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4.味方は侍女一人

「お嬢様、よくお似合いです」

「ありがとう、ヘレン。あなたのおかげだわ」


 鏡を覗き込んで満足したわたしは、フォージュ家で唯一の味方である侍女にお礼を言った。

 彼女は本当に優秀だ。おそらく人生で一番お洒落をしていることもあって、自分が普段と別人に見える気がする。


 トマスと十八歳の誕生日のデートに行こうとした時の服も、ここまで豪華じゃなかった。今着ているのは、妹のメアリーの余り物だから。


 双子のわたし達は、わたしの方が今はちょっと痩せているけれど、ほとんど変わらない見た目をしている。お下がりの交換はそう難しくない。お互いよく言えばスレンダー、直球に言うと凹凸に乏しい体格なのである。


「それにしてもひどうございます! トマス坊ちゃまとの婚約は、皆納得していたお話しでしたのに。勝手にこちらの都合で変えた挙句、お嬢様にはメアリー様として婚活パーティーに行けですって。しかもお相手は、あの血みどろ鬼畜殿下だなんて――」

「ありがとう、ヘレン。でも、おかげでメアリーのドレスが着られたのは悪くなかったわ。一度は身につけてみたかったのよね、可愛くて明るい色」


 けして強がっているわけではない――いやそれもあるかもしれないけど、ここまで来たら一周回ってこの状況を楽しんでやる心持ちになりつつある。


 わたしの代わりに怒ってくれていたヘレンは肩をすくめ、それからうっすら苦みのまじった微笑みを向けてくれる。


 家族全員から否定される環境で、わたしがわたし自身の考えを保っていられたのは、ヘレンのおかげだ。幼いわたしが「あれ、変だな?」と感じた時、それは自分の心のサインなのだと教えてくれた。親子だからって同じ考えをしなくていい。違うと思うことは違うと思っていい、と。


 ヘレンはいつもこっそりわたしの味方をしてくれた。忘れ去られてお腹をすかせているわたしに、時に自腹を切って食べさせてくれたこともある。人のぬくもりは、家族ではなくヘレンから教わった。この居場所のない家でわたしが自我を保てたのは、彼女のおかげだ。


 どうしてそんなに良くしてくれるのか、不信に思ってしまったこともある。でも、その理由もヘレンは打ち明けてくれた。


 幼い頃、家族から変わり者扱いされていた弟がいて、姉のヘレンが面倒を見る係だった。ヘレンは正直、その弟に迷惑をかけられることが好きではなくて――でも、弟は姉が目を離している間に、事故で亡くなってしまった。

 家族はヘレンを責めなかった。むしろ、風変わりな子だったから生まれ間違えたんだろう、とすら言った。それがずっと、忘れられなくて、自分も許せなくて……だから周囲から浮いてしまったわたしのことを、見捨てられないのだ、と。両手を握り、目線を合わせて語ってくれた。


 それ以来、わたしはヘレンのことを信頼している。


「今だからする話ですけれど、あたし、お嬢様はあのぼんやりしたトマス坊ちゃまにはもったいないと思っていましたのよ」

「あら、そうだったの?」

「ええ。お嬢様はすっかり、自分はクレーマン家に嫁ぐのだと思い込んでいらしたようでしたから、余計なことは言わないでおこうと。でも、こうなってしまったのは確かに残念ですけれど、悪いことばかりじゃなかったかもしれません。きっともっといいご縁がありますとも」


 確かにわたしは、トマスとの幸せな結婚について、思考が固定されていた気がする。


 ――もしかしたら、とうに愛想を尽かしていたと思っていた家族に、まだ未練があったのだろうか。


 家族も知っている冴えない男であったトマスを、わたしが支え、幸せな家庭を築けたなら――エリザベス=フォージュを見る目がなかったのはフォージュ一家の方だったのだと、見返すことができる。

 どこかで、そう思っていたのではなかったか。

 終わった今になってみると、そんなことがふと浮かんだりもする。


 でも結婚の成功なんて、自分の頑張りだけでどうにかできるものではない。


 仮にトマスが心変わりしなかったとしても、領地を未曾有の天災が襲ったり、子どもに恵まれなかったり、無事生まれても子育てに失敗したり、トマスが若くして病気にかかったり――もしもの不運を挙げればきりがない。人生は本当に、ふとしたことでうまくいかなくなる。


 そういう諸々のリスクが見えないほど、恋していた? きっとそうではない。結婚できるなら、()()()()()()()()()()()()のだ、わたしは。ならばトマスがわたしじゃなくていいと言うことだって……おあいこだと思い切るには、まだ気分が落ち込んでいるけど。やっぱりじわじわと腹が立つ気がする。よりによって、メアリーじゃなくてもいいじゃない!?


「お嬢様」


 考え込んでいると、ヘレンに心配そうな顔……いや怪訝そうな顔をされてしまった。もしかして知らない間に百面相劇でも披露してしまったのかしら。


 頬に指を当てて笑顔を作れば、鏡に映った顔の形はとても可愛く見える。

 メアリーと同じ顔。……だけど何もかも違う、姉妹のわたし達。


「……本当に、こんなこと初めてなのだし。自分と将来を見つめ直す良い機会なのかもね」

「そうですとも! まだお若いのですし、お嬢様なら今から何にでもなれます。働くのだって悪くありませんよ。お勉強していらっしゃいますから、引く手あまたでしょうとも!」

「それは言いすぎじゃない? でも……確かに、どこかにはわたしのあれこれを気に入ってくれる人がいるかもね」


 笑顔を作っていると、それ以上は気分が落ち込まない。前向きな気持ちも戻ってきた気がする。


「何にせよ、まずは今日を思いっきり楽しんでこないとね。だって今日だけはわたし、メアリー=フォージュなのだもの。きっと何だってできるわ!」

「その意気やよしですわ、お嬢様!」


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