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昼飯が終わると、近くで花屋を見つけて花束を買い、また辻待自動車タクシーを捕まえる。

 制帽から一本角を突き出した鬚面の運転手に「西区の倉庫街と南区の『安寧院』って随神道の寺に行ってくれ」と、行先を告げると怪訝な顔をされた。

 そりゃそうだ。花束を抱えた若い娘と間違いなく血のつながりなんて無いと解るオッサンが、倉庫と寺に行けってんだから不思議がるのは当然だ。

 しばらく走ると街の喧騒は静まり、すこし寂しい一角にたどり着く。

 浮素瓦斯採掘用の鋼管を保管しておく倉庫を集めた倉庫街だ。今では迂恕からさらに西の関南かんなんへ延伸するための線路やそのほかの資材の保管されているらしい。

 この迂関線うかんせんが開通すれば、新領は東西に延びる鉄路で横断できることになる。そうなれば更にこの土地の資源は俺たち北方人種に漁られる事だろう。

 見覚えのある倉庫の前で辻待自動車タクシーを停めさせ、少し待つように言って二人で降りる。

 当然、今でも使用されてる倉庫なので中に入ることは出来ない、よって外からシスルに説明してやることにした。


「あの黒い板壁の倉庫があるだろ?あの倉庫がお前のお姉さん達が閉じ込められてた場所だ。俺はあの屋根に攀じ登って天窓を破って綱で中に滑り降り、それにゴロツキ共が驚いてる隙に俺の部下が突入した。お前のお姉さんが半分以上もやっつけてくれたから、あっという間に片付いたぜ」

 

 地元の憲兵隊に報告しなきゃならなかったんで、一応ゴロツキ共の死体を調べたが、コイツの姉さんに殺された奴等の有様は凄まじかった。首をへし折られたヤツ、両目をえぐられたヤツ、頭蓋骨をカチ割られたヤツに、肋骨が全部へし折れ心臓に刺さってた奴もいた。

