メリダの場合4
気分が高揚しているときは、時間がたつのが早いのかしら。
いつもなら、少し遠い北側の配達も、近く感じられる。
順調に配達を終えながら、北側のファーマーズマーケットまで歩く。
川沿いに、色々なお店が出ているマーケットは、安くても美味しいものが沢山あるのだ。
川沿いのマーケットには、この町一番の大きな橋がある。
そこからが、スタート地点だ。
マーケットは、楽しい。
何を買うでもなくぶらぶら見ていても飽きない。
ガーベラが沢山さしてある花屋があり、手作りの椅子やテーブルが売っている家具屋があり、自分で描いた絵を売っているお店、手作りパン、マフィン、スコーンやクッキー、ソーセージやベーコン、野菜、何でもあり、だ。
微笑ましいことに子供達が小銭稼ぎに自分の家のレモンでレモネードを売っているブースまである。
子供達から「おいしいよ、メリダねえちゃん、どう?配達の疲れがとれるよー」
なんて声をかけられたら、買わずにはいられない。
レモネードのお金を1ギニー払い、口をつける。
レモンの酸味とはちみつの甘みが丁度よく喉を潤す。
ノンビリとマーケットの人の流れを見ながら飲んでいると、川の反対側からくる二人に気が付いた。
シャーロット様、と、ジェームス…?
見間違うことはない。
あの身長、あの髪の毛の色、あの体系。
なぜ二人でマーケットに…
思わずコップを握りしめる。
偶然ね、と声をかけるのは、簡単だ。
だが、足が動かない。
喉を潤したばかりのはずなのに、口の中がカラカラになった気分だ。
遠目からでもシャーロットがおしゃれをしてるであろうことが分かる。
それに反して自分は。
自分の洋服を見る。
いつもの配達に行くときのオレンジ色のスカートに白いシャツ
そして、エプロン。茶色い大きな配達バッグ。
頭には大きな麦わら帽子。
以前友人が、恋人が他の女と歩いてた、浮気かもしれない、と悩んでいた話を聞いたとき、
なぜ、見かけたなら声をかけて確かめなかったの?と疑問に思っていた。
でも。
今なら、メリダでも簡単にわかる。
声をかけれなかった理由が。
声をかけれる、とかかけれない、という話ではないのだ、ということを。
メリダは急いで飲み干すと、子供達にコップを返した。
「おいしかったわ、ありがとう」
ニッコリと笑ったが、笑えてるのか自信がなかった。
足早にブースを去る。
この場から、一刻も早く立ち去らなければ。
メリダの頭には、それ以外思い浮かばなかった。
マーケットの端にきてから、自分がクッキーを買ってなかったことに気が付いた。
「あ…クッキー…」
恐る恐るマーケットを振り返る。
振り返ったら、仲睦まじそうに歩くシャーロットとジェームスがいそうで怖かったのだ。
いないことに、ホッとして踵を返す。
急いで目当ての店に向かい、クッキーを購入し、ほぼ小走りでマーケットを抜けた。
走りながら、クッキーが入ってる紙袋がガサガサ揺れた。
ハァハァと息が切れる。
自分は、と思う。
ジェームスに会える、と聞いて浮かれていた。
その話の内容なんて、何も考えていなかった。
もしかしたら、ジェームスに会って話される内容が、シャーロットと結婚する、という話かもしれない、と気が付いたのだ。
胃の腑がキュッと縮まった気がした。
思い出したくなくても、頭の中でこだまする。
「 私、ジェームス様の幸せを一番に祈っておりますのよ 」
そう言って微笑んだシャーロットは女の自分が見ても、惚れ惚れするほど綺麗な笑顔だった。
伊達に町一番の美女とは言われていない。
彼女が本気で綺麗にしたのなら、領主の娘のジェシカ様ですら霞むだろう。
唇を噛みしめる。
先ほどまでの小走りとは変わり、足取りが遅くなる。
「何、やっているんだろう、私。」
誰に言うでもなく、呟いた。
呟きは空に消える。
200ルピアという大金を払ってドレスを買おうとしている。
馬鹿みたいだ。
だって、もう、ジェームスは私と一緒にいてくれないかもしれないのに。
やっぱり身分不相応な装いは、私には釣り合わないってことかな。
先ほどチラリとみたシャーロットの格好。
自分の実用第一で日焼け防止が主な役割である麦わら帽子と、
シャーロットのつけていた着飾ることをメインとしたドールハット。
同じ帽子であるのに、この違いだ。
今まで気にしていなかったことなのに。
メリダは立ち止まって途方に暮れた。
このまま、行かないで、家に帰ろうかな…
そんな気持ちが湧き出てくる。
一体、自分は何をしようとしているのだろう。
何年もかけて貯めたお金を無駄にしようとしている?
たった1着のワンピースの為に?
でも。
昨日、ドレスを着た時に感じた高揚感。
そしてお似合いですよ、と微笑んでくれたアーロンとアナベルの優しい笑顔。
それを思い出すと、なぜか、胸が暖かくなる。
あの思いがあれば、ジェームスが傍にいなくなっても大丈夫かもしれない。
なんとなくだけど、あのドレスは、私に自信をくれた。
メリダは小さく頭を振って、前を見た。
胸を張り、メリダらしく姿勢を正しく。
そうよ、ね。
どうせ、ジェームスが誰を選ぶにしろ。
あのドレスを買うにしても、買わないにしても。
私が決めればいい。
あのドレスを着て、ジェームスに会うのだ。
それが、別れ話でも、最高に綺麗な自分を見せてやるのだ。
いや、違う。
きっとジェームスは驚いてくれる。
可愛いと、抱きしめてくれる。
そうよ。
なに、自分で自分を不幸にしてるの、メリダ。
不幸になるのは、ジェームスがシャーロットと一緒になる、と聞いてからで十分じゃない。
そうよ、私は、私の意思であのドレスが欲しい。
それは、ジェームスやシャーロットとは関係ない。
「よし!」
パンパン、と自分の頬を叩く。
拳を握りしめ、メリダはお店に向かった。