刀剣活劇
「なんだ?」
街角で屯していた少年達────いや、チンピラ達は目の前にあらわれた男を睨みつけた。
染毛、ピアス、入れ墨といった定番のファッションに身を包んだ彼等は、怖いものなど何もない。
格上の裏稼業の者達ならともかく、一般人相手に怯む事などない。
睨めば怯み、脅せば小遣いを吐き出す金づるくらいにしか見ていない。
あるいは、ストレス発散の為に叩きのめすサンドバックである。
そんな風に世の中を見てる彼等は、自分達の前にまでやってきた男を睨みつける。
それが彼等の流儀である。
仲間か格上の者以外には親しく接しないし敬意も払わない。
そして、相手には敬意を払わせる。
この時も彼等は、目の前に何故かやってきた男にそうさせようとした。
頭を下げさせ、叩きのめし、身ぐるみ剥いで小遣いを稼ごうと。
ただそれだけを考えていた。
なぜそんな自分達にわざわざ寄ってくる者がいるのかという事を思い浮かべもせずに。
男は近づいて来たチンピラが間合いに入ると、躊躇うことなく手にしたものを抜いた。
瞬時に解き放たれた鋭い鉄の塊は、風切り音を置き去りにしてチンピラの体を素通りしていく。
それはチンピラの体を斜めに分断していった。
男の動きにわずかに遅れてチンピラの体は、斜めにずれていく。
鉄の塊が通った道筋をなぞって切断されていくチンピラは、自分が何をされたのかすら分からず地面に倒れた。
その時には体は二つに分かれ、血と臓物があふれてきていた。
そして、地面に倒れるよりも早くチンピラは絶命していた。
それを見ていた他のチンピラは、事態を理解するのが遅れた。
いつものように絡んでいき、いつものようにとっつかまえて威圧するはずだったのだが。
その目論見は大きく崩れさった。
想定外の事態である。
人間、思った通りの事が覆されると一瞬動きと思考が止まる。
この時のチンピラ達はまさにそんな状態になっていた。
だから、対応が遅れた。
そんなチンピラ達に男は、容赦も躊躇いもなく手にした鉄塊をふるっていく。
ヒュン、ヒュン、と風切り音が鳴り、その度にチンピラ達の体が切断される。
腹を切られ、喉を切られ、頭を切られ。
まともな対応をする事もなく、致命的な損傷を負っていく。
体の一部が確実に切断されていくので、助かる見込みはない。
そうして倒れていく仲間を見て、他の者達もようやく危機感を抱いていった。
しかし。
そうなる時点で仲間の大半が死んでいる。
残りは、ここに集まったチンピラ達のリーダー格とその取り巻き達。
10人いた仲間のうちのたった3人である。
その3人は、あらわれた目の前の敵をどうするか悩んでしまった。
戦うか、逃げるか?
わずかなその逡巡が彼等の余命を決めた。
躊躇ってる間にも男は動いている。
チンピラ達に接近し、腕を振るい、鉄塊をくりだしていく。
残り3人は2人になり、1人になっていく。
躊躇ってる間に2人が切られ、残りはリーダー格のみ。
ここに至ってようやく彼は、まともに動き出した。
(やばい)
本能がそう呟いた。
それにつられて体が動き出そうとする。
しかし、その瞬間には男が接近し、鉄塊を震う。
ズン、といった衝撃をリーダー格は感じた。
振り向いて逃げようとした手前で、体の中を何かが通っていくのを感じた。
その衝撃によろけてタタラを踏もうとしたところで、体が妙にねじれていった。
体が、腹の辺りを境にして上下に分かれていく。
リーダー格はそのまま地面に頭を打ち付け、脳を強く揺さぶられた。
そしてそのままたいした痛みを感じる事無く、大量出血で意識を失い、大して苦しむ事無く死んでいった。
あと少し。
あと少しだけ対応が早ければ。
立ち向かうにせよ、逃げるにせよ。
どっちにするにせよ、あと少しでも早ければ違った展開になっていただろう。
立ち向かってすぐに死ぬか、後ろを見せて逃げ出し、追いつかれるまで生き延びるか。
前者ならば、全滅まであと何秒か時間が縮んだはずである。
後者であれば、あと数秒間は生きながらえていたであろう。
その差、実に10秒。
