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<24> 果たし状

「あああああああああ!!」

「ヒミカさん!?」


 神殿の巡礼者用客室に、叫びながら戻ってきたヒミカは、そのままベッドに飛び込むと叫びながら転げ回った。


「いいか!?

 あんたら、私が美人だと思ったら即座に褒めろ!!」

「急にどうしたのヒミカさん!?」


 セラと何かの盤ゲームをしていたメルティアは、不幸にも八つ当たり同然にどやしつけられる。


「お前らが褒めないから!

 ダイエットして最初に私の外見を褒めたのが!

 あの暴力(DV)ナンパ男になっちまったじゃねえかあああっ!!」

「何があったのヒミカさん!?」

「すいません、実は……」


 * * *


 フワレが順序立てて説明したことで、メルティアはようやく事情を理解し、腹を抱えて笑った。


「あっはっはっはっは!」

「笑い事じゃなあああい!」


 ヒミカ自身も事態を飲み込むまで少し時間が掛かったのだが、つまりあのナンパ男は、稽古の名目で部下と見物人をゾロゾロ引き連れてきて、ヒミカをボコボコにした『団長』なのだ。あの時はフルフェイス兜付きの全身鎧という出で立ちだったもので、再会しても気づかなかった。

 ……ヒミカが痩せたせいで相手も気づかなかったというのは馬鹿馬鹿しい話だが。


「てゆーか……あいつ確か、王国内で私関係のこと担当してるんでしょ!?

 自分が監視しつつ守る相手の顔知らないとか、ある!?」

「あると思うよ?

 だって直接は会わないんでしょ? ヒミカさん、最後に会ったときと全然顔違うわけだし」


 メルティアが当然のような顔で、きょとんとして言ったものだから、ヒミカは逆に面食らう。

 そしてすぐ、認識の相違の原因に思い至った。


「そ、そっか……写真が無いんだ、この世界」

「ありますけど、こういう場面では使わないですね。

 貴婦人方のお見合い写真とか、お屋敷に飾る家族写真が主な用途でしょうか。

 ……なるほど、写真は装置を小型化すれば諜報にも使えますか。さすが基底世界」


 ついでに言うならスマホやカメラも無い。

 ヒミカの感覚では、あらゆるものの視覚的情報は瞬時に世界中で共有されるものだったが、それはあくまでも世界全体の技術水準に依存するのだ。

 思えばヒミカ自身ももはや、隣の国の災害映像とか、逮捕された凶悪犯の顔とか、一切分からぬ。新聞は街で売られているが、そこに載っているのさえ報道写真でなく挿絵だ。


「なんかこう、クリスタルをむにゃむにゃってやって、魔法で私の顔見たりしないの?」

「『遠見』は相手を問わず防いでますよ。

 見えるって事ぁ、呪いを掛けられるって事だかんね」


 セラは、虫入りの琥珀みたいに中に魔方陣を閉じ込めた、小さな正八面体クリスタルを指の先で弄び示す。

 何かのマジックアイテムらしい。


 ひとしきり悶絶して少し落ち着いたヒミカは、幽鬼の如くゆらりと、ベッドから立ち上がる。


「……よし、決めた」

「何を?」

「あいつにラブレター書いてやるわ」

「ええ!?」


 ヒミカは自分の荷物から携帯用のインク壺とペンを取り出し、部屋の机にメモ用紙として置いてあった反故紙(裏面は浮気・素行調査を引き受ける探偵社の広告だ)に向かった。


「私、もうすぐ平和節のお祭りで王都に行って、国民にお披露目されるわけでしょ」

「うん」

「全国民の前で! コロシアムで! 公開稽古デートやりませんかってお誘いすんのよ!」


 おそらく今のヒミカの怒りを熱源にしたら、琵琶湖の水くらいなら沸騰させて蒸気に変え、発電タービンに送り込める。


 半年前の恨みは忘れていないし、よりによって自分をボコボコに痛めつけたクソ野郎が、(相手も気づいていなかったとは言え)痩せて綺麗になるなりナンパしてきたというのはヒミカにとって許しがたい侮辱だった。

 そしてヒミカは割りと、拳で白黒付けることに躊躇しない質でもあった。やられたことはやり返す。今のヒミカの力なら、あの騎士団全員を相手に、仮に稽古でなく本気の殺し合いをしても6:4くらいで優勢な勝負ができると見込んでいた。


「えええ……

 大騒ぎになりますよ、そんなことしたら」

「よろしい!

 ぶちかましておやりなさい、若人よ!」


 フワレは戦き、一方でセラは手を叩いて笑っていた。


 * * *


「何だと?

