3.妹の身代わり
メアリーの言葉に、はっとわたしは現実に戻ってくる。
先刻も述べた通り、フォージュ侯爵家の双子の姉の存在は、都合のいい時以外忘れ去られている。この“都合がいい”とは基本的に妹と両親にとってであり、つまりわたしにとっては大体その逆となるということだ。
――非常に、嫌な予感がする。
何の話だろうといぶかしげに眉をひそめると、三人家族が嫌な笑みを浮かべていた。
「これはあたし、メアリー=フォージュ宛ての招待状だけど、メアリーは独身で結婚の約束がない女だと思われているから、こんな失礼な手紙が送られてきたってわけ」
「まったくけしからん! メアには最高の男をと考えていただけなのに!」
「そうよ! メアは最高の女性なのだから、最高の旦那様をお迎えするのよ!」
失礼も何も、メアリーは実際に、少し前まで結婚予定のない独身女性だった。
しかも「最高の男を待っていた」ということなら、王子様の結婚相手として招待状が送られてくるなんて、まさに好機と言えるはずだが――まあ、赤色にまみれている男は妹の趣味ではないのだろう。
メアリーには婚約者がいる。
そして姉のエリザベスは、絶賛予定が空いている。
ああ、話が読めてきた。そして嫌な予感が見事に的中しそうだ。
「――だから、あたしの代わりに、姉さまが舞踏会に行ってくればいいのよ!」
「そうだな、顔は同じなんだ。お前がメアリー=フォージュとして、適当に出席してくればいい」
「そうね。見た目はほとんど変わらないのですもの、黙って立っているだけなら、ごまかせるでしょう」
わたしは瞬きしてからため息を吐き、一応は申し上げてみた。
「察するに、結婚予定のない独身女性は皆、王子の妃候補として舞踏会に出席しろというお手紙が来たのですよね? 婚約が決まっているメアリーの代わりに、わたしが出席するのは自然だと思います。でも、どうしてわざわざメアリーの代役を? メアリーには相手ができたのでエリザベスが行きますと返事しても、特に問題は――」
「わああっ、心の狭い姉さま! トムがあたしを選んだからって、そんな子どもっぽい嫌がらせしなくたっていいじゃない! 意地悪なエリザベス! そんなんだからいつまで経ってもブスなの! ブスブスブス!!」
「おお、かわいそうなメア、性格の悪い姉に泣かされて――お前! この双子のいらない方が! 我がフォージュ家とクレーマン家に婚姻の約束があることは、王家も当然知っている。だから招待状は、メアリーだけに来ているんだぞ!? エリザベスが行くとなったら、新婚のメアリーに悪い噂が立つかもしれないだろうが!」
「そうよ! そんなのメアリーが可哀想すぎるわ! トマスを寝取った妹って、せっかく幸せな二人に悪評が立ってしまうじゃない! それとも恥知らずなお前は、そうやってあることないこと吹聴する気なの!? 恥をかくのはお前の方なんだからね、この愚図!」
ああ、これだ……わたしが何か言うと、ギャンギャン三者三様にわめき立ててくる。いつもそう。多数決で、わたしは常に悪者になる。だからわたしは、随分前に家族との対話を諦めるようになっていた。早速頭が痛くなって、額を押さえる。
(メアリーが長年興味のなかったはずの幼馴染みを急に口説き始めたことも、トマスがあっさり乗り換えたのも、ただの事実でしょうに。それに、じゃあメアリーの方は、トマスの婚約者エリザベスとして周りに紹介するつもり? どのみちすぐに露見する嘘なのに……)
わたしが理屈で話をしようとしても、彼らは常に感情を問題にする。血縁者なのになんでこんなに話が通じないんだろう、と頭を押さえていると、嘘泣きしていたらしいメアリーがちらりと流し目をよこしてきた。
「ああでも、姉さま……もしかして、あたしの代役なんかできないって、怖がっているのね? 大丈夫よぉ! だって、あたしが行ったら、可愛すぎて選ばれちゃうもん。そんなの困るわ。でもその点、姉さまなら心配ないでしょ。だってたとえ顔が同じでも、可愛くない姉さまは、誰からも相手にされないもの。キャハハハハ、ブース!」
「そうだな、双子のいらない方なら、誰にも選ばれるはずがない。お前がちょっと行って帰ってくるだけで、メアの名誉が保たれるんだぞ? むしろ感謝すべきだ!」
「それに、万が一お前が血みどろ鬼畜王子に見初められて、不幸な花嫁になったとして――いらない人間が一人、この世から消えるだけ! 他のご令嬢が餌食にならずに済むのだから、むしろ生け贄として最適なのではなくて?」
「そうよ、そうよ姉さま! これほどふさわしい人選はないわ!」
圧倒的徒労感。何をどう言おうが、この三人はメアリーが正しい、わたしの方が間違っていると言い張るだけだ。言い返すのも疲れるだけ。
そしてこの家から離れられると、心待ちにしていたトマスとの縁談は消えた。居場所もないし、将来もお先真っ暗。
たぶんここが最底辺、これ以上ひどくなることもないだろう。母の言う通り、いっそ鬼畜な王子様とやらに選ばれてしまって、華々しく散るのも悪くないかもしれない。
人生計画はぶち壊し、自尊心が粉々状態だったわたしは、大分やけっぱちになっていた。
こうして結局、妹の身代わりとして、評判の悪い王子の婚活パーティーに行くことになったのだ。