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 二十六日の朝七時。山間の街、東関とうかんに到着。

 この街の辺りで中央大山脈はそのまま東へ延びる虎走こそう山脈と北へ走る龍昇りゅうしょう山脈に分岐する。

 その分岐点辺りに穿たれたのが全長六十七 キロメートルを誇る《トンネル》『東関大隧道とうかんだいずいどう』だ。

 南方大陸鉄道敷設開始時から計画され、全球大戦突入により戦略物資の迅速な移動を実現させる為に南方鉄道と新領総軍が総力を挙げ、突貫工事により完成された現在全球最長の隧道トンネル

 無論、浮素瓦斯をたんまり溜め込んだ瓦斯溜まりがあちこちに潜む地底を掘り進む工事は難航を極め、開通までに浮素瓦斯の暴噴ぼうふんによる落盤や窒息で百人以上の死傷者を出した。

 しかし、この隧道が開通したおかげで貴重な地下資源が集積する迂恕うどと港湾都市であり新領西部への玄関口でもある神掌しんしょうが鉄路で繋がり、大量の物資を前線に送ることが可能となったのだ。崔翠河以西の領域を取り返し、同盟領内深く進攻出来たのも(後で取り返されちゃったけどね)この隧道のお陰と言っても過言じゃねぇ。

 東関とうかんから出発して一時間ほどで列車は隧道に突入。ここから小一時間真っ暗な中を突っ走る。

 ほかの乗客はつまらないので居眠りするか本でも読むか俺みたいに酒でも飲むかだが、さすが学者先生は一味違う。

 未だに瓦斯溜まりから出て来る浮素瓦斯を排出するための配管が、車窓からの明かりで照らし出される度に。


「ここだけでも毎年二万 キロリットルの産出量があるんですよ凄いですよねぇ!」

「この配管を利用して、迂恕から管路で直接神掌に輸送しようって計画もあるそうです」


 と蘊蓄を垂れられる。

 まぁ、何でも熱中できることがあるってのは幸せだ。

 隧道を出てすぐの駅で若夫婦は下車、亭主はまだしゃべりたりなさそうだし、娘はシスルと遊び足りなそうだったが、名残惜しそうに二人は大きな行李と小さな娘を抱えて居りていった。

 帝国の未来を担う若者よ!頑張ってくれたまえ。

 この辺りから車窓にびっしりと霜が付き始める。外の気温は氷点下は行ってるだろう。車内も暖房を利かせているとは言え少々冷え込む。

 旅行鞄から冬支度一式を取り出し、新しい同乗者が乗り込んでこないうちにさっさと着替える事にする。

 拓洋の街は年柄年中常夏の陽気だがこれから向かうのは南方大陸内陸部はそうは行かねぇ、特に今は冬。下手すりゃ氷点下になってるだろう。

 よって羊毛の杉綾織の背広に塹壕外套トレンチコート。他に鞄の中には襟巻や革手袋なんかも突っ込んである。

 シスルも俺がゴソゴソ着替えだすのを見て、思い出したように頭陀袋から毛織の襦袢を股引を取り出すと、自分の年齢を思い出し「あっち向け」と俺に命じて着替える。

 残念だがお前さんのお子様な裸にゃ興味はねぇよ。

 三組目の同乗者はシン族のご婦人とトトール族のひげ面の大男という妙な取り合わせ。

 ご婦人の方は年の頃三十半ばと言った所で、黒い豊かな髪を頭の後ろで大きく結い上げた中々のベッピン。おまけに銀狐の毛皮の外套を脱ぐと、黒の旗袍チャイナドレスにぴったり包まれた何とも魅力的なお姿が現れる。

 身のこなし、雰囲気、容姿から見ると、粋筋のおねぇさんと言った所か?こりゃ、ここからの旅か楽しくなったね。男女を分けない二等寝台様様だ。 

 で、野郎の方はどうもおねぇさんの荷物持ち兼用心棒の様で、眼光も鋭く耳は潰れガタイも中々で体術を心得ているのは間違いなさそうだ。

 

「へぇ、仕事を覚えてもらうのに現地人の子をお連れに成ってるんですか?お商売をやってる方でも、中々そんな心がけの方はいらっしゃいませんよ。お嬢さん、良い旦那さんに巡り合ったね」