その差を彼等は得る事も出来ずに死んでいった。
「終わりましたね」
チンピラを制圧し終えたところで、暗がりから声がかけられた。
そちらを見ることなく男は、
「次は?」
と問いかける。
暗がりにいる者は即座に、
「このまままっすぐ進んだところにも屯してる。
全部で8人。
こいつらとは違うチームだろうが、ギャングに変わりはない」
「やればいいんだな?」
「そういう事」
「分かった」
そう言って男は、鉄塊を握ったまま伝えられた所へと向かっていく。
そんな彼に暗がりに潜んでる者は、
「引き続きこの近くを探索してきます」
とだけ告げた。
暗がりにいた者はそう言うとすぐにその場を後にする。
姿は見えなくてもそれを気配で感じ取った男は、続報が来る前にこの先にいる連中を片付ける事にした。
どこにでもある夜の町。
どこにでもいるチンピラ共。
そんな連中が血祭りにあっていく。
町のあちこちに屯し、そこを勝手に縄張りにしていた者達である。
場所を占有し、近くを通りかかる他の者達に絡み、脅し、殴りかかる。
そんな事を繰り返していた連中が、この夜は立場が逆になった。
男が近づき、手にした鉄塊を振る事で血だるまになっていく。
有効な対応も出来ないまま、逃げる事も立ち向かう事もなく地面に転がっていく。
その時には体の重要な部分が切断されていた。
胴体を、腕を、足を、首を。
いずれも出血しやショック死が避けられないほどの切断をされていく。
チンピラ達も無抵抗でいたわけではない。
接近してくる男に気づき、絡んでいき、切り倒されていく。
だが、仲間がそうして死んでいくのを見て、即座に攻撃に移る者もいた。
なのだが。
ナイフを取り出し、襲いかかったところで体を切られていく。
それを見ていた者は、何が起こったのかさっぱり分からなかった。
倒れた仲間から、切られたのは理解出来る。
しかし、いつ、どのように切られたのかが分からない。
男が手にした長い物でやったのは分かるのだが、その軌跡がさっぱり見えなかった。
チンピラ達も素人ではない。
荒事を活動の基本にする連中である。
修羅場も何度か切り抜けてきた。
同類であるチンピラ同士の衝突で、殺し殺されという抗争を繰り広げてきた。
相手の動きを見きったり、それなりの喧嘩手法は心得ている。
専門的に武術などをやった事はなくても、実戦における経験は下手な武道家よりも多い。
ともすれば、正規の稽古を経てきた者すら凌駕するくらいの強さを持つ者もいる。
たいていの相手ならば叩きのめす自信を誰もが持っていた。
そのはずなのだが。
「な……」
「なんなだよ……」
「おい、おい……」
戸惑いという悲鳴を誰もが口にしていく。
信じられなかった。
これまで幾つもの敵対チームを叩きのめし、壊滅させてきた。
殺しだった一度や二度ではない。
そんな経験からくる自負をもっていたチンピラ達であるが、その自信が脆く崩れさっていく。
目の前にあらわれた男は、そんな彼等とは次元の違う何かをもっていた。
右手の動きが見えない。
それが動く度に仲間が死んでいくのは分かるのに、それを為した動きが見えない。
また、迫って来る男の動きも読めない。
そんなに急いでるようには見えない。
普通に歩いてるようにすら見える。
なのに、瞬時に間合いに入り、右手に持ったものを振っていく。
予備動作も何もなく、本当に普通の動きから瞬時に距離を詰めてくる。
それこそ、瞬間移動したのではないかと思えるほどだった。
そんな動きを見せる男に、チンピラ達は何も出来ずに死んでいく。
「なんだよ……なんなんだよ!」
そう叫んだチンピラは、殴りかかった瞬間に懐に入られ、袈裟懸けに切り裂かれていった。
2つ目のチームが壊滅する。
3つ目、4つ目も。
その都度男は、暗がりから聞こえてくる情報を聞いて、次のチンピラ達の所へと向かっていく。
町のあちこちで次々に死体が量産されていく。
いつもは被害者や死体を作ってる者達がだ。
町のあちこちにいてそれぞれが勝手に活動してるチンピラ達はそれに気づかない。
同類の連中が次々にこの世から消えてるのを全く察知していない。
