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2.フォージュ家のつまはじき

「いやよ、あんな血みどろ鬼畜王子の舞踏会だなんて、あたし、行きたくない!」

「おお、かわいそうなメア……こんな招待状無視してかまわんとも!」

「そうよね、メアには素敵な婚約者だっているのだし……!」


 今日も今日とて、わたしを除いた家族三人が、優雅にランチをつつきながら盛り上がっている。

 発言順に、双子の妹のメアリー=フォージュ、父ヘンフリー=フォージュ、そして母アニー=フォージュ。以上で家族の肖像ができあがる。


 わたし――エリザベス=フォージュは侯爵家のつまはじきものだ。


 本当に幼い頃は、メアリーと見た目も扱いもそう変わらなかったはずだ。

 だけどわたしは家族の誰ともそりが合わず、孤立していった。今ではもう、わたしが家族と食卓を共にすることはない。


 家族の団らんの最中、わたしは中に入れず、食事もできない。だから黙って給仕をしながら、胸の中で突っ込みを入れている。

 メイドとして雑用するのは、家にとってもわたしにとっても都合が良い。人件費が一人分以上浮くし、体を動かしていると色々気が紛れて、考えたくないことをぐるぐる思い浮かべずに済む。


 さてまずは、妹のメアリーの発言。

 いくら評判が悪いからと言って、恐れ多くもこの国の王子殿下に対して「血みどろ鬼畜」呼ばわりだなんて、不敬が過ぎるのではないのかしら。


 確かに彼は、幼い頃より魔物討伐に明け暮れており、ヤベー奴――もとい、剛毅なお方と伝え聞いている。


 気に入らない相手をその場で斬り殺したとか、お茶会に招かれたら返り血を浴びたまま現れたとか、満月の夜に処女の生き血を楽しむだとか……まあ大体、エピソードが血みどろ関連だ。


 今のところご本人と直接会う機会がないので真偽のほどは不明だが、少なくとも国内貴族の中で、王子殿下に対する基本イメージが()()()()()で固められていることは間違いない。


 確かに、ここしばらく大きな戦争が起こっていない我が国で、わざわざ魔物のはびこる辺境で文字通り首級をあげている王子殿下は、なんというか……あまり時代に合っている御仁とは言えない。

 

 とはいえ、殿下自ら積極的に魔物を狩ってくださるおかげで、国はより安全に豊かになりつつある。「キャー血みどろ王子こっわーい!」なんて、わたし達貴族が平和ボケしながら遊んでいられるのも、ある意味殿下のおかげと言えよう。


 現役の戦闘民族に対して、平和ボケしている人間が敬意を払いつつも恐れを抱くのは、仕方ないように思う。恩なり貸しなりがあって大きな態度を取っているなら、それもわかる。

 でも、あらゆる意味で自分より強い人相手(しかも我々端くれ貴族にとってはワンチャン接触の機会がありかねない目上のお方)に、どうしてあんな軽んじる物言いができるのだろう。ああいう所、本当に理解できない。


 そして次に、父の「招待状無視」という言葉。


 うちは呼び名こそ侯爵という立派な肩書きをいただいているが、祖父母が相次いで病で倒れてからこちら、ご先祖様の財産を食い潰しているだけの典型的な駄目貴族だ。王家のご機嫌を損ねたら、抵抗できる力も交渉材料もない。むしろこの駄目貴族っぷりを考えるに、現状を正しく調査されたら爵位剥奪が妥当まである。


 なので、王家からの招待状を無視なんて、悪手中の悪手は避けるべきだろう。断るにしても最低限、「ちょっと持病の腹痛が」程度の言い訳は用意しておくべきだ。体裁を整えるのは、貴族の基本ではないか。


 まあ、我が父は内弁慶かつ亭主関白ゆえ、可愛い娘の前でかっこつけてるだけだとは思う。強者と見ればこびへつらい、弱者とみれば馬鹿にする。そういう男だ。その意味では、貴族らしいと言えるのかしら?


 ちなみに我が家で“可愛い娘”という言葉は、双子の妹、メアリーの方にしか当てはまらない。

 わたしは可愛くない方で、ついでに娘であることも普段は忘れられがちだ。双子のわたし達の容姿はさほど変わらないから、可愛くないというのは主に内面の問題に依るのだろう。


 ……最後、「素敵な婚約者」と母が口にした言葉。言わずもがな、先日わたしに思い出深い婚約破棄をたたきつけたトマス=クレーマンのことだ。今は妹、メアリーの婚約者である。