 あの娘、何を考えている?」


 遠話にてランバルドから報告を受け、ミロス王は耳を疑った。

 かの異界の娘が、ランバルドに果たし状を送りつけてきたというのだから。


 決闘の申し込みではなく、あくまでも稽古のお誘いとお願いだ。

 それは、命のやりとりまではする気が無いという、煮え切らない軟弱な態度だとミロス王は見たが……


『半年前の一件を恨み、意趣返しを目論んでいるのやも』

「全く愚かしい。

 向こうがその気なら、少し過激に痛めつけてやれ。

 つまらぬ意地を張ろうなどと、二度と、夢にも、思わぬようにな」


 王は語気を強める。

 ミロス王にとって、あの娘の態度は、許しがたい反抗だった。


 この世に存在するほとんどの者は、愚かだ。特に下賤な庶民は。

 牧羊犬が羊を操るように、高貴な者は民草を導かねばならぬ。それは、煩わしくも偉大な義務であるとミロス王は思っていた。


 民草が惑わぬよう、アンジェリカの代わりを用意した。その娘が愚かで、このままでは役に立たぬと思った故、身の程を教えた。だがまだ分かっていなかったらしい。ならば繰り返すだけだ。

 単純な話だ。剣を研ぐなら斬れるようになるまで研ぐべきだと、旧き賢人の言葉にもある。


 しかし、王と対面する青白き幻の騎士は、即座に諾とは言わなかった。

 彼らしくもない優柔不断な態度だ。床に視線を彷徨わせ、言葉を探るような仕草をした。


『私はいかなる戦場にも、騎士と勇者の血筋に誓い、全力を尽くします。

 しかし同時に、陛下が戦場にて誤り無きよう、己の知識を惜しみなく……』

「勿体ぶるな!

 何が言いたい!」

『負けるやも知れません』

「な…………に!?」

『そしてそれは、万一にもあってはならぬことです。

 王国が揺らぎます』


 理解が追いつかない、というのが正直なところだった。

 確かに、公衆の面前でランバルドがあの娘に負けたとしたら、それは国を揺るがす大事だ。ミロスの治世の安定のためには、いかなる名声も与えてはならない。『アンジェリカ』にも、あの娘にもだ。


 しかし、それは起こらないはずだ。

 ランバルドや征魔騎士団が、あの娘に負けるなど、起こりえないはずだ。

 だがランバルドは、この国でも指折りの騎士は、力及ばぬ無念を焼けるように悔いる顔をして、言葉を振り絞る。


『あの娘、もはや『勇者異能(チートスキル)』を誰よりも使いこなしております』

「最弱の、使うほどに磨り減る使い捨ての異能だぞ?

 それを使いこなしたところで、何ほどのものか」

『彼女の強さは史上にも類を見ぬものです。

 そも、彼女は我らのような初代勇者様の子孫というだけでなく、今や正真正銘の召喚勇者。ともすれば、異能の力にも差があるのではないでしょうか』

「ぬ……」


 初代勇者と、その仲間たちは、召喚によって異能の力を手に入れた。

 そして今この世界に生きている人々の一割ほどは、初代勇者か、その仲間たちの子孫であるという。多かれ少なかれ異能の力が継承されており、それによって人族は、魔物から身を守る力を手にしたのだ。

 中でも『始まりの七王家』は、初代勇者の血筋を色濃く残し、それ故に今でも『勇者異能(チートスキル)』の持ち主を輩出しているのだ。


 ともあれ勇者召喚術式は、初代勇者の時代以来、使われず、忘れ去られていた。

 なぜなら使う必要が無かったからだ。既に人族は、勇者の血筋によって、魔物と戦う力を得ていたから。

 勇者として名声を得れば、民草の忠誠を得る。さすれば権力に通じる。異界から呼び出した異分子よりも、七王国の次代を担う王族に、勇者をやらせたいと考えるのは当然だった。


 此度ミロス王がそれを使ったのは、あくまでも時限的な誤魔化しのためだったからに過ぎぬ。どうせ自らの異能に蝕まれ、遠からず死ぬ定めの娘だ。だが、もしかしたら怪物を生み出してしまったのかも知れないと、ミロスも思い始めた。


『場合によっては、あの娘が王都に戻ってくることすら危険やも知れません。

 あの……あの姿は……』


 ランバルドは言葉に詰まり、手をわななかせる。

 そして、青白い幻像の姿でも、青ざめているのが見て取れるほどの様子で、訴えた。


『あの美貌は危険です。魔性のものにございます!

 それを見て民草が囃し立てましょう!』

「まさか! 何の冗談だ? 身体はあの豚姫(アンジェリカ)だぞ?」


 ランバルドが乱心したのかとミロスは思った。

 だが彼は、誓って己の言葉に嘘は無いとでも言うかのように。

 どうか信じてほしい、それが国のためだと言うかのように。

 歯を食いしばり、目を射かけてくる。


「……ぬう……」


 ミロスは、ランバルドの、己と国家に対する忠誠の篤さを、そして意志の強さを知っている。

 それ故に、彼がここまで言うのなら、何かあるのだろうと考えた。

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