お互いがお互いの縄張りに入ってるから。
無駄な抗争を避けるためにその縄張りから動かないから。
互いに相手の姿が見えないような位置取りをしてるから。
そんな要素が今起こってる事の把握を不可能にしていた。
何より、男がほとんど瞬時にそれぞれの集団を壊滅させてるのが大きいだろう。
悲鳴を上げることも出来ず、逃げる事も出来ないまま誰もが死んでいく。
他の場所にいる連中が気づく可能性は、これにより皆無となっていた。
「さすが」
その様子を暗がりから眺めていた者は賞賛を口にする。
隠密行動による情報収集を旨とする彼は、基本的に戦闘に参加する事はない。
死角からの不意打ちなどならともかく、正面切って誰かと戦うのは苦手としている。
それなりの俊敏さと、それを可能とする身体能力はあるので、一般人に負けるような事は無いのだが。
それでも、戦闘そのものは彼の本分からは外れている。
だからこそ、男が示してる強さには驚嘆する。
自分が持っていない力がそこにあった。
潜伏と観察と調査を主業務としてるからこそ分かるとも言える。
男の強さは桁が違った。
格が違っていた。
そもそも立ってる次元が全く違う。
チンピラ達もそれなりの腕におぼえがあるのだろうとは思う。
しかし、男に対抗出来る者など一人もいない。
強さの段階が全く違うのだ。
そもそもの動きが違う。
単なる身体能力だけで動いてるわけではない。
骨や筋肉といったものが織りなす身体を、無理なく無駄なく動かしている。
変な力みもなく、そのくせ充分な力が込められた一撃が放たれている。
だから一見すると、全く力が困ってないように見える。
むしろ脱力してるようにすら感じられる。
なのだが、その動きは確実に相手を上回っている。
静から動に、動から静に。
緩急を付けてるような、律動を感じるようなその動きは、見ていて感動をおぼえるほどだ。
力任せに攻撃を仕掛けてくるようなチンピラでは全く刃が立たないだろう。
並のレベルにいる者達同士ならともかく、男の動きに比べればそれは、どこか緩慢で遅くすら思えるのだ。
そんなチンピラの攻撃が男に当たるとはとても思えない。
そして、男の動きがチンピラにとらえられるとは思えない。
これまで何度も影から見てきた男の動きは、この日この夜も健在だった。
「すさまじいな、相変わらず」
そんな動きが出来るようになるまで、いったいどんな鍛錬をしてきたのだろう。
調査を主業務としてるだけにそれが気になってしまう。
ただ、その強さが今は味方であること。
少なくとも敵ではない。
その事がとてもありがたかった。
今までもそうであったし、出来ればこれからもそうであってもらいたいと思ってしまう。
「さて……、こっちも仕事に戻らないと」
そうぼやいて彼も動き出す。
物陰から物陰へ。
壁を駆け上がり、建物の間を飛び越え、影から影へと走り抜けていく。
物音一つ立てずに進むその動きは、荒唐無稽な忍者アクションのそれである。
そんな動きが出来るこの情報収集専門家も、相当な手練れであった。
「お見事です」
チンピラを切り捨ててる男に近づき、物陰の男は声をかける。
「残すはあと一つ。
この近隣では最強にして最大規模の集団です」
「ふーん」
「とはいえ、人数は20人。
強さも……まあ、あなた程の者はいないでしょう」
「そっか」
「この先を進み、二つ目の角を右に曲がれば、そいつらの縄張りです。
では、ご武運を」
「はいよ」
気のない返事をすると、男は言われた方向へと歩いていく。
物陰に気配がないのは既に確認済み。
もとよりこちらの発言など気にするような輩ではない。
告げるべき事を告げれば姿を消してしまう。
そういう所が淡泊であり、薄情にも思える。
また、仕事にだけ徹する職人気質と言えるかもしれない。
何にせよ、仕事をする上では頼りにはなる。
今回も事前に調べてるであろう標的の位置を正確に伝えてきている。
何よりも、効率よく倒していくための道順を示してくれている。
他のチームから見えないように、それでいて可能な限り最短距離を進めるように。