 シスルの話では大人しく病弱で一切戦いには参加してなかったと言う話だが、そう言う娘でも大の大人、それも喧嘩慣れした奴等をここまでに出来るのだ。

 その分、奴らから受けた制裁も、身内には決して言えないようなもんだったが。

 そして、シスルの奴も、ただ姉の最後の場所である倉庫を見つめるだけで詳しいことは聞こうとしない。

 こいつも俺の思いもよらない様な修羅場を潜って来た。怒り狂った男共が女に何をするか、百も承知なんだろう。

 胸に下がる姉の角を握りしめ、しばらく突っ立っていたが「もういい、墓に行こう」と歩き出した。

 再び辻待自動車タクシーに乗って出発。

 雪を被った虎走山脈を前に見ながら走らせると、小さな町工場やごみごみとした長屋がクチャクチャっと集まった一角に出る。

 鉱山や浮素鉱床で使う作業機械や工具を作る工場や、鉱山労働者や工場の従業員が暮らす長屋が集められた地域だ。目指す寺はそこに有る。

 一応、石積みの塀と門で仕切られているが寺院の建物自体は簡素で、拓洋当たりの金持ちの寺や神殿とは比べ物にならねぇ。その後ろには延々と墓地が広がっている。

 ほとんどが鉱山で落盤やら火災やらで死んだ鉱夫の物が、真新しいのは全球大戦での戦死者だろう。

 西部戦線でもここから徴兵された兵が大勢斃れただろうし、この辺りでも土匪ゲリラが出没し激しい戦闘が繰り広げられている。

 寺の中を覗いて神官を探すと、祭壇の前で白黒猫を抱えて居眠りしている爺さんを見つけた。ここの神官だ。

 目を覚まし、俺の姿を認めると覚えていたらしく。


「おうおう、これはこれは、お懐かしいですなぁ、あの娘さんの墓参ぼさんですかの?それは良いことですな」


 と、猫をかかえたまま戸口までやって来た。

 そして、俺の傍らでぼっと立つシスルの姿を認めると「娘さんのご身内で?」

 俺の代わりにシスル自らが答える。


「エルツァンポごうの長おさブドゥンが娘、リイリの妹、シスル」

「ああ、妹さんですかのぉ、ようお越しになられた。お姉さんも喜ばれますぞ」


 と、抱えていた猫を床におろし「遊んどいで、遠くに行っちゃいかんぞ」と声をかけ、衣紋掛けの神官衣を羽織ると草履を履いて。 

「どれ、行きますかの」と裏の墓場へと歩き出す。

 数えるのが不可能なほど墓石の数だったが、比較的新しいシスルの姉の墓はすぐに見つかった。

 小さな墓石だが、俺と部下が懐の金を出し合い、寺院の近くの石工にたのんで作ってもらった。ただ、名前を知らなかったので墓碑銘の名前の入る場所だけ開けてある。

 花入れにはすでに真新しい花束がいけてあった。


「あの娘さんに助けられた子らがこうして花を持ってきなさるんじゃ、命の恩人じゃものな、良い功徳を積まれた。きっと来世では穏やかに幸せにお過ごしじゃろう」


 そして、随神道の聖典にある死者の来世での幸福を祈る一節を唱える。

 俺も空で唱えあっれる奴だ。死んじまった仲間や部下を、あちこちの戦場で埋葬したり荼毘だび付したりするたびに唱えてたあれだ。

 抱えていた花束を墓前に置き、胸に掛けた姉の角を握りしめ、空いた手で墓石を優しく撫でながらシスルは何かをつぶやいていた。

 ネールワルの祈りの言葉か?姉へかける言葉か?あえて聞かない事にする。

 最後に、額を墓石にコツンと当てたあと、立ち上がったシスルは。


「ありがとう、ライドウよ。姉ぇを弔ってくれて、それに、ここまで連れて来てくれて・・・・・・。また恩が増えたな。これからもなれの為に精々働くぞ」


 と、なぜか恥ずかしそうにモジモジしながら俺の目を見ずに言う。


「気にすんない、これからの事は俺からも頼むぜ」


 寺院に戻ると、シスルがクズギから受け取った金の一部、五十圓(十万円)を神官に押し付け、固辞するのを聞かずに逃げるように寺院を出てゆく。

 困り顔の神官に「ま、永代供養の費用だって思って取っといてくださいよ」と言い残し俺もその場を離れた。

 追いついた俺を認めたシスルは、どこか清々し気な顔で言った。


「墓に姉ぇの名前を入れなきゃな。墓を作ってくれた石工の所に連れて行ってくれ」

「承知した。この近くだ」


 俺はそう答え、相棒を連れて歩き出した。


終わり


あとがき

 拙作、『月桃館五〇三号室の男・番外編三・冬の旅』を最後までお読みいただきまことに有難うございます。

 本作は本編第二弾『密林に消えた貴公子』と第三弾『天譴の山』の間でのエピソードでありまして、本作のキュートでデンジャーなヒロイン、シスル嬢の姉の墓をお参りに行くと言うだけのお話です。

 この作品の目論見は実は二つございまして、一つは本編第一弾である『黒衣の刺客』で描かれたシスル嬢の行動についての穴埋めです。

 チートな戦闘少女の彼女が、なんで間違った目標を攻撃してしまったのか?姉の形見を受け取った時にしっかりと情報を仕入れなかったのか?その辺の説明不足を置きなうため、墓参りをする過程でライドウが自分の中の疑問として彼女に聞くという形を取りました。

 少し卑怯なやり方かもしれませんが、ご容赦くださいませ

 もう一つが世界観の説明をする場を作りたかったと言う物です。

 中には本編で長々と世界観を説明する方もおられますが、それはあんまりスマートではないなと思うので、登場人物が旅をする中でこの世界のあり様を見せていこうと考え、ロードムービーみたいな形式をとりました。

 ここで説明したかったのは、この物語が戦後であると言う点と、民族紛争の萌芽が始まった時代であると言う点です。

 よって戦災孤児や息子が戦死した夫婦、民族紛争の勃発を危惧する女経営者(実は諜報員)というキャラを搭乗させ色々語らせた次第です。

 なお、物語に直接関係は有りませんが、この列車の旅の設定は、シベリア鉄道をだいぶ参考にしました。

 客室が男女別でないと言うのはそのままシベリア鉄道のシステムを持ってきております。

 それにしても、私は鉄道ファンと言う訳では無いですが、夜行列車とか寝台列車とかが無くなってしまったのは寂しいと思います。

 あれほど旅情を掻き立てる交通手段は無いと思うので。

 

 さて、現在本編第四弾も構想中ですが、このような番外編もいくつか考えております。

 シスル嬢の二年間の放浪期間中なにが有ったのか?とか、ライドウ少佐の過去の戦いの話もまた書きたいですし、セツラ少将の過去、月桃館の女主人マダムユイレンさんと戦死したご主人の物語も一度やらねばとも考えてます。

 もし、その辺の話を書く事になりましたら、本編共々よろしくお願いいたします。

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