アップルカスタード入りドーナツ
栄次君視点、短め。
「すみませぇん」
俺は今、栗色の髪の大きな瞳と小作りな鼻と口が可愛らしい子と、
「何やってるのよ、まったく。すみませんお兄さん」
金髪の適度にくっきりとした顔立ちの大人びた女の子に、
「弁償しますぅ。お詫びしますぅ」
「私からもお詫びします。申し訳ありません」
「じゃあ……同じの買ってきますから二人は待ってて下さいねぇ」
「早く行ってきな……じゃああの席に、行きましょう?」
ナンパされています。……二人共小学生です。
うん、罠だね。
なんでこうなったのか順を追って説明するよ? 今日は仮婚約後すぐの水曜日、の放課後、場所は繁華街のフードコートの一角。俺はお気に入りのドーナツショップの新作を求めてやって来て守備良く入手し……、
「フミャッ!? す、すみませぇん」
栗色の髪の子にぶつかられ台なしにされた訳だ。で、
「うわ、何やってんのよもう……すみませんお兄さん」
ってやって来た金髪娘にめちゃくちゃ媚び媚びで謝られ、あれよあれよと拘束され一緒にお茶をすることになった訳。
……うん、確実に罠だね。そして……、
「お待たせしましたぁ」
……こっちの栗色の子……スカート履いてるけど男の子だよね? ……んー、ジェンダーの問題はデリケートだからつつけない。
「じゃあ食べましょうか?」
いや、
「初対面の子に払わせる訳にはいかないから俺、買い直してくるね」
っていうか何盛られてるかわからないもの食えないよ。
──あ、さすがに追っては来ないね。良い言い訳ないし、
「さて、と」
ドーナツを再び購入しながら俺は彼らの正体を考える。
「……紗々蘭さん関連なのは間違いないだろうけど」
立ち位置がなぁ。
「敵か味方か味方ならどの位置の味方か」
多分ハニートラップだから彼女を一方的にライバル視してる子達か、彼女と俺を別れさせようとするファンか……部下か、
「……可能性が高いのは最後だよね」
俺達の仮婚約を知っているとすればね。
あ、本気のナンパじゃないのは確定、
「騙す気ならもっと目に熱を入れなきゃ」
金髪の子はそこそこだったけど栗色の子はね。笑顔でも敵意丸出しだし……、
「……やっぱり最後か」
んー、でも確証……あ、
そして俺は小学生達とにこやかにお茶をし、今日は遅くなっても平気なの。なんてゾッとする台詞を流し連絡先──もちろん捨てアカ──の交換をし、帰宅後いつもより早くいつも以上に丁寧に身を清め、年下の友人に連絡をする。
──なんか今日、小学生二人にナンパされたんだけど。
──え、ヤダ、栄次君のフェロモンはそこまで届くの!?
──違う違う。あれは確実に罠だった。栗色の髪の男の娘と金髪娘のコンビに心当たりは?
──普通に、あるけど。
──……あ、そっか栄次君、白姫にスカウトされたんだっけ。姉ちゃんから聞いてた。
──白姫?
──圓城寺のお姫様のあだ名の一つ。一番短いの。
──で、栗色と金髪はその白姫の部下。……ええと『七席』ってわかる?
──圓城寺の個人直属の部下でしょ?
──そ、その栗色が三で金髪が七。
──多分主人に『選ばれた』のがムカついたからやったんだね。
──……彼ら以外の指示とかは?
──無い無い、あの二人白姫以外の命令聞かないもん。
──それに本気で栄次君を潰すならあの二人は使わないでしょ。アホだから。
──……え、アホ?
──白姫が使わない限りアホ。
──……使ったら?
──かなり有能。
──……じゃあ明日『七席』の人達に報告、だけでいいか。
──えー、栄次君が温厚!
──実害はなかったし……あ、
──ドーナツを二個ほど台なしに。
──……わー、それ松太──あ、栗色ね。がめっちゃ叱られるわー。
──あ、三、三澤…………察し。
──お父さんとお兄さんがめちゃくちゃ厳しいそうです。
──……うん、じゃあまあそれも伝えることで流そう。
──……働き出すと人はここまで丸くなるのか。
──くくっ、じゃあありがとう。助かったよ。今度おごるね?
──じゃ、話題に出たドーナツで!
──了解。じゃあお休み。
──はい、お休みなさい!
退室を確認しメッセージアプリを落とす。
……うーん、嫉妬で暴走ねぇ。
「くくっ、独断行動はダメだよね」
伝える時に躾の手伝いに立候補しようかな?
そんなことを思いながら俺は夕食に向かう。
そして食後日課のお休みコールを彼女と交わし健やかな眠りにつく。
捨てアカは捨てたので。
翌日、報告をした際に友人の表情筋が珍しく動いたことに内心めちゃくちゃビビった。
……大丈夫かなあの二人?
数日後の放課後の中央塔
「……ねぇ、久しぶりに登校したら……バカコンビどうしたの?」
「バカをやって我が君からお説教と躾をされまして」
「バカ?」
「ミレディがスカウトした人にハニートラップ仕掛けてあっさりばれたんですって」
「…………あー、それは相手が悪過ぎだわ」
「でもハニトラって即バレだったから丁重に帰されたんだと思うけど」
「え、バレなかったら?」
「生ゴミを見る目で見下されながら『俺、汚いものは視界に入れたく無いんだけど』……なんどか見た」
「キツっ!?」
「っていうか白姫って栄次君と……ええと恋愛とか……あ、ゴメン忘れて」
「ん? 口説いてる最中だが?」
「あ、言っちゃうのね」
「で、まだ途中だから……モカたんお口にチャックさせといて」
「……しなさい」
「はい!」