12.生涯を共にする伴侶なら、顔のいい女がいい
「ふむ……?」
勝ち誇ったような宣言を受け、殿下は不思議そうな顔をしていた。
彼はゆっくり、わたしと妹を見比べる。何度も視線を交互に動かし、手を伸ばし――ちょ、あなた、本当にそういうところ!
「殿下、それはちょっと」
「無礼だったか」
「いえ、その、気持ちの問題です」
「それは失敬」
たぶんより観察するためだろうとは思うのだが、ごくごく自然な流れで顎にすっと手を添えられた。
わたしが腕を突っ張って拒否の姿勢を示すと、あっさり離してはくださる。
視界の端で殿下付きの騎士達が「で、出たー、公開羞恥プレイ!」「お前、ちょっと説教するから後で個室に来なさい」「そんなあ!」とか盛り上がったのが見えた気がするが、気にしないことにする。
そんなことより、たっぷり満足いくまで比較できたらしい殿下は、うん、と一つ頷き、メアリーの方を向いた。
「まあ、確かに言われてみれば顔の造形が似ているかもしれないな」
「――ハア!?」
驚きの声を上げたのはメアリーだけではない。ずっとメアリーの方が可愛い、と主張してきた両親もだ。
あとわたしも声は出さなかったが、ちょっと驚いていた。わたしとメアリーは双子なのに、そこまで念入りに見比べなければ気がつかなかったの……?
「だが、リズの方がずっと、良い顔をしている」
そして次の言葉も、わたし達にとっては更に衝撃的なものだった。
メアリーはもはや絶句して、真っ青になり、震えている。
わたしもまさか、妹と比較して――しかもよりによって顔面のことで褒められる日が来るなんて思ってもみなかったものだから、思わずマナー特訓のことも忘れ、唖然と口を開いてしまった。
するとそんなわたしの顔を面白そうに眺めながら、殿下が問いかけてくる。
「リズ。例えば明日死んでしまうとして、君ならどうする」
「……どう、とは?」
「何でもいい。思い浮かんだこと」
「そうですね……ええと、まず。何も聞かずにわたしの部屋の持ち物を全て燃やしてほしいです」
「何故だ?」
わたしはうっ、と詰まった。
それは勿論、密かに集めていた趣味本や、あんなことこんなことを綴った日記を、誰にも晒されたくないからなのだが、こんなに人目のあるところで言えるわけがない。
殿下相手だとついつい素直に答えて全て白状してしまいそうになるが、ここはまだ明かせない部分だ。
「……わたしの名誉のためにお願いします、とだけ」
「わかった、ではこれ以上深入りはすまい。他には何か思いつくか?」
「侍女ヘレンが何かほしいと言うなら、あげたいです。もちろん、余計な形見になるぐらいなら、処分してもらって構いません」
「遺言書にしたためるべき内容ばかりだな。もう少し別のアイディアは?」
「そう、ですね……急死したら、折角婚約してくださった殿下に申し訳なくは思うのですが……」
「が?」
「殿下であれば、きっと他に良い方を見つける気がします。それと……ご本人が特に不足を感じていないのなら、別に見つけなくてもいいのでは、と思います。無論、直系がいた方が継承がスムーズですが、後継者の問題だけなら解決方法はいくらでもありますし……」
「その通りだ。だが再婚の匂わせは寂しいな。もう少し惜しんでくれ」
「え、えーと……まだ何か、喋った方がいいですか?」
「いいや」
わたしは少々喋りすぎたかな、と若干目を遠くしたが、ギャラリー達は穏やかな面持ちで我々を見守り続けている。
何より殿下は、わたしの答えに大層満足したようだった。
「見たか? メアリー=フォージュ。これが貴女になくて、彼女にはあるものだ」
「――は? え、え、意味がわからない、」
「貴女は口を開けば『ずるい、ひどい、自分は可愛いのに』ばかり。なるほど、ぱっと顔を見た際には若々しいとは感じる。だが、それだけだ。若いだけの浅い人間には、一呼吸の間に飽きる」
殿下はよく通る声ですらすらと、飾らない、ゆえに残酷な言葉をメアリーに投げかける。
「リズと最初に会った時、彼女は笑っていた。きらきらと、見知らぬものへの好奇心に輝いていた。だが話しかけると緊張し、困惑してよそ行きの表情になった。私は惜しくなった。もっと彼女の色々な顔を見てみたいと思った。だから婚約者に指名した。……リズは確かに、特別知識に溢れているわけでも、悪魔的頭脳を持つわけでも、弁が立つわけでも、芸術や運動の才能に満ちているわけでも、美貌に優れているわけでもなかろうよ。だが、リズほどずっと一緒にいたいと私に感じさせる女性は、他にいない」