 俺が話した旅の目的を聞いたおねぇさんは如何にも感心した風で相槌を打つ。

 その後の話によると、なんとこのおねぇさん、拓洋の塵遠街じんえんがいに二件も店を持つ実業家。この旅も迂恕に新しい店を出すための下見だとか。なかなかのやり手だ。

 拓洋最大、南方大陸でも五指に入る歓楽街と言えば華隆街だが、官庁街である宮衛区の東側にある塵遠街も規模は小さいながらも有名だ。

 ただし、華隆街が庶民から中産階級かちょいとそれより上の階層の連中の遊び場とすりゃぁ、塵遠街は上流階級専用。

 貴族諸侯、政治家せんせー、高級官僚、大企業の経営者や重役、軍人でも大佐以上しか通えねぇ。座っただけでも五百圓(十万円)は毟られるって話だ。


「うちの店で働いてる現地人のでも行く行くは自分の店を持ちたいって娘は何人かいましてね、たしかにやっていけそうな才覚を持ってる子も居て色々教えてあげるんですけどね、イザ独立して店だそうってなると、現地の人間ってだけで銀行は融資してくれないわ店舗の持ち主も店を貸さないわ、よしんば店を出せても地回りのチンピラどもが嫌がらせに来るわで、結局畳んじゃうんですよ。で、残るのは借金だけ。それでうちの店に戻ってきたり、別の店に行ったり、中にゃ紅楼街に行っちまう娘もいましたよ。あたしも何とか助けようとは思ったんですけど、今度はあたし自身が女って事で舐められる。まだまだこの世の中。立場の弱いもんにゃ住みずらい世の中ですよ・・・・・・。アラ、すみませんねぇ、こんな辛気臭い話。窓の外が寒々としてるもんで話の方も湿っぽくなっちゃいましたよ」


 と、チロリと舌を出し茶目っ気タップリお色気少々で詫びてくる。

 確かに湿っぽい話だが、事実は事実。容姿が良い、家柄が良い、学がある、商才がある、目端が利く等々、それなりの能力や機会に恵まれた奴でも角生え尻尾持ち毛むくじゃらってだけで道は閉ざされる。有ってもそれだから無い奴はますます浮かび上がれない。

 前々から俺はこんなのは将来に良くないと思っているが、このおねぇさんも考えは同じようで。


「この前も拓洋大学の学生さんが同じ成績でも本領人と原住民の扱いに差があるって学長に直談判したら、警察にしょっ引かれたって話が有ったじゃ無いですか、鉱山や工場でも人種の扱いがもとで労働争議になったり、田舎の方でも軍隊が出る様な物騒な話になってるところもあるって聞きますしねぇ、あんまし北の私らが南のこの子らを苛めると、あんまりよろしくない気がしますねぇ」


 と、ちらりとシスルを方を見る。

 俺もついつい話に乗って。


「そちらさんのご心配通りですよ。先の大戦で同盟は帝国と戦わせるため、帝国はそれに対抗するため、原住民の連中に大量の武器をばら撒いたんですが、その半分も回収できてないって、この前新聞で読みましたよ。そんな武器の一部は都市部に流れ込み侠徒きょうと幣門ぱんもんなんてヤクザ連中に出回るんでしょうが、田舎にとどまった分がどんな使われ方するもんかわかったもんじゃありませんよ。機関銃や大砲じゃぁ狩りをするには大げさですからね」


 なんて高尚な話をしてると、列車は通過するはずの駅に留まり完全武装の兵隊がどかどかと乗り込んできた。戦闘服の記章類をみると第百八十師団所属の第六十九連隊の兵だ。

 何事かと思い窓を外を見ると、この列車が乗っかる本線に接続している引き込み線の上を、鉄の塊のような車両がノロノロやって来る。

 装甲板で覆われた車体に中型戦車の砲塔を乗っけた装甲列車。客車がガタガタ揺れ出し連結が外された様子からすると、どうもこいつを接続する様だ。

 車掌が大声で乗客に伝えて回る。


「周辺地域の治安情勢に鑑みまして、当駅にて臨時停車し、護衛の為兵士の乗車と装甲列車の接続を行います。お急ぎとは存じますが、ご理解ご協力のほど、何卒お願い申し上げます」

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