契約というには甘過ぎる
多視点短めです。
「お初にお目にかかります。圓城寺紗々蘭九歳、小学四年生です」
霧雨のようなソプラノで名乗った美しい黒髪の少女が婉麗な立礼をし、顔を上げふわりと微笑んだ。
後の岸元家の内心。
【イヴァン】
人間不信気味の次男が、生涯を共にしたい、そう初対面で思ったという女性を見た感想はまず『美しい』だった。そして数瞬後…………え、九歳? あ、九歳だ。
………………えええええ……いや九歳? 九歳? ってあの栄ちゃん!?
…………あ、無理、反対とか、無理、だって、だって栄ちゃんの顔が、
──見たことがないくらい穏やかで、
…………うん、お父さんは全力応援するからねっ!
【静留】
青薔薇のような少女の父、日本刀を思わせる美貌の男の子が半年の『仮』婚約を強調している。どうやらこの婚約はいかにもデキるオーラバリバリの父ではなく、おしとやかな大和撫子といった雰囲気の娘が、出し抜くかたちで結んだよう。
んー、結構したたかなのねぇ。……でも、ま、
表情筋どうしたって感じのうちの子と目が合う度に微かにはにかむ姿は、
恋する乙女よねぇ。
ふふ、色々楽しみ。
【一宏】
親と弁護士さんで『仮婚約』に関するあれこれはどんどん決まっていく。
仮だからかまとまらなかった場合の違約金や慰謝料はないけど、二人の仲を深める為の取り決めや、圓城寺の婿としての教育について等、文書化しておくらしい、当人同士がほぼ無言なのは初めて会った時に婚約の意思を固めていたからで、『仮』期間は理事長先生の……まあ、悪あがきみたい、
その証拠に今は弁護士さんたちと相談しながら当人たちが仮がとれた後の条件を決めている。……笑い合いながら、
………………おめでとう栄ちゃん。
【光三朗】
僕たち家族にも護衛がつくらしい。
圓城寺は大企業だから敵が多いし、理事長先生は親族すべてを排除することで当主になったから恨まれているんだって。
…………大富豪怖い。
実際に理事長の奥さん。紗々蘭さんのお母さんである香奈子さんが天国にいる理由はそれだ、そう、
…………ほんとに怖い、けど、
そのことを聞いても怯むことなく、むしろ強い決意をもって紗々蘭さんを見つめる栄ちゃんを見たら、
……うん、僕も覚悟を決めよう。
……荒事はキライなんだけどねー。
【おまけ 司皇】
……やっぱり気にくわねぇ。
入学直後からそう思ってた。兄や弟には俺の知らねぇ香奈子を知ってることへの軽い苛立ち程度だが真ん中の小僧、こいつは、
存在そのものにザワザワする。
っつーかなんでこんな壊れたヒトデナシを選んだんだよ紗々蘭ぁ、
……なのに強行に破談にできねぇのは、
こいつしかいねぇっていう頭や心より深ぇところでの確信。
並ぶ二人を見た瞬間消えうせた他の可能性。
……だが、だが、
やっぱり気にくわねぇー!!
【おまけのおまけ 在】
──ずっとずっと焦がれていた人が目の前にいる。
綺麗に武装してある指先を見ればあなたが独り身であることは明白で、
じゃあ自重の必要はないよね?
俺の巣においで先輩?
とろっとろに愛するから。
俺の腕に堕ちておいで。