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<4> ミロス王

 どこがどこやらも分からぬ森の中だが、騎士たちは道が分かっている様子。

 されるがままに連行されていくと、急に、塀に囲まれただだっ広い庭園と、その奥のお屋敷に行き当たった。


 城、という雰囲気ではない。

 森の別荘か何かだろうと、日海花は見当を付けた。


 そのお屋敷の玄関前に、どう見ても偉そうな人影があった。

 まるでガス灯みたいな……おそらく魔法の力で動いているのだろう、雰囲気ある明かりにライトアップされて待っていたのは、鷲髭のナイスミドルだった。こんな夜中だというのに、このままベートーベンの第九を指揮できそうなくらいご立派な服を着込んでいる。


 話の流れで、この男が『陛下』だというのは分かる。

 つまり、この国の王だ。


「蘇生は成功したか。

 よくやった、『賢者』」

「はっ」


 跪くフワレの方を見遣りもせずに、王は言った。

 極めて形式的な労いだった。


 そしてそれから、無遠慮に日海花に近づいて、倉庫の片隅で何十年も放置されたガラス玉みたいな、濁った灰色の目をして日海花を見下ろした。

 日海花は騎士たちに押さえつけられ、まるでお白州に引き出された罪人のように、膝を折って座らされていた。なにしろ体重が重いので足が痛い。


「異界の娘よ。

 この世界は今、恐るべき力を持つ、魔王なる者に脅かされようとしている。

 魔王を打ち倒せるのは勇者のみだ……

 だが、勇者候補であった我が娘アンジェリカは、先日、身罷った。

 故に、余はそこの『賢者』に命じ、貴様の魂を召喚することでアンジェリカを蘇らせた」

「……つまり私はお姫様の身代わりに、勇者になれと」


 日海花はむしろ、確認のつもりで聞いたのだが、王様は見下した調子の笑いを浮かべ、鼻で笑って訂正した。


「否。誰が貴様ごとき下賤の者に、高貴なる任を預けようか」

「ゲセン!?」

「貴様では勇者たりえぬ。勇者となるは、他の候補であろう」


 ――そんなこと急に言われても知らんがな。


 よく分からない話だった。

 アンジェリカは勇者候補だと言いながら、同じ口で勇者に不適格だと言うのだから。


 だいたい……信じがたいことだが……日海花の魂を呼び寄せて、このアンジェリカ姫様とやらの身体にぶちこんだなら、日海花が今この身体を持っていること自体、徹頭徹尾、この失礼な王様の都合ではないか。

 何故それで下賤だのなんのと文句を付けられなければならないのか。


「だが、このような時に民草を動揺させてはならぬ。

 よいか。

 余が貴様に求めることは、ただただ、民草を動揺させぬためにアンジェリカの代わりを務めることだけだ」


 日海花が黙って聞いていたのは、思っていたより遙かに勝手なお話で、あっけにとられていたからに過ぎない。

 要は、ちょっと政治をするのに都合が悪いから穴埋めをしてくれと言うだけの話で、しかもそれを日海花が唯々諾々と引き受けて当たり前だと思っているようだ。


 王様というやつに会うのは初めてだった。……まあ、別に総理大臣や大統領にだって会ったことは無いのだが。

 ともあれ、なるほど、こいつなら『娘の死体に別人の魂を放り込んで替え玉にしよう』とか真顔で言い出しそうだと思ったのが正直な感想だ。

 顔だけなら渋くて凜々しいのに、中身は腐っておられる。


「それをやって、私に何の得があるの?」


 日海花がそう言い返したとき、周囲の騎士たちも、フワレも、王様さえも唖然としていた。

 無償で案件を受けてはいけない。ましてそんな仕事を求めるのはクソ野郎だ。

 だがここで日海花が言い返すなんて事は、誰も予想していなかった様子。


「貴様! 陛下への無礼、許されぬぞ」

「…………っ!」


 背後から日海花を拘束していた騎士の一人が、一触即発、腰の剣を抜いて日海花の首に当てた。

 この騎士が腕を引くだけで日海花の首は落ちるだろう。

 目のすぐ下にある白刃の煌めきと、だぶついた首の肉を見て、日海花は唾を飲んだ。


 だが一呼吸して、日海花は少し冷静になる。

 日海花は腹をくくった。このまま状況に流されていたら、もっと恐ろしい事態になる。


「……刺せばいいじゃない」

「なんだと?」

「『アンジェリカ姫』が死んだら困るのはそっちでしょ。

 私はとっくに一回死んでるらしいじゃない。今更死ぬのは怖くないし、人質に取れるような家族もここには居ない。

 だいたい話聞く限り、私は役目が終わったらどのみち始末されるルートとしか思えないんだけど」


 こういう輩が何を考えるかは、流石にある程度察する。

 人をトイレットペーパーみたいに思っている奴だ。ならば使い終わったらトイレに流して終わりだろう。

 ここで脅しに屈するのは、利口なようにも思えるが、結局は死ぬのが少し遅くなるだけだ。ならば突っ張った方がまだしも希望があるというもの。


 王は、ぎろりと日海花を見下ろす。

 怒りと苛立ちが視線に籠もっていた。自分が命じて、それに従わぬ庶民など、今まで見たことがなかったのだろう。


「……よかろう。務めを果たした暁には相応の褒美を取らす」


 王は、チューブに残った最後の一回分の歯磨き粉を絞り出すみたいな調子で、言い放つ。


「だが、そのためには少し、教育が要るな。

 勇者の力を扱えるよう、訓練を申し付ける。

 これこの通り、『アンジェリカ』は命を狙われておる故な。否とは言うまい?」


 そして王は、にたりと笑う。

 それはあくまで、地位相応に格好の付け方を心得ているだけで、本質的にはチンピラの下卑た威嚇とさして変わらぬものであるように、日海花には思われた。

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