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010:詩織


 貧民街(スラム)の今にも崩れ落ちそうな一見して廃屋としか思われない小さな家の間取りは、ついさっき扉を破壊されてしまったせいで外と地続きになってしまっている玄関口から一歩内側に入った時点で既にリビングと呼んでもまあ通用しないこともない広い部屋になっていて、そこから奥に行けば用を足す場所ではあっても決してトイレなどと言いたくない小部屋、水浴びするための小部屋、あと本当は料理を作るべき場所ではあるのだろうけど調理器具なんて一つとして見当たらないせいで無為な空間としか思われない台所らしきスペース。それら奥の部屋にしても広間にしたって屋根がなく、雨が降ったらどうすんだろう? などとつい美少女二人の生活について想い馳せてしまう俺である。


「あ、えっと、初めまして。私、詩織っていいます」


 ドアの無い玄関から入ってきた詩織ちゃんは雑な挨拶を寄越してからテテテッと早足で俺の横を通り抜け姉である伊織のすぐ隣で腰を落とす。


「それで詩織、この子が信用できると、どうして言い切れる?」


 ああ、そう言えばコイツって俺と同い年だから今はまだ12歳なんだよな、なんて思いつつ、伊織あねが投げた質問への回答を一緒になって待ってみる。

 なお「この子」ってのは俺を指しての言葉なんだろうけど、せめて「この男」とか言って欲しいものだ。


「うん、えっとね。さっき家に帰る途中でね、神様に言われたの。今家に居る人たちは信用できるから早く帰りなさいって」


 神様? 何かの隠語だろうか?

 同じ感想を抱いたであろうマリーと顔を見合わせる。

 そんな俺達をよそに伊織は指で顎を擦りつつ「神様が……?」なんて意味ありげに呟いている。

 思わせぶりな仕草で俺を誘惑してんじゃねえぞ! 愛の告白なら24時間受け付けてんぞゴルァ!

 などと思う俺だ。


「……ヘルート殿、だったか? 詳しい事情は省くが神様からお墨付きを頂いた、ので、もうこれ以上は聞かない。そちらが提示した条件で依頼を受けよう」


 いやいや、そこは省くなよってば!


「お前が私の居所を知っていた理由を改めて問われたいと?」


 ハッ! 思考を読まれた?!

 驚愕に目を見開く俺に伊織は一言。


「声に出てた」


「面白い人!」


 くノ一嬢の隣で妹ちゃんが鈴を鳴らすような笑い声をあげる。

 俺はちょっと恥ずかしくなってツイッと目を逸らす。

 するとジト目のマリーと目が合った。


「また鼻の下伸ばして……」


「ち、違う誤解だ!」


 栗色の髪が陽の光を浴びて照り輝く。

 仰ぎ見れば真っ青な空。

 家の中に居る筈なのにな……。

 ちょいとセンチな気分になっちまうのは三国一の大悪人、そう、この俺様である。


「――それじゃあ早速だが荷物を纏めてくれ。屋敷に案内するから」


「ちょっとヘルート、誤解のないよう言っておきますけど、お屋敷は名実共に私の家ですからね」


「わ~ってるって、そんな怖い顔すんなってば」


 姉妹を促して自分も床から立ち上がったところプクッと頬を膨らませるマリーからお叱りを受けてしまった。

 彼女の機嫌に関しては手をヒラヒラと振って流し、ついでにと目を伊織の胸へと向ける。

 13歳と言いながら既にそこそこの質量がある。

 これが三年後にはたわわに実るともなれば難しい顔で頷いてしまっても仕方なかろうというもの。

 うむ、実にけしからん。

 対して詩織いもうとちゃんはと言えば、慎ましい。

 ついでにマリーのは、10歳という年齢の為かその存在すら認識できなかった。


「大きくなれよ」


「どこを見て言ってんのよ! もうっ!」


 どうやら俺の視線に勘付いたらしい栗色髪娘が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 この場合照れ隠しじゃなくて本当に怒っているんだろうと看破する。


「……変態」


「へんたいっ♪」


 くノ一姉と巫女妹が口を揃えて曰う。

 うむ、空が青いなあ、なんて天を仰いだものである。



 ――そんな遣り取りを経て倒壊寸前のボロ家から出た俺達は、しかしここで別のお客さんと鉢合わせる事になる。

 出迎える……いや、待ち構えていた、というのが正しいのかも知れない。


「よおニイチャン、昼間っから女3人侍らすなんて随分とモテてるじゃあねえか」


 10名ほどの、如何にも場末のチンピラといった風情の男達が俺達4人を取り囲む。

 貧民街ともなると治安は最悪、斬った張ったが日常茶飯事なのか周囲の人々は興味も無さそうにこちらを一瞥するばかりだった。

 俺の真正面に立ち塞がる男がニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべ挑発とも思える言葉を放ってくる。


「そうだろう? 三下のドサンピンとは違うからな」


 なので俺は言ってやりましたよ正面切って。

 男はモヒカンヘアに上半身は裸、肩にトゲ付きパッドを着用し、手には既に抜き身となっているナイフが握られていた。


「アァ! なんだテメ! 殺すぞゴラァ!」


「なるほど、つまりお前達は闇ギルドが差し向けてきた刺客ということだな?」


 俺は言い終えるのと同時に前に出る。

 氣術の基本技にある“瞬歩”を発動させた次の瞬間にはもうソイツの懐に潜り込んでいた。


「懺悔も後悔も、したいなら地獄でやってくれ」


 ――氣術、勁功剣。


 バスンッ!


 作った手刀に氣を漲らせると躊躇無く横一文字に腕を振り抜く。

 すると呆気ないほど簡単に男の胴体が切断され、血と臓物を撒き散らしつつ上半身が地面に墜落した。


「さあ、掛かってこい。一人として生かして帰さん」


 クックック。

 待ちに待った戦いのお時間です。

 ワクワク、ドキドキする胸の内を隠すどころか見せびらかすように、愉悦に充ち満ちた笑みを浮かべる俺だった。



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