メリダの場合1
その店のドレスを着ると想いが叶うという。
その店のドレスを着た人は幸せになれると言われてる。
そんなおとぎ話のようなドレスショップが何処にあるのか、誰も知らない。
なぜなら、再度再度訪れようとしても不思議なことに誰もたどり着けないのだから。
ここは、ドレスショップ、The frock shop.
老若男女、ご満足頂ける御希望の品を御用意致します。
その日、メリダはくさくさしていた。
メリダの両親は配達人だ。今日は両親揃って隣町に配達に行っているため、お手伝いだ。
流石に郊外は兄のニックが担当してくれてるが近場の配達はメリダの仕事だ。
領主館に配達に行った際に、この街一番の大牧場の娘、シャーロットと会ったのだ。
シャーロットは何かにつけてメリダにつっかかってくる。
理由は簡単だ。
メリダの恋人がジェームスだからだ。
ジェームスは中規模牧場の三男。本来ならばいくら中規模とはいえライバルに手の平を見せるような事はしないシャーロットの父ダニエルから、牧場運営の勉強をしないか、と声をかけられたのだ。
そんな夢のような話に当然ジェームスは快諾し、現在彼らの牧場で働いている。
勿論ダニエルとシャーロットの狙いは一つ。
ジェームスとシャーロットの結婚だ。
やり手で評判のダニエルも、娘の願いには滅法弱い。さすがにマシューのところの三男坊、としか知らない状況で、娘のジェームスと結婚したいという願いは許可出来なかったが、働き始めて半年、ジェームスの働きぶりは予想以上に良かったのだ。
娘が惚れるほどの容姿に協調性のある穏やかな性格、さらに状況判断に優れ指示も的確。息子の腹心に欲しい程だ。息子が経営を、ジェームスが運営をすれば更に牧場は発展していくだろう。
良くも悪くもジェームスには欲がない。
彼は自分の牧場をよくしたい一心で、ただ貪欲に知識を吸収していた。
それが余計ダニエルにはもどかしくもあリ、また信頼できると評価もした。
シャーロットは必然的に側に居られることを喜んだ。
街で1,2を争う美女として名を馳せている彼女は、そこに居るだけで男達はチヤホヤする。
当然自分が傍にいれば、ジェームスも自然に彼女を好きになるだろうと思っていたのだ。
凡庸なメリダと違い、自分には称賛される顔と、財力がある。
大抵は、相手の目を見てニッコリ笑っていれば男たちは相好を崩してもてはやすのだ。
もしくは目を潤ませ、自分には出来ない事が出来るなんてすごいです、と甘い声で囁くだけで良いのだ。
なのに一体どうしたことか彼が働き始めて半年、靡く素振りも見せなければ、2人きりになるのを避けてる様でもあるのだ。
プライドの高い彼女には許せない事だった。
シャーロットは、当然働いたことがない。
牧場の後継ぎとして育てられてもいない。
彼女の日々は主に領主館での女性同士の付き合いに比重がおかれていた。
それは領主の息子に見初められる、もしくは領主館に遊びに来た領主の友人、知人、または上役に目を付けられることを狙った上での事だった。
事実、シャーロットの姉はその縁で嫁いでいった。
自分はただ、男性の側に居て微笑んでいれば良いのだ。
何せ自分の家は領主ほどでは無いが、それに近い財力、権力があるのだから。
その日も、領主館の娘、ジェシカへのご機嫌伺いの趣で出かけて行ったのだ。
それが、領主館の表門で偶然メリダと会った。
もし、メリダが仕事ではなく普通に街を歩いてた時に見かけたら、声などかけなかったに違いない。
だが今は違う。メリダは領主館にお客としてきたわけではなく、仕事で来たのだ。
ああ、嫌だわ、化粧もせずにあくせく働くなんて同じ年頃の女性とは思えない。
やっぱり、彼にふさわしいのは、自分のような淑女だ。
迷わずシャーロットはメリダに声をかけた。
「あら、お久しぶり、メリダ。ご機嫌如何?」
話しかけられたメリダは、一瞬自分が話しかけられたと気が付かなかったようだ。
驚いたように周囲を見渡してからシャーロットに視線を合わせた。
「お久しぶりです、シャーロットお嬢様。」
自分と違い化粧ッけのない顔でメリダは微笑む。
どこが、劣るというのだろうか。
この私が、あのメリダに。
シャーロットの中でドロドロとした感情が渦巻く。
「ねぇ、メリダ、あなたご存知かしら?お父様がジェームス様をとても気に入っているの。
このまま私共の牧場で働き続けたら、きっと大層ご活躍されると思うのだけど。」
「牧場の勉強は1年と聞いておりますが・・・」
訝しげな顔をしてメリダが私を見る。
「えぇ、そうね。だから、これからのことを考えてほしいの。
どうすればジェームス様が幸せになれるのか。マシュー様の牧場は、そこまで大きい牧場ではなし、彼の実力からすれば、少々残念な気がしまして。
だって、彼には上に立つ才がありますもの。
私、ジェームス様の幸せを一番に祈っておりますのよ?」
そうしてニッコリと笑った。
天使の笑み、と周囲に言われる会心の笑みだ。
メリダは私に曖昧に微笑んで「仕事がまだあるので、失礼します」と背中を向けた。
「えぇ、お気をつけて。
私、あなたの賢明な判断を信じておりますわ」
メリダの背中に一声かける。
背中をむけたメリダの表情は見えない。心なし、足早に去る彼女の後姿を少しだけ見てから
私はジェシカお嬢様のご機嫌伺いに向かった。
私、直接的な言葉は一つも言っておりませんわ。
ただ、聡明なメリダの事ですもの。
意は組んでくれますよね?