未来の我が家にお邪魔します。前編
栄次君一人称。一万字弱。
【社交辞令は嫌いな人々】
我が家での両家の顔合わせを終え、一緒に晩御飯──母と兄は娘(妹)との料理にはしゃいでた──と大人組の酒盛りが行われ──意外と理事長は酒には強くなかった──玄関で可愛らしく辞去の挨拶をした紗々蘭さんが言った。
「今度は家にいらして下さいね」
そしてその言葉を社交辞令にしない為、母が言った。
「是非とも、今月の週末は我が家全員空いてるけれど……」
何時にする? と、首を傾げながら、それに対し理事長は、
「……できれば次の土曜に……日曜からまた出張なんだ」
と、眠たげな声で答える。晩御飯を食べながらの会話で知ったが理事長は国内外の支社に普通にだったり抜き打ちで訪問する為、年の三分の一ほど自宅を離れているそうでその間紗々蘭さんは使用人達とのお留守番……その健気さに両親と兄がキュンキュンしてたが、紗々蘭さんはキラキラと語ってた……みんなでご飯やお風呂やお泊りをすると……楽しそうだね。
まあ、そんなこんなで圓城寺邸訪問は次の土曜に決まった訳……家の両親も紗々蘭さん親子も即断即決だね。
【謎の『ヒロイン』さんと『歌姫』の謎】
そして今日は金曜日、我が家はみんな明日への期待と不安で浮き足だっている。
「……本当に手土産は不要で良いのかなぁ」
父が少し不安そうに呟く。あの後紗々蘭さんに電話で何が良い? って尋ねたところ、
「え、手ぶらで良いですよ? ご馳走いっぱい料理長達と作って待ってますから」
と、言われた。六崎に確認したところ、
「……基本的に家は手土産は貰っていない……少なくとも二回目の訪問からは誰も持って来ない」
とのこと、箱入りの紗々蘭さんは軽度の科学物質アレルギーらしい、大丈夫なのか!? と、問い詰めたところ、
「まあ、免疫が無いだけだ……ご当主は過保護だから……」
と、遠い目をしながら言った。理事長は愛娘の周囲を自社製品や自家製品で囲んでいるそう、…………お金持ちが過保護さを発揮するとそうなるんだ……。
「んー、とりあえずヴァイオリンを持って行けば? 父さんの演奏なら手土産には十分なるよ」
土曜の顔合わせ時に紗々蘭さんはヴァイオリンを習っているって言ってたし、
「ふう、手土産もそうだけど本当に平服で良いのかしら? あちらがいらっしゃった時にはきちんとした格好をしていらしてたし……」
そう、手土産についてと同時に服装についても聞いたら、
「んー、とりあえずそれなりに動ける格好の方が……家は無駄に広いですし」
と、言われた。……圓城寺邸の敷地は一応邸宅区分な家の八倍以上なんだ……凄いよね。その上学園や四季邸、その周囲の私道も元は圓城寺の物だった。ちなみにこれは以前学園史を調べた時に知った情報です。
「あー、圓城寺は元武家だから質実剛健な気質なんだよ。きっと、多分本当に動きやすい外出着で良いはず」
そう圓城寺は元武家、地形的に天然の要塞だったここら辺は元領地、六崎達『七席』は元家臣、なのでか紗々蘭さん達親子の佇まいはどこかキリッとしている。
「ふふふ、明日には『ヒロイン』と再会だー。へへ、楽しみー」
一人締まりの無い笑顔の光君はあの顔合わせの翌日運命的な出会いをし、さらに二度のエンカウント(『ヒロイン』さん目線では)をしたそう。そしてその『ヒロイン』さんは圓城寺のメイドさんらしい。
「そうね、ICカードを秘匿する悪行をしてまで関係を望んだ女の子だもんね。絶対逃がしちゃ駄目よ?」
光君は初遭遇時に『ヒロイン』さんが落としたICカードをシンデレラのガラスの靴のように大切に持っている。一見学生証に見えるそれは学生証には描かれている校章が無く、代わりに多分三十代の美人な男女の写真シールが貼ってあった。光君いわくこれは『ヒロイン』さんのご両親だ。とのこと、……光君も面食いだったんだね。
「……俺にもう一人妹が出来るんだね。楽しみだ」
嬉しいそうに言いながらも少し寂しそうなのは兄さん。兄さんにはまだ香奈子さんの預言した『運命の音の乙女』との出会いが訪れていない、でも俺達双子はちゃんと『運命』と出会えたんだ兄さんにももうすぐ訪れるだろう。
──正直香奈子さんが謎過ぎるけど。
【再会した妖精と禁忌の名前】
そして土曜日、今の時刻は午前十時少し前、天気は快晴、だけど秋らしい風が吹いて今日は過ごしやすい気温だ。
俺達家族は軽い朝食と着替えを済ませ──全員パンツにジャケットだ──圓城寺の用意してくれた迎えの車をリビングで待っている。行きは車で帰りは本当に作った──屋敷の住人だけで作っていた──直通門から帰る。そういう予定。
そして十時ぴったしにインターホンが鳴った。
そこできっと迎えだろうと家族全員で出た玄関で俺達家族は懐かしい人と再会した。
「あら!? 深子……久しぶりねぇ。……そう、あなた圓城寺の人間だったのね……」