 少なくとも一年前まで、フォージュ侯爵家はトマスのことを「上級平民」と呼んでさげすんでいたのに、ずいぶんな変わりようではないか。


 そもそもの話、我がフォージュ侯爵家とクレーマン伯爵家には、祖父の時代に縁があった。両家に良い年頃の男女が生まれたら、結婚させる約束をしたらしい。


 両親の代では、お互いの家に男しか生まれず、約束は持ち越された。

 わたし達の代、伯爵家にはトマスが生まれ、その二年後にわたしとメアリーが双子で生まれた。


 婚約者に選ばれたのは、長女のわたしの方。

 最初は単純に、年の順で決められた。でもそれは誰にとっても都合がいいことのはずだった。


「おさななじみぃ? ハッ! あたし、公爵以下の男に興味ないもーん」

「伯爵以下の貴族など、ちょっと偉い程度の平民。そんな輩に、大事な娘はやれん!」

「そうですとも! ああ、どうでもいい方? ちょうどいいから持って行けばいいのだわ、うちにはいらない子だもの」


 信じがたいかもしれないが、これが少し前の“素敵な婚約者”様に対する侯爵一家の評価だった。わたしも当事者じゃなかったら、こんな見事な掌返し、事実と思えなかったかもしれない。


 わたしに反省すべきことがあるとすれば、妹に「未来のお義兄さまなのですもの、あたしも仲良くしようかなぁ」とか言われた時点で、警戒すべきだったということだ。トマスと会うわたしに強引にくっついてきたメアリーを、もっと真剣に拒絶するなり、対策するなりすべきだった。


 たぶんメアリーは、「姉さまの将来の旦那がどれだけ芋男か、確かめてから馬鹿にしてやるわぁ」ぐらいの気持ちだったのだろう。


 だけどトマスは普通の伯爵令息だった。この場合の()()というのは、堂々としてスマートな立ち居振る舞いができ、見た目にも装いにも見苦しいところはなく、金払いへの躊躇もない……そんなところだ。割と無難に優良婚約者ということである。


 振り返ってみれば、自分の無警戒さにも笑えてくる。

 でも、あの最悪な誕生日まで、メアリーはトマスを気に入った態度なんてちっとも見せず、我が家は相変わらず彼を馬鹿にしていた。だからわたしは、メアリーが裏でアプローチをかけていただなんて、可能性すら思いつかなかった。

 あと、仮にアプローチをかけられたとて、トマス側があそこまであっさり乗り換えるとも思っていなかった。


 わたしはどこかで、トマスに捨てられることはないと確信していた気がする。それはわたしたちに十年以上の付き合いと信頼関係があったからだし、加えて――あまり大声で言えることではないのだけど、わたしが度々彼のフォローをしていたという事情もある。


「困っていることがあるんだ。話を聞いてくれないか」


 最初は確か、十歳の頃。彼は他愛ないいつもの雑談の合間に、何気なく切り出してきた。


「お世話になった侍女が職を辞することになったので、何かしてあげたいが、どうしたら喜んでくれるだろうか」


 そんな些細な相談だった気がする。


 家では“双子のいらない方”扱いされ、必要とされなかったわたしは、誰かから必要とされたことが本当に嬉しかった。

 だからどうすれば彼の役に立てるか――侍女の情報を聞き出して、彼女が喜びそうなプレゼントを考えて、そして提案した。


「わかった。あなたの言うとおりにしてみる」


 トマスは満足そうに帰って行った。


 わたしもとても充実した気分だったが、時間が経ったら後悔した。


 トマスは優しくて分別があるから、きっと不愉快に思っても態度に出さない。

 彼が求めていたのは、果たしてあんな詳細かつ実用的なアドバイスだったろうか? 話を聞いて共感してほしかっただけなのでは? 出しゃばりすぎて、うるさく思われなかっただろうか。張り切るあまり余計なことをして、嫌われてしまったかもしれない……。


 一晩中眠れなかった。次に会うまで生きた心地がしなかった。家族と合わないわたしにとって、トマスは希望だったから。


「――あなたの助言通りにしたら、とてもうまくいった。プレゼントを喜んでもらえて、ぼくも嬉しかった」


 だけど彼は次の逢瀬で、とびきりの笑顔でそう報告してくれた。わたしも嬉しかった。これでいいんだ、とほっとした。


 それから、トマスはあらゆることをわたしに相談し、助言を求めてくるようになったのだ。


 次に飼う犬はどの種類がいいとか、服のデザインはどちらがいいかだとか……最初はプライベートで他愛のないこと。


 けれど次第に、相談内容はより深く難しく、そして伯爵家の未来に関わる問題まで含まれるようになっていった。社交界デビューの準備あれこれ、大事なお客様への失敗できないおもてなしの手配、伯爵家の人事――果ては領地経営の方針についてまで。


 わたしは喜んだ。妻は血脈と家だけ維持していればいいと考える夫も多いだろうが、トマスはわたしとあらゆる困難を乗り越えるつもりで、頼りにしてくれているのだと感じた。家では散々「可愛くない」と言われたわたしの特性が、彼には必要なものだったのだと思っていた。


 だが、結果はどうだ?

 トマスはたった三月でメアに乗り換えた。わたしのしてきたあらゆることは無意味だった。


 ――ああもう、それにしても!


 誕生日に珍しく高級レストランを用意して、思わせぶりな言葉で呼び出して期待させてからの、「すまないが、以下略」だなんて――人の心がないにもほどがあるのでは!?


 わたし、それだけトマスに憎まれていたのかしら。それともわたしは可愛くない女だから、そういうことをされてもどうせ傷つかないと思われて――。



「そうだわ、姉さまが代わりに行ってくればいいのよ!」


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