表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

イドノナカ

作者: 高邑洋史

俺が住む場所には、井戸がある。

ずっとずっと使っている、でもきちんと水が湛えられていて、毎日育てている植物に水をあげても、なくなることはない。

素晴らしい井戸だった。

不思議なことは、たまに井戸を覗き込むと空や俺じゃないものが映り込んだりする。歌声や話し声が聞こえたりする。

それぐらいかな。


俺は長いこと、畑を耕し、植物を育てていた。

春にはじゃがいも、夏にはなすやとまと、秋はカボチャに、冬は大根が育つ。

そして暖かくなると辺りに菜の花が咲き、辺りを黄色く染めた頃にまた次の年が始まる。

いつも変わらず、何もかえず、植物を育て、野菜をとっていた。


ある春の日。井戸の水を汲んでいると、泣いているような声がした。

たまにあること。

でも、今回は井戸の中に鏡に映るように、小さい背中が見えた。

泣くのは理解できないが、そういうときは、大抵何かやると姿は消える。

その時もあまり深く考えずに何か井戸に入れてやろうと思った。

ただ、じゃがいもはみな種芋として植えてしまい、野菜は取れていない。

しかたなしに、近くの菜の花をとって、井戸の中に投げ入れてやった。

小さい背中に菜の花がぶつかる。

その背中の主はきょろきょろしながら辺りを窺い、消えていった。


翌日、今度は小さい背中は泣いていなかった。

なんだかうきうきしているようにも見える。

幼い子供のようだ。

お世辞にもきれいとは言い難い、土や垢で汚れた顔を井戸の中に向けて覗き混んでる。

今回は用意しておいたじゃがいもを井戸に投げ入れた。

ちゃぽん

じゃがいもは井戸の中に沈み、幼い子供の手に届く。

笑ったようだ。手を振り、姿が消えていった。


それからしばらくは幼子の姿を見なかった。

見るのは、雲。

煙。

そしてたまに飛行機。


しばらくたった別な日、今度は井戸のそばに鉄屑がバラバラ落ちていた。

こないだの小さい背中が投げ入れたんだろうか。

小さい鉄屑は円錐形の形をしていたが、途中溝が横に入っている。

ごみを投げ入れられたようで腹が立った。

井戸の中を見ると、煙が見える。

なんだかざわざわした心持ちで、暫く煙を見ていると、何か影とその近くを小さい早いものが翔ぶのが見えた。

影は幼子だった。

垢で汚れた顔は鼻から血が出ていた。

服も赤く汚れていた。

思わず、俺は幼子に手を伸ばす。

その時、俺の体もバランスを崩し、井戸の中に落ちていった。

着水する。

触れた幼子の体は柔らかかった。

赤い色は生きている証であってほしいと思った。



幼子は井戸の中にいた。

銃創を受けて流れる血は水に交ざり、足元にある鉄の部品でできた塊を包み込む。

やがて井戸の上から人のこえがした。

「なんだあ!P-416の停止信号が出たから見に来たら、子供じゃないか!」

幼子は井戸を見上げた。

そこには井戸の中にあった青い空が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