姫様からの返答は、なのにそんな私の盛り上がりに水を差す物だった。

 ……水の神様なだけに。


『あのの子はやめておきなさい。わらわは確かに信用はできると言いましたが、色恋ともなると話は別。

 ……アレは人の子にあらず。修羅の子です。いずれは神に挑まんとする者となりましょう。惚れたとあっては必ず泣くこととなるでしょう。詩織よ、我が巫女よ。悪い事は言いませぬ、アレだけはおやめなさい』


「む~……神様のいけず」


 枕に埋めた顔で唇を尖らせてみる。

 すると優しく髪を撫でられるような感覚を覚えた。


『恋の病に効く薬は無いと言いますが、手遅れでしたか。本当に仕方の無い娘ですね』


 姿形は見えないけれど、その存在は確として感じられる。

 その神様が深々溜息を吐いたかに思われた。


『いずれにせよ、かの者は大いにモテるでしょうから恋愛の成就は至難を極めるでしょう。それでも、是が非にでも堕としたいと願うなら少しでも多く同じ時間を過ごしなさい。あなたに出来る事があるとするなら、きっとそれくらいでしょう』


「神様に聞いた私が馬鹿でした……」


『ふふっ♪』


 何が楽しいのか一転して微笑み、何処かで聞いたことのあるような無いような鼻歌を口ずさむ神様。

 私は彼の精悍な横顔を思い出して、頭を撫でられる恥じらいと悦びに胸を高鳴らせ、気付けば眠りに落ちていた。


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