011:チンピラ達を処す
最初の犠牲者となったモヒカン野郎の下半身が血を噴きながらベチャリと地面に落ちたとき、俺の視界にはまだ十数名ものゴツい輪郭が映り込んでいた。
(前に8人、後ろに5人。子供4人を殺すのに随分と大仰だな)
背後を一瞥して思った。
俺の背後、先行してしまったせいで一歩では手が届かない距離まで離れてしまっているが、戦闘能力など皆無のマリーを守ろうとボロ着姿の伊織がどこから取り出したのか小刀を逆手に持ち周囲に目配せしている。
また詩織は何か術でも行使しようとでも考えているのか立ったまま手で印を組んで目を閉じている。
少なくとも倒壊寸前のボロ家に姉妹が持っていくような荷物が無く、おかげで出立間際の戦闘でも身軽に対応できるのは重畳と言えた。
(だが、速攻で終わらせる……!)
――氣術、勁功剣・十連殺!
後ろの事なんて完全に意識から追い払って氣術を発動させる。
手刀に構えた手はまだ氣によって淡く光を放っているが、そのまま俺の全身が残像を残して前に飛び出す。
ヒュオ。
一陣の風が駆け抜けた。
8人のチンピラが、一秒の後にバラバラにされてボトボトと音を立て地面に崩れ落ちる。
「凄い……」
随分と離れてしまった後ろの方から伊織の声が聞こえる。
氣術の発動中やその前後というのは全身の細胞や感覚器官が活性化、やたらと鋭敏になる事を先のダンジョン攻略で知り得ていた俺は、彼女の囁き声が聞こえたって特に不思議とも思わない。
何にしても俺達の行く手を阻んでいたチンピラ達は一掃され、残すところは後方の5人のみ。
(この距離なら飛び道具の方が早いか)
即座に判断すると目を足下に落とし、豆粒ほどの小石をてきとうに見繕って手で拾い上げる。
――氣術、勁指弾!
小石を軽く握り込む形で前に差し出すと親指にて弾き飛ばした。
するとほんのり光を帯びた小石がパンッと僅かな破裂音と共に飛んでいって、チンピラの額に命中。
ソイツの頭蓋骨を脳みそごと割り砕き即死させる。
「え……?」
あまりの出来事に呆気にとられるチンピラさんご一行様。
伊織達にしても驚きに身を固くしている。
手刀で人間を切り裂いてる時点でそれくらいの芸当は出来て当然と察して欲しいものだ。
いずれにしたって身を硬直させた標的どもの隙を見逃してやるほど俺はお人好しじゃあない。
親指の前に次の次弾を装填すると躊躇無く弾き出した。
パンッ! パンッ! パンッ!
連続で吐き出された弾丸は三発。
そのどれもが奴らの脳みそをぶち抜き声を上げさせる間もなく絶命させる。
戦いは一分と掛からずに終了した。
――と、俺はこの瞬間、一瞬だけ気を緩めてしまった。
視界に映り込んでいたチンピラ達は、もう一人として生き残ってやしない。
なのに、地面がヌッと盛り上がり新たな人型を成したかと思えばこのすぐ前にいた詩織が声をあげるより早くその肢体を両手で抱え込み同じく己が影の中へと消え去る光景を眺めるしかできなかった。
「ちっ! やられた!!」
「詩織!!」
伊織の悲痛な叫び声。
俺は苦々しげに舌打ちして――内心じゃあ愉悦にほくそ笑んでいたが勿論おくびにも出さない――数秒前まで詩織がいた筈の場所まで駆け寄る。
「……」
――氣術、残滓追尾。
詩織達が消えた地面を手で触れ術を行使する。
魔法のように空中に魔術回路が形成されることも無ければ詠唱も必要としない。
氣術こそが無敵の万能ツールであると、今さらながらに思うのですよ。
「伊織、マリー、お前達は先に屋敷に戻って待っていろ」
「ヘルートは?」
「今のは恐らく闇ギルドの手の者だ。急いで詩織を助け出さないと口では言えないあんな事やこんな事をされてしまうに違いない」
「ならば私も!」と伊織。
「ダメだ。お前は既にマリーを護衛するという依頼を受けている。護衛対象を放置するなど認められない」
「しかし……!」
「伊織、俺の戦闘能力は今見たとおりだ。心配はいらない」
「くっ! ……分かった。妹を頼む」
「ああ、任せろ」
そして身を起こした俺。
少女二人に優しげな笑みを手向け、踵を返すと駆け出した。
(くっくっく、ここまで思惑通りになるとは思ってなかったぜ!)
走りながら考えたのはそんな事だった。
俺はどうやって裏ギルドに一人で乗り込んでいこうかと考えていた。
裏ギルドと銘打たれたダンジョンの中には、ゲーム通りであれば売れば結構なお金になるお薬もあれば魔力の付与されたアイテムだって安置されている。勿論そういったものはほぼ盗品なんだけどな。
可能なら全部ガメたいと思ってたのさ。
加えて、ゲームのシナリオを鑑みて、もしも強制力的なものがあるのなら遅かれ早かれ詩織は攫われる事となる。
ならば攫われないよう守り続けるよりは、一回ワザと誘拐させてから犯人達を皆殺しした方が再発の心配をしなくて済む。
しかもこの方式だと詩織を救出する事で恋愛的なフラグも立つのだ。
伊織を手中に収めようと思うなら、彼女が溺愛する妹を掌握する必要がある。
詩織に恋心を抱かせておけば、そう簡単には離れていかない、つまり伊織を繋ぎ止めておくための鎖として機能させるのだ。
ぶっちゃけた話、闇ギルドの暗殺者がチンピラ達の影に紛れ誘拐する機会を窺っていた事なんて最初から分かっていた。
分かっていて敢えて放置していた。
だってその方が諸々の問題を一気に綺麗に片付ける事が出来るから。
……そんな俺を非人道的と責めるのかね?
俺は最初から言ってた筈たぜ?
究極の悪を成す者になると――。