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5.舞踏会は楽しい!(なお舞踏)

 ありがたいことに、送迎の馬車は王家が手配してくれるそうだ。二頭立ての立派な馬車に乗るなんて、はじめて。見栄っ張りの両親に可愛がられているメアリーなら経験しているかもしれないけど、わたしはもうこれだけで心がうきうきしてしまう。


「じゃあ、行ってくるわね」

「楽しんでいらっしゃいませ、お嬢様!」


 結局、見送りに来たのもヘレンだけだった。付き人なんてものはない。ヘレンは元々自分が華やかな場所に出て行くことは苦手らしいし、最近ちょっと私生活の方が慌ただしいようで、準備を手伝ってくれただけで充分だ。

 我が愛しの家族達は、釘を刺しに来るなり惨めな出荷を笑いに来るなりするかと思ったけど、いつも通りの放置っぷり。他の人材も、“じゃない方”のお嬢様には、構っている義理も時間もないのだ。


 安定の侯爵家から一歩進み出た馬車の座り心地が、早速別世界。なんて最高なの! 普通の車とはまるで違うわ。乗っていてお尻が痛くなるどころか、心地よくて眠たくなってきそうなほど。座って移動する代わりにお尻と腰を犠牲にしなくていい世界がこの世にあるなんて……。



 快適な道行きにまどろんでいると、あっという間に王城に着く。

 我が家よりも広いし綺麗……!(当たり前ではあるけど)と、早速お上り気分全開でうきうき歩いて行ったら、なんと入り口の警備に止められてしまった。


「メアリー=フォージュ……フォージュ家のご令嬢? お一人ですか? 付き添いはいらっしゃらない?」


 そういえば、両親はメアリーのことをことあるごとに自慢し、目に入れても痛くない溺愛っぷりを披露しているはず。成人後に正式な社交の場に出るのはこれが初めて、なのに同伴なしとは――まあ確かに、不審がられるのもごもっとも。

 とりあえずさらっと言い訳しておく。


「本日家族は生憎の急病で伏せっておりまして、わたくし一人で参りました。少々たちの悪い風邪でして、使用人達もそちらに手一杯で」

「はあ、なるほど……?」


 ある意味で嘘は言っていない――フォージュ一家は一生治らない思い込みの病気にかかっている人間達の集いなのだから。頭がぼうっとして判断力が落ちるという点では、風邪の亜種のようなものだ。家族で感染するところも。


 わたしはありもしないことを堂々と吐けるタイプの嘘つきにはなれないけど、解釈の差による言葉遊びだったらできる。こういうときは怖じ気づいてはいけないのだ。胸を張って、笑顔!


「まあ……肝心のご令嬢本人はいらっしゃっているのだし、いいか。どうぞごゆっくり、今宵の宴をお楽しみください」


 首を傾げられつつも、中に通してはもらえるようだ。また何か言われないうちにいそいそと会場の中へ進む。


(わあ、すごい……!)


 そして目の前に広がったのは、きらびやかなパーティー会場に、これまたきらびやかな人々の群れ!


 血みどろ呼ばわりされようが、やっぱり王子ブランドは強力なのか。婚活パーティーには当然関係者の気合いと威信が感じられるし、お相手候補もそれなりにいらっしゃるみたいだ。


 わたしもヘレンが気合いを入れて準備をしてくれたおかげで、彼女達に見劣りはしていない。と、思う。


 人が大勢集まっている様子を見て、ようやくほっと一息つけたような、余計緊張してきたような……。


(とりあえず、ここまで来られて良かった。せっかくヘレンが可愛くしてくれたのだもの、門前払いされてお土産話の一つもないなんて、悲しすぎるわ。危うく誕生日のトラウマまで、蘇りかけたじゃない)


 フラッシュバックする、雨中放り出し事件。

 あの婚約破棄はあまりにひどかった。トマスも酷かったけど、それ以上にメアリーの悪意が圧倒的だったように感じる。


 あれだけ溺愛されて露骨に差を付けられて、それでもメアリーはまだわたしをコケにしたりなかったのだろうか? それとも相変わらずわたしのことなんか眼中になくて、その場のノリと感情で生きているだけ? ……なんだか後者な気もしてきた。そんな雑な生き方に振り回されるわたしって本当にこう、舞い散る枯れ葉のような……。


(――ああもう、これ以上ぐるぐる考えるのはやめ! 顔を上げ、胸を張りなさい、わたし。だって今夜だけは、何でもできるメアリー=フォージュなのよ)


 パン、と頬を叩いて気合いを入れる。よし……やる気が戻ってきた。そうよ、今日は枯れ葉のエリザベスではなく、暴風雨のメアリーなのよ。わたしが皆を散らしてやるの! まずは練習だけでちっともお披露目の機会がなかったダンスから!


 でもダンスは一人では踊れない。どうしようか、女性は基本的に誘われ待ちなのだけど……と踊る人達を見つめていたわたしは、そこでまた新たな問題に気がついてしまった。


(わたし、本格的に踊る相手がいない!?)


