叔父と叔母の家
当時小学生だった私の、夏休みのある日。祖父母の家に帰省していたが、用事があるからと祖父母が家を空けることになった。一人留守番をしていると大雨で道が封鎖され、祖父母が出先から帰って来れなくなり、小学生一人を置いておくわけにはいかないと、叔父と叔母の家に泊まることになった。叔父、叔母とは祖父母の家に帰った時によく会っており、いつも優しいので、私としても二人に会えるのはうれしかった。
「せっかく泊まることになったんだし、くつろいでいいからね」
「食いたいもんあるか? 暇になるといかんから、DVDでも借りてくるか?」
叔父と叔母はいつものように優しく、私を迎え入れてくれた。二人には子供がおらず、こうして家に行くといつも過剰なまでに甘やかしてくれていた。初めて泊まるということもあってか、いつも以上に甘やかしてくる気がしていたが、楽しい時間はあっという間ですぐに夜になり、私は客間で寝るように言われ。
「いいか、早く寝るんだぞ。トイレも済ませとけよ。夜は出歩くな」
優しい叔父には似合わず、妙に厳しい口調に違和感を覚えつつも、すでに眠かった私はすぐに寝入ってしまった。
「……う」
そして、深夜。何時かわからないけど、トイレに行きたくなり、目が覚める。布団を出て、客間を出る直前。叔父の言葉を一瞬思い出すが、トイレに行くくらいいいだろうと、廊下に出る。
「………」
廊下は真っ暗で、壁に掛けられた振り子時計がカチッカチッと一定のリズムで音を鳴らしている。トイレはすぐそこだ。叔父と叔母は2階で寝ているので、1階には誰もいない。少し怖いと思いながらも、廊下を歩き、トイレに入る。
「ふぅ」
用を足し、レバーを引いて流した直後。
「!?」
ダダダダダダッと階段を駆け下りる音。そして、トイレの前で音は止まる。
「え……え……!?」
状況が飲み込めず、立ち尽くしていた。この扉の前には、何がいるのか。扉を開ける勇気が出ず、どれくらいそうしていただろう。震えがようやく収まり、意を決して、扉をゆっくりと開く。
「………」
誰もいない。廊下は真っ暗で、振り子時計の音だけが変わらずに聞こえる。恐る恐る、音を立てずに一歩、一歩と歩き……何時間もそうしていたかのように感じたが、実際はたったの数分だっただろう、客間の扉を開き、中に入る。だが……見てしまった。扉を閉める直前。廊下を横切る、叔母の姿を。
「!」
そして、叔母の表情を。優しかった叔母の表情は、別人かのように豹変しており、垂れていた目じりは吊り上がり、口からは泡が出ていたようにも思う。私は布団にもぐりこみ、震えながら、いつしか寝入って……翌朝。
「おはよう」
扉が開く。
「あ……お、おはよ……う……」
「どうしたの? まだ寝ぼけてるんじゃない? 顔洗ってきたら?」
叔母の顔は、いつものように優しい。その後も、朝食の時も叔母は好きなものはあるか、食べたいものはあるか、ご飯とパンどちらがいいかなど聞いてくる。何も変わらない。対して私は、あまり触れないほうがいいと思い、努めて変わらないようにしていたつもりだが、叔母はどこか違和感を感じたようで。
「どこか調子悪い? それともまだ眠い?」
「う、ううん、だい、大丈夫」
叔母の顔が一瞬あの時の顔に重なってしまって、声が上擦ってしまう。叔父は黙って私を見ていたが……
「だから言ったのに」
そう、ポツリと言い放った。その後、祖父母の迎えで私は家に帰り、以降、あの家に泊まったことはない。あの時の叔母の様子を、何をしていたのかを叔父は間違いなく知っている。でも……それを聞いてしまうと、二人との関係が決定的になってしまいそうで、今でも聞けずじまいだ。尤も、もう二度とあの家に泊まりたくはないし、今でこそ普通に接することが出来るようになったが、叔母の事は、もう今までと同じように見ることが出来なくなってしまったという意味では……もう遅いのかもしれない。
完