そういう事が出来るだけの頭もある。
(怖いよなあ……)
潜伏能力よりも隠密能力よりも、情報収集能力よりも。
そんなものより的確な判断が出来るその頭が怖い。
それがあれば自分など簡単に倒してしまうだろう……男は本気でそう思っていた。
だからこそ、そんな男が敵でない事がありがたかった。
目的の連中は角を曲がってすぐに見つける事が出来た。
さして離れてない所にあるシャッターのおりた建物の前に座りこんでいる。
そこで何が楽しいのか大声で騒ぎ、笑っていた。
彼等は彼等なりに楽しんでるのだろう。
だが、邪魔である。
その存在が、やってる事が近隣住人達に。
そいつらがここにいるせいで、落ち着いて暮らせなくなる者達出てくる。
これまでも、こいつらによって襲撃された者達が何人もいる。
遊びで叩きのめして殺すなんて事もしてきたような連中だ。
可能な限り速やかに排除したいというのが、このあたりに住んでる者達の共通した願いだ。
それを具現化するために、男はそいつらに向かっていった。
比較的距離があり、街灯も壊されれずに残ってるものが幾つかあった。
だから男の接近に気づく者達は多かった。
「なんだあれ?」
目を向ける彼等は、近づいて来る男を怪訝そうに見て、そしてすぐに警戒を抱いていた。
まっすぐに自分達に向かってくるのがまず異常だった。
普通の人間だったら、わざわざ向かってくるような事はしない。
姿を見たら踵を返すのが普通だ。
そうしないのは、同類の連中だけ。
抗争を仕掛けてくるか、傘下に入りに来るかのどちらかだ。
だが、どちらにせよ一人だけというのはまずありえない。
怪訝に思うのもおかしくはない。
ただ、何よりも彼等が警戒をしたのは、男が手にしたものだった。
街灯の中に浮かび上がったそれは、穏便な話し合いを真っ向から否定していた。
チンピラ達は次々に武器を手にしていく。
ナイフを、マシェット(山刀)を、手斧を、鉄パイプを、バールを、スレッジハンマーを。
凶悪極まりないそれらを手にするチンピラ達は、それでも男への警戒を最大限にしている。
荒事に慣れ、手にした道具で何人もの人間を叩きのめし、あの世に送ってきたにも関わらず。
それだけ男の持ってるものは物騒極まりないものだった。
細く長く薄いそれは、人を殺すための道具なのだから。
わずかな反りを持つそれは、紛う事なき刀であった。
一般的な日本刀より反りが少なく、いっそ直刀に近い形状をした刀であった。
長さは、これも一般的な日本刀よりは若干長いだろうか。
だが、それは確かに日本刀である。
形状に若干の違いはあっても、造りは刀工の手によるものであった。
それを手にした男は、動きを止める事無くチンピラ達へと向かっていく。
チンピラ達は近づいて来る男を取り囲むように動いていく。
人数でまさるならば、わざわざ真っ正面から挑んでいく必要は無い。
対応が出来ない背面を含めてあらゆる方向から取り囲むのが定石である。
そして、逃げ場を無くし、死角から攻撃出来る優位性を確保していく。
荒事に慣れてるだけに、このあたりの動きは的確で滑らかだ。
だが、男はそんな事など気にせずに進んで行く。
取り囲んでチンピラ達は、そんな男との距離を詰めていく。
刀を持ってるので接近するのは危険だが、そうしないと攻撃も出来ない。
チンピラ達にしても、男をこのまま帰すつもりはない。
抜き身の武器を持って近づいて来る奴に容赦をするような者などここには一人もいない。
ある程度距離を詰めたところで、一気に攻撃をしかけていく。
正面から、そして背後にいたチンピラが迫る。
前からの攻撃は、この場合おとりである。
男の意識を前に向かせるために、背後への対応をさせないために。
背後からの攻撃に気づかなければそれで良いし、気づいたとしても前からの攻撃を無視するわけにもいかない。
そんな状況に追い込んで、対応に戸惑ってるところを叩きのめす。
これまで何度もやってきた事だ。
今回も上手くいく……と思っていた。
なのだが。
ひゅん
風切り音が鳴った。