 踊りの相手役は、もっぱら家族か付き人が務めているようだ。それはそう、ここは王子の婚活パーティー会場で、彼が女子を吟味する場なのだ。ご令嬢に求婚するような他の男はいらない、当たり前のこと。そしてご家族や付き人の皆様は、家のご令嬢を推したいのだったら他の女と踊る意味は特にないだろうし、逆に招待状の義務で参加しているのだとしたら……渋々の参加なのだから、やっぱり他家のご令嬢の面倒まで見る意味、ないのでは?


(あ。一応、壁の花への声かけ役もいるみたい。でも……)


 知り合いと踊り終えたご令嬢が手持ち無沙汰そうにしていると、それを見つけて話しかけている人達がいる。

 でも、なんていうかこう、強面だったりおじさまだったり、明らかに場慣れしていない風情だったり……果ては凜々しい女性騎士まで。同じ衣装をまとっているから所属は一緒なのだろうけど、なんだか統一感がない集団だ。


 ――あ、そうか。あれはきっと、殿下の部下たる騎士の皆様だ。王宮を彩る近衛騎士とはまた違った、辺境で殿下の手足を務める勇猛果敢な戦士達。

 そんな戦人達は、総出で主人の婚活を手伝わされているという風情。そして誰も彼もどこかしらいまいちな男性陣に比べ、爽やかでスマートな女性騎士に、令嬢達が熱い目を向けている……なんというカオスな空間。いいのかしら、婚活会場がこれで。


(それにしても、肝心の王子様はどこにいらっしゃるのだろう。主役のはずなのに、この会場で一番目立っているのが女性騎士とは……?)


 もしかすると、もう会場のどこかにいて、今まさにお相手吟味真っ最中なのかな。あるいはちょっと奥の方で、部下達に令嬢がどんな反応をするのか、見極めているのかも……。


 観察しながら考え込んでいたら、壁の花フォロー集団の視線がこちらに。思わずさっと目を流し、「いえ自分は用事がありますので」と歩き出してしまうわたし。ああ、やっぱり染みついている。フォージュ家で培われた、「何か起こりそうな時はとりあえずその場を離れてやり過ごす」癖が……!


 でも、舞踏から逃げ出したわたしは、新たな目標をすぐに見つけた。鼻をくすぐる食べ物のいい匂い! 舞踏が行われている大広間から移動すると、そこにはずらりと並べられたこれまた多種多様な食べ物が!


(すごい、パンだけで何種類も!? お肉もたくさんあって、デザートも美味しそうだわ……)


 ただこんなにずらりと並んでいるのに、手を付けている人はいない。

 まあ、それはそうだ。ことお見合いを目的とする舞踏会でのお料理とは、特に令嬢にとっては観賞用なのである。


 だってまず、食べていたら踊れない。お相手が決まった人や、踊り終えてめぼしい候補を絞った時の歓談時なら口をつけられるかもしれないけど、食い意地の張っている様子なんて見せたら、すぐに悪い評判として広がってしまう。


 小太りな男性貴族がやってもクスクス笑われる所業なのに、まして婚活中の令嬢。山と並ぶ料理に手を付けることは、「わたしは真面目に相手を探す気はないし家の評判もどうでもいいです」と言っているのに等しい――。


 さかしく頭を働かせていたら、きゅうとお腹が鳴った。思わず押さえて周囲をさっと見る。


 ……誰もわたしになんか注目していない。会場には他にも山ほど人がいるし、ここはメインの広間ではない、控えの場のような所。談笑する人達は、踊る令嬢の誰かか、滑稽な騎士達の様子か、自分達の会話にもっぱら意識を向けている。


(そうよ……たかがわたし一人、誰も気にしないわ。それに、悪い評判が立ったとして……今更何だって言うの? フォージュ家の面子をどれだけ立てたって、わたしが幸せになれるわけじゃないわ!)


 一応、侯爵家の実態が明るみになって取り潰し、まで行ってしまうと、とばっちりでわたしやヘレンに被害が押しつけられそうな気もしてちょっと怖い。

 だけど、これぐらいの反抗――メアリー=フォージュは変な娘だと評判が上がるぐらいなら、まあ、いいでしょう?

 フォージュ家の双子のどちらのことを言っているにせよ、間違ってはいないのでしょうから。


 ということで、わたしは堂々と――ええ、堂々と。広間でダンスに進み出るがごとき足取りでテーブルに近づき、すすっと食器を手に取った。不思議ともう手は震えない。


(わたしと同じ、顧みられない料理もの達――今、助けてあげるからね!)


 嬉しいことに、どれも一口サイズに切り分けられていて、取りやすいし食べやすい。

 パンのサクサクして温かいこと! 見たこともない前菜の数々! お肉のジューシーな歯ごたえと舌触り! スープのほっと一息つける優しさ!

 甘さ、しょっぱさ、酸っぱさ、苦さ、辛さ――多種多様な味には全く飽きが来ない。ケーキもおいしいけど、やっぱりこの豊富なお肉が一番いいかも。そうよ、肉よ。肉は正義よ。

 ああ、こんな風に料理を満喫できるのなんて、久しぶり……。


「きみ、顔がいいな」

「……えっ?」


 ……そうして、わたしは周囲のことなど忘れ、すっかり料理の虜になっていたので。

 いつの間にか隣に見知らぬ男性が立っていたことも、じっとわたしの横顔を見つめていたことも、話しかけられるまで全く気がつかなかったのだ。

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