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勤め人、軍人、見送り客、行商人に売り子にスリかっぱらい置き引きでごった返す地下通路を杖を突いてひょこひょこ進み、目的の五番乗車場に向かう。
シスルが「汝よ助けようか?」と手を出して来るのを「お構いなく」と意地で断り、何とか階段を上り乗車場に上がると、燃料の重油の臭いをプンプンさせて俺たちが乗り込む寝台特急『神掌弐号』が停車していた。
これまた乗客、見送り客、行商人に売り子にスリかっぱらいをかき分け押しのけ、スリに懐をさらわれない様に気を付け、杖で人様を突かない様に気を使い、物凄い人込みに面喰うシスルとはぐれない様に目配りしながら二等寝台車に何とかたどり着く。
乗降口に立つ駅員に切符を見せハサミを入れてもらうと指定の座席へ、これまた巨大な行李や旅行鞄を抱えて右往左往するほかの乗客(もっと凄い荷物を抱える行商人のおばさんおっちゃんは安い三等寝台車や貨車に窓と椅子と付けただけのさらに安い四等車を使う訳だ)をかき分け押しのけやっと腰を落ち着ける。
一個の客室に上下二段の寝台が二つ。上の寝台は要らないときは降りたため長椅子状の座席が対面で二列出来上がる仕組み、一応通路と客室を仕切る開き戸が付いている。
けが人の俺は遠慮なく下の寝台を使い、元気なシスルには当然上を使ってもらう。で、生まれて初めて寝台車に乗ったお嬢様の感想は。
「狭い寝床だけど居心地がいいな。月桃館の広い寝床も悪くないけど、こっちの方が落ちつく」
見た目だけじゃなく感覚も猫っぽい様だ。コイツ。
同乗者は二人、品のよさそうな五十半ばくらいのまほらま人の壮年夫婦。御主人が荷物一式を持ち常に奥さんの手を引いて前を歩くと言う感じの実によくできた理想の夫婦って奴だ。
当然ながら、二人の関心はどう見ても不自然な同乗者に向いてくる。
ちょっと濃い顔とは言え混じりけなし(多分)のまほらま人俺と、黒い毛の房をもつ尻尾を生やしたどう見ても南方人種の、それも子供なシスル二人連れ。
このまま列車が動き出しても気まずい空気なのは何なのでこちらからあいさつの後事情(当然ウソ)を説明する。
「コイツ、ウチの使用人でして、中々に気が利く奴で仕事を覚えさそうと思って、商談に行くのに助手として連れて来たんですよ」
そこで奥さんの方が突っ込んでくる。
「その子だけ三等寝台に載せないのは、中々のお気遣いですわねぇ感心ですわ」
すぐさまご主人が合いの手を入れる。
「そうそう、原住民だと二等は勿体ないから三等や四等に乗せる人が多いような物ですが、中々開明的なお方だ」
「コイツの分だけ三等や四等の切符を買うってのも面倒ですし、一人っきりにするのも可愛そうですしね、こう見てもコイツ、女の子なんで」
そこで何時もの反応。
「まぁ、お嬢ちゃんでしたの!」
「凛々しい顔立ち何でてっきり男の子だと思ってましたよ。こりゃ、失礼したね君」
当の本人はこともなげに、ただ詰まり気味に。
「気にするな。で、あります。」
このやり取りで何とか打ち解け、列車が動き出すころには会話が弾むようになった。
ご主人の方は車内販売で買った酒を、それが無くなれば俺が持ち込んできた玉蜀黍火酒『古烏』を互いに振る舞う。
一方、奥さんは手作りの餡入り餅を惜しむことなくシスルと分け合う。
相当うまいのか喉を詰まらせ目を白黒する始末。おいおい、人様からの頂もんだぞ、がっくつなよ。
叢林まで行くと言う二人、つい一月前、俺たち二人が越境に備えたあの同盟との国境の街だ。
「叢林ですかぁ、私も商いで行きましたが、良い街です。熱帯の川魚を美味く食べさせてくれる店がありますんで、教えて差し上げますよ。ところで観光ですか?」
ふと、にこやかな夫婦の顔に若干の影が差す。
そして帰ってきた答えは半ば予想通り。
「ええ、息子が命懸けで守った街を見たいと思いましてね」
穏やかな、けど痛々しい笑みを浮かべてご主人が答えると、奥方はそっと目頭を押さえる。
ご主人の手が彼女の肩を静かに抱く。