その瞬間、男の背後を狙った者達が切り捨てられていた。
いつの間にか反転していた男が、勢いをつけて迫って来る連中を逆に切り払っていたのだ。
背面を狙っていた連中は、その動きに逆に驚いた。
そして、対応する事も出来ないまま切り捨てられた。
いつ振り上げられ、そして切り落とされていたのか分からない早さで。
背後から迫っていた2人は、それぞれ手首と腕を切り落とされていた。
ナイフと山刀が握っていた手と共に地面に落ちる。
切断された手首からあふれてくる血液が、その周囲を汚していった。
「う…………ああああああああああああああ!」
少し遅れて悲鳴が上がった。
その間に男は、側面にいた連中へと迫る。
瞬時にとしか思えないような速度で迫った男が、上段から切っ先を叩き込む。
額にそれを受けたチンピラが、頭部中央から真っ二つに叩き割られる。
前頭葉を額ごと破壊されたそいつは、叩き切られた勢いのまま背後へと倒れ、それっきり動かなくなった。
返す刀でその横にいたチンピラを、横薙ぎに斬りつけていく。
すぐそこまで迫ってるとは思ってもいなかったそいつは、腕ごと腹を切られていった。
腕が切断され、腹の横半分を切断されたそいつは、よろよろと動いてから、横腹から内蔵をこぼしていった。
4人のチンピラが瞬時に倒された。
一撃で死んだのは1人だけだが、他の3人も致命傷である。
もう絶対に助からない。
急いで設備のととのった医者の所に駆け込んでも、治療は難しいだろう。
切断面から流出していく血液量がそれを物語っている。
そんな仲間を見て、さすがにチンピラ達もおののいていく。
いったい何がどうなってるんだという思いである。
そんな彼等に、男は容赦なく進んでいった。
腰の位置で刀を横に寝かせるように構えながら迫る。
一気に間合いを詰めた男が、構えた刀を回転させるようにチンピラに叩きつける。
大車輪の軌跡を描く刃は、勢いよくチンピラの肩口から腰までを切り裂いていく。
体を左右に分けられたチンピラは、踏ん張る事も出来ずに倒れていった。
そんなチンピラから刀を抜いて男は、今度は横に刀を走らせていく。
隣にいたチンピラは、体を上下に切断されて倒れていった。
更にその後ろにいた者は、下段から切り上げられた刃によって、股から片足の付け根を切断されていく。
足を根本から切り捨てられたそいつは、立っている事が出来ずに倒れた。
合わせて7人が倒された。
ここに来てチンピラ達もようやく正気に戻っていく。
突如現れた男がもたらした損害と、それをこなす事が出来る技量。
それを彼等は嫌でも理解せざるなくなった。
そいつが自分達を狙ってる事と共に。
恐怖が込みあげてくる。
ここから逃げろと本能が叫び初めていく。
しかし、それよりも荒くれとしての矜恃が勝っていく。
ここで背中を見せて逃げたら、これから先は決して暴力でやっていく事が出来なくなる。
そんな考えが頭に浮かんでいた。
力でのしあがってきた連中である。
負けたらそれでおしまいな事もよく分かっていた。
たとえここで死ぬ事になろうとも、下がるわけにはいかなかった。
そんな事をすれば、ここで生き残れても今後二度と威張り散らす事は出来ない。
どこかで必ず舐められる。
だから決して退くわけにはいかなかった。
「おりゃあああああああ!」
大声を張り上げて一人が接近する。
長い鉄パイプを振り上げて男に殴りかかる。
遠間から、遠心力を加えて叩き込まれる鉄パイプは相当な威力を持つ。
当たれば骨折は免れないだろう。
それを男は、正面から刀で受けた。
否。
振り落とされる鉄パイプを横に切り裂いた。
キン、と硬質な音がした。
その音と同時に、鉄パイプが切断された。
男は刀で攻撃を受けたのではない。
迫って来る鉄パイプを刀で切ったのだ。
鉄で出来てる鉄パイプを切る。
切断機具を使えば不可能ではないだろう。
だが、それは作業として時間をかけて行う行為である。
瞬時の攻防の中で行うようなものではない。
振りおろされる鉄パイプを刀で切り捨てるなんて事が、普通に考えて出来るだろうか?
