1.寝室にて
見渡すかぎり、おもちゃが並んでいる。いや、並ぶというより乱雑に重なり合っているという表現のほうが正しい。
最近テレビのコマーシャルでよく見るアニメのキャラクターが描かれたトレーディングカードのセットや、自分が子供の頃に流行ったヒーロの変身道具まで、年功序列なんて関係なしに所狭しと積み重なっている。その光景を目にして、明日の会社までの電車の中の様子を考えてしまうところが、自分でもつまらなく年をとってしまったんだと素直に感じてしまう。
最近、年をとったなぁと感じることが多くなった。
近所の人には年齢にしてはだいぶ若く見えるとも言われるし、自分でも日頃からジョギングをしたり妻と一緒にダイエットに励んだりして、健康にも気を付けて生活したり、多少フッションにも流行を取り入れたりしている。それでも、そんな努力をしても結局『年齢に比べれば』の範囲内で納まってしまう。
ここ最近、何かきっかけがなければ動くことさえ面倒臭くなってきた。
現に今日だって息子の卓の誕生日だからということで、この田舎の小汚い玩具屋まで足を運んだ。一体いつ頃からだろう。子供の頃あんなに大好きで眺めているだけで満足だったおもちゃの山が、『俺を買ってくれ』という厚かましい視線を送ってくる息苦しい集団に感じるようになってしまったのは。
早く、家に帰ってごろごろしたいし、早く店から出てタバコを吸いたい。そんなことを思いながら店内をぼんやりと眺めた。見れば見るほど小汚い。卓が生まれる前に流行ったゲームソフトまで定価で置かれている。だから田舎の店は嫌なんだ。俺は小さくため息を吐いた。
本当は市内のショッピングモールの玩具屋に卓を連れて行く予定だった。いくら、日ごろは仕事ばっかりで卓にかまってやれないとはいえ、卓が好きなアニメのキャラクターだって知っていたし、最近そのキャラクターをモチーフにしたゲームソフトが出たことも知っていたし、学校の仲良しグループのユウスケ君はもう持っていて、もう3つも必殺技を会得していて、卓はそれを心底羨ましがっていたことも知っていた。と言うより、ゲームソフトのこととユウスケ君のことは、妻の真里から昨日の夜に卓が寝てからこっそりと教えてもらった。
だから、俺は市内の店に卓を連れて行く予定だったのだ。その店は大手のチェーン店だし、店もきれいだし、何より卓の欲しがっている、スカーフみたいなものを首に下げ、カラフルなタイツを身にまとった、子供だましも甚だしいあのヒーローのゲームソフトを大量に入荷していると聞きつけたからだ。
「いいよ。森田のおばちゃんのお店で。」
早く行かないと売切れてしまうと思い、会社に行く時間とほぼ同じ時間に飛び起き、髭をそって、歯を磨いて、着替えて、朝食はショッピングモールで卓の好きなハンバーガーでも買ってやろうと思って何も食べず、驚かせてやろうと真里と計画したように卓と真里が寝ている部屋にゆっくりと入り、布団を一気に剥がし、眠気眼の卓の前で、自分でも恥ずかしいくらいのテンションで誕生日おめでとうと叫び、真里と二人でハッピーバースデイの歌を歌って、今日はショッピングモールで好きなものなんでも買ってやるぞと見栄を切って、それに真里が、たー君よかったねーと演技丸出しのフォローを入れて、計画がばっちり成功したんだとほっとしていたら、あんな答えが返ってきた。
その言葉を聴いた瞬間、俺は自分でも気付かない内に自分の部屋へと戻っていった。後ろで真里が、たー君本当にいいのとか、せっかくパパが連れてってくれるって言ってるんだよとか、なんとか説得しようとしている声は聞こえてきたが、もうどうでもよかった。ああなったら、卓は梃子でも動かない。
卓は昔から人に遠慮する子供だった。
真里はそれを、気が配れるいい子じゃないと俺に言ってくるが、俺からしてみれば、何とも可愛げが無いというか、人の目を気にしすぎているというか、小学2年生のくせに世間にびくびくしているというか、自分に瓜二つとしか言えない性格で、たまに感に触る。いや、情けなくなると言ったほうが正しい。もちろん、それは卓に対してでもあり俺に対してでもある。
たぶん今日の卓の言葉も、俺に対する気遣いだ。昨日の夜は会社でのゴタゴタに巻き込まれたこともあって、多少イライラしていた。卓はそれを敏感に感じ取って、今日は俺をゆっくり休ませてやろうとでも考えたんだろう。そう言う所が嫌なんだ。そう考えながら、俺はそのままふて寝をしてしまった。
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