途中からわたしはどこかに隠れたくなったのだが、何分やっぱり殿下の射程圏内、どうにもならず羞恥に悶えている。
殿下はそんなわたしを、どこか悪戯っぽい――けれど慈愛に満ちた目を向け、肉食獣ではなく少年のように笑った。
「生涯を共にする伴侶なんだぞ? ならば私は、顔のいい女がいい。私がずっとその顔を見ていたいと思える女性を妃にしたい。なあ、リズ」
「……………………。殿下」
「なんだ?」
「こ、こんな衆人環視の状態で、恥ずかしいです……!」
わたしはなんとか、それだけ口にして、俯いた。
殿下の上機嫌な笑い声と、騎士団の祝福、そしてギャラリー達からの温かな拍手が続き、わたしはついに顔を覆ってその場にうずくまる他なかった。
メアリーは最も自信のあった「顔」でわたしに劣ると言われたことが、よっぽどショックだったらしい。それからは魂が抜けたようになって、あれだけ威勢良く怒鳴り込んできたのが嘘のように引き立てられていった。
王城の風紀を乱した上、醜態は瞬く間に広がった。
クレーマン家は本当は縁を切りたかっただろうが、あれほどの騒ぎになった手前、二度目の婚約破棄はさすがにできなかったらしい。
メアリーは予定通りトマスに嫁いだが、すぐに離婚となり、最後は修道院に送られたようだ。
そしてトマスもまたすぐに領主を引退し、市井の人となってひっそり過ごした。
両親――フォージュ侯爵夫妻はメアリーと対照的に、「何かの間違いだ」とあの後も不平不満を述べていたけど、こちらも由緒ある貴族とは到底思えぬ行いであると判じられた。
なおも反抗しようとしたが、両陛下から直々に「ご先祖に泥を塗ったのだぞ」とお叱りを受けたら、さすがに大人しくなったと聞く。
領主夫妻は引退が決められた。ささやかな畑付きの小屋が与えられ、今後はそこで自給自足を申しつけられたらしい。
いや、肉の支給はある。魔物肉だ。
この処分内容に、「処刑されるより恐ろしい」と貴族達は震え上がり、以後王城の平和が乱されることなかった。
そしてわたし――エリザベス=フォージュは。
王太子妃候補から、王太子妃となった。といっても、結婚はもう少し先、内々定ではない正式な婚約者となったということだ。
わたしもまた、一家の起こした騒動の責任を取って修道院送り等を覚悟したのだが、驚くほど責められることはなかった。むしろ、「身内であろうと判断を鈍らせることなく行動できる」と評価されたのだ。
侯爵家の没落についても、一応由緒はあるし、その上で既存のどの有力勢力とも結びつきがないわたしは、王太子妃にちょうどいいとみなされたらしい。
何より、王太子ヴァナリーズがあれほど熱烈に「この女性がいい」と語ったのだ。
なんというか、完全に外堀が埋まった瞬間だった。
「リズ。今日も顔がいいな」
殿下は相変わらず、公務の合間にそう言ってニコニコする。わたしはいつの間にか、肉食獣の笑みの方にも動じなくなっていた。
「ありがとうございます。それで、今日はどんな味付けになさったのですか?」
「今日はシンプルに、塩を振ってみた! 素材を生かせないかと思って――」
――わたしは。
殿下の言ったように、特別何かに優れている人間ではないと思う。
花嫁修業で、確実に前のわたしよりできることは増えたけど、本質的には世間知らずだったエリザベス=フォージュと変わらない。
けれど家の中だけでは収まりきらない好奇心は、大事なわたしらしさの一つ。
そしてそんなわたしらしさを気に入り、他の誰でもない君がいいと言ってくださった人のお側にいられると、自信に基づく凪いだ気持ちでいられる。
「ところでリズ。いつになったら、ヴァンと気軽に呼んでくれるのかな」
「……前向きに善処します」
幸せとはこういうことを言うのだと、そしていつか覚めない眠りにつくその日まで、この穏やかな日々を続けていく努力をしよう。
わたし達は目を合わせ、手と手を取り合い、笑った。
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