しかし、この場にいる者達の目の前でそれは実際に起こっていた。
攻撃をしかけた鉄パイプを持っていた男は、その事に気づく事が出来たかどうか。
なぜなら、鉄パイプを切って攻撃を退けた男は、そのまま第二の刃をチンピラに向けたからだ。
切り落とした刀を瞬時に上段に構え、振りおろす。
刃は斜めにチンピラの体を切断していった。
背骨すらも叩き切った刃は、切断されたチンピラを作りだし、地面の上に横倒しにしていった。
「う……」
「あ……」
チンピラ達が後ずさっていく。
さすがに今起こった事を見て自分達の置かれた状況を理解していったようだ。
勝てないまでも決して退く事は出来ないと思っていた気持ちが消散していく。
勝たねば明日から今まで通りには生きられないのは分かってる。
だが、それもわずかなりとも勝つ可能性があればというのが前提であった。
心のどこかでそんな事を思っていた。
自覚すらしてなかったその思いがあるから、何とか踏みとどまれた。
だが、今その望みすら消え去った。
男の見せた業がそんな甘い考えを消していった。
──絶対に助からない
今、生き残ってるチンピラ達12人は己の生存そのものに何の保障もない事を知った。
目の前の男を倒せばそれも可能であるのだが、それが実現出来るとはとても思えなかった。
余りにも差がありすぎる。
戦って勝てるという可能性を微塵も感じられない。
そもそも戦いにすらなってないと感じていた。
戦いとは同等の水準にある者達の中で行われる事である。
同等の水準だから勝敗がせめぎあうのだ。
もし一方的にどちらかの力量が高ければそうはいかない。
そこにあるのは争いなどではない。
一方的な蹂躙である。
虐殺といっても良いだろう。
ここで起こってるのはまさにそれだった。
相手はたった一人。
だが、隔絶した力量が人数差を覆している。
荒くれが12人いるとはいえ、そんなものが何の意味があるのか。
実戦慣れしているとはいえ、その程度の力量ではとうていかなわない相手が目の前にいる。
蟷螂の斧でしかない。
12匹の蟷螂が前足の斧を振るったところで、人間が倒れるわけがない。
一瞬にして踏みつぶされて終わりである。
明確にそんな事を思い浮かべてるわけではないが、チンピラ達が感じてる差はそれくらいあった。
その思いは間違っていなかった。
それからの行われた事は戦いでもなんでもない。
衝突にすらならない。
一方的な蹂躙でしかなかった。
男の震う刀は確実にチンピラを仕留めていく。
しかしチンピラの攻撃はかすりもしない。
むしろ攻撃した瞬間に生じる隙をつかれ、反撃も出来ずに切られていく。
その度にチンピラ達が死んでいった。
「ひいいいいいい!」
逃げ出す者もいた。
しかし、それが成功する事はなかった。
瞬時に距離を詰めた男によって背中から切り捨てられる。
立ち向かおうが逃げ出そうが、結果は同じであった。
逃れる事が出来ない死。
それがチンピラ達の目の前にいた。
「ちくしょおおおおおおおおおお!」
叫んで突っ込んでいく者もいた。
逃げる事も出来ないならば、もう相手を倒すしかない。
そこに思い当たったのだろう。
やぶれかぶれになって、無謀な行為をしてるだけなのかもしれない。
だが、生き残るための最善の最適解であるのは確かだ。
逃げても瞬時に距離を詰められる、それだけの身体能力を、体術を持つ相手である。
その場から逃走する事など論外としか言えなかった。
ならば、相手を倒して脅威を排除するしかない。
生き残る事を考えるならそれしかなかった。
問題なのは、それが出来る可能性が皆無である事であろう。
突撃していったチンピラも、他の者と同じように切り捨てられ、道路に血を流していく事になった。
やがて体の中の水分が無くなるその時まで。
チンピラは残り一人になっていた。
リーダー格だけが死ぬ事なく生きていた。
だが、それはまだ男と対峙してないというだけでしかない。
他の者達が男に立ち向かい、あるいは逃げ出して切り捨てられたからである。
その結果として、リーダーに矛先が向かうのがずれこんだというだけだ。
リーダー格はその事をよく分かっていた。
荒くれではあるがバカというほどではない。
学業成績などは悪いが、勘所などはおさえる天性はあった。
だからこそ、チンピラ達ではあっても束ねて頭を張ってる事が出来た。
喧嘩が強いというのも確かにあるが、それも戦い方を組み立てる事が出来たのが大きい。
それだけの頭があるから分かってしまう。
自分が決して勝てない事を。
確実に殺される事を。
分かってしまうから、生きた心地がしなかった。
どうにかしてここから逃げ出したい、目の前の男から逃れたい。
そうは思うのだが、それを達成する手段が見あたらなかった。
今まで窮地を抜け出し、対抗者を出し抜く時に見えていた道筋が見えてこない。
ここはこうすれば良いという直感が働かない。
あるのは自分にもたらされるであろう確実な死の予感。
それだけである。
今まで何度か感じた事のある不快感でもある。
それを感じた時、感じた方向や道筋に進めば、必ず悪い事が起こった。
そうと気づいてからは決して選んではこなかったものだ。
おかげで、今まで上手くやってこれた。
なのに。
今はそれしか感じられない。
何処に向かおうと何をしようともこの感覚が消えさる事は無い。
むしろ時間が経過するごとにふくらんでいく。
決して晴れる事はない。
どうしようもないくらいに詰んでいる事を、リーダー格は死の恐怖と共に理解しなくてはならなかった。
そんなリーダー格の最後は呆気ないものだった。
遠間から一気に間を詰めた男が、軽く切っ先を横に薙ぐ。
今までの攻撃に比べればとても小さな動きである。
与える傷もたいしたものではない。
小さな傷を体につけただけである。
それでも体の表面を切り裂き、1センチほどは肉体に食い込んでいる。
即死はしないまでも、早急な治療が必要な傷である。
だが、それで充分だった。
リーダー格の命はそれで完全に途絶える事になる。
傷口からもれていく空気がそれを物語っている。
喉を切られたリーダー格は、やがて息絶える瞬間まで窒息の苦しみにもだえる事となった。
他の者達の死に様に比べても酷い有様であった。
「お疲れさまです」
「おう」
「仕事はこれで終了です」
「そうか」
「報酬はこちらに」
「ああ」
「あとの始末はこちらで行うのでご安心を。
お帰りは車を用意してるのでご利用していただければ」
「そうさせてもらう」
「では、この先200メートルほど先へ。
そこで車が停車してますので」
「はいよ」
金を受け取り、車へと向かう。
その途中、ワゴン車とすれ違う。
今までの仕事でも見た事があるものだった。
おそらく、それが後片付けをする掃除やなのだろうと思った。
でなければ真夜中にわざわざ車を走らせる事はないだろう。
この御時世、歩くのもそうだが、夜中に車を走らせるのも危険なものだった。
それでも走ってるのは訳ありか仕事かである。
そして、この瞬間にわざわざ事件現場に向かっていくような車がまともなわけがない。
偶然こんな所に入りこんだ不運な者でなければ、ほぼ確実に仕事であろう。
「……おつかれさん」
聞こえてはいないだろうが、同業者にそう声をかけた。
横暴と暴力を旨とする連中が蔓延って久しい昨今である。
夜の外出は危険なものとなり、まともな人間なら家で息を潜めるようになった。
昼であっても闊歩してるのは犯罪を生業とするような連中ばかり。
どこかでにらみ合いが発生し、当たり前のように殺し合いに発展する。
だからこそ、そんな動きに対抗する者達も発生していた。
暴力を排除する暴力を用いる者達が。
たまにはこういうのもやってみたいと思って書いてみた。
上手く出来てるかどうかわからないけど。
粗筋にも書いたとおり、実験的なものではある。
アクションを書くとどうなるかというのを確かめるために。
また、苦手なチート・最強な主人公をやってみたいというのもあった。
やはり俺はこれが限界か、と思ったが。
ただまあ、こんな調子の世界とか、こんなお話というのもやってみたいと思ってもいる。
思ってるだけで実現できるかどうかも分からないが。
何より、他の連載をどうにかしないとね。
いつもの事になるけど、感想、そして誤字脱字の報告などはメッセージにてお願い。