玄関に立っていたダークスーツ姿の女性は香奈子さんの友人の深子さん。多分150cmも無い身長のアッシュブロンドに染めたベリーショートの妖精じみた美人だ。
「ああ、久しぶり。そ、私は圓城寺の使用人で、あの頃は香奈子の、今は紗々蘭の運転手だよ」
深子さんは香奈子さんの二度目のプラハ時代の同居人の一人だったが……そういえばものすごく運転が上手かった。
「そうなの……あー、そういえば佳奈とは? まだ付き合ってるの?」
佳奈さんとは香奈子さんの学生時代からの友人で同じく元同居人、そして深子さんの彼女だった。
「付き合ってはいない、結婚した。事実婚だけど一緒に住んでる。今は佳奈が単身赴任中だけど」
佳奈さんは父さんと同じヴァイオリニストで……確か今はオーストラリアの歌劇場勤めだったっけ、
「あら、それはおめでとう……ああ、確かもうすぐ佳奈は退団じゃ?」
「うん、嬉しい、紗々蘭も待ってるし、佳奈は師匠だから」
「あら、そう、ふふ、じゃあかなりの腕前なのかしら?」
「音楽の才能は母譲り、とだけ言っとく」
……それは控え目に考えてもコンクール優勝レベルじゃ……、って、あ、
「ねぇ、会話は車中でしよう。紗々蘭さんが待ってる」
そしてうっかり玄関先で話し込みそうになっていた俺達は急いで車──これも自社製品だ──に乗り込んだ。
「……ああ、これは言っとかないと、煉は圓城寺から存在を抹消されてるから、名前は出さないで」
出発して直ぐ、深子さんが面倒くさそうにどうしてもって感じで言った。
『煉』さん。彼もプラハ時代、香奈子さんの友人だった人──彼は二度とも香奈子さんの側にいた──深子さんの発言から考えるに彼も圓城寺の使用人だったらしい、って!?
「抹消!? って、この世から、じゃ、ない、よね……」
光君も俺と同じ想像をしたのか焦ったように尋ねる。先週俺が怯えたように圓城寺なら人一人軽く消せる。
「いや、そうしたいのはやまやまだったけど香奈子の頼みと紗々蘭の希望でとりあえずまだ生かしてる」
「何をしたんだい、煉君は」
余りに物騒な情報に父さんが厳しい顔で尋ねる。
「……したじゃなくてしなかった……職務不履行……六崎なのに護衛なのに警護対象を守らなかった」
守らなかった……つまり、
「……香奈子さんの死の原因になった事件の時に……」
「あれは、私情を優先、守らなかったばかりか結果的に香奈子を囮にした」
……それは……何てことを……、
「……よく、生きてるね」
少なくとも俺なら生かさない。最愛の死の原因ならば……いくら最愛の頼みでも……何時か責め苦の末に殺す……理事長もそうだろう。なのに生きてる。
「……あれにもまだ役に立つことがあるんだ……もちろん動向は監視中、今は国内にはいない」
そして深子さんはだから、と続けた。
「あれの名はタブー……特に司皇と六崎には、私も思い出したくも無い名だ」
俺達は頷いた。そして俺は、
復讐よりも優先される紗々蘭さんの希望について……例え逆鱗に触れようとも理事長に聞くことを決意した。
深子さんの忠告の後、静まりかえった車内、それを破ったのは圓城寺邸に入り停車した車を開けた家令の臣さんだった。
「いらっしゃいませ岸元様……おや? どうされましたか……お顔の色が……」
「ん、爺の愚息のことを話した」
愚息? つまり……、
「ああ、そうですね……皆様はあれと面識が……申し訳ありません、深子も頼んだと思いますがあれの存在は無いものと……なにぶん当主と私の孫達には感情を波立たせる名でございますので……」
「……ええと、彼はその息子さん……」
「ええ、私は子をもうけなかったので迎えた養子の一人で……元は甥でした」
つまり家令さんは、護衛の六崎か……はあ、今のうちにはっきりさせないといけないな、
「……でしたら、つまり、俺達の同級生の……」
「……孫息子達の戸籍上と血縁上の父、でした」
………………そっか。
「……ん? 孫達って楪も?」
「実害を被りましたから……姪だと言うことで今の今まで侍ることを許されませんでしたので」
深子さんがキョトンと聞く、楪さん? は家令さんの孫娘らしい……ええと、つまり六崎の従姉妹で義理の姉妹? もしくはさらに義理追加な従姉妹?
「……ああ、長話をし過ぎました。お嬢様が首を長くしてしまいますね……では皆様……車と馬車と徒歩どれになさいますか?」
圓城寺の闇──多分一端──を話し過ぎたと反省したのか家令さんがガラリとテンションを変え三択を提示した……ん? 馬車?
「え? 馬車、あるんですか?」
「うん、家には馬が半ダースいるよ」
相談の上徒歩を選んだ……まあ馬には触れ合いたかったけど。
【圓城寺邸の男女比率と年代の偏りについて】
「では皆様まずは右手をご覧下さい、あれは屋敷の人間の通称『本邸』正式には椿屋敷と言う築二百年を超える伝統的日本建築にございます。後ほど昼食を摂る会場となりますので今は外観だけでご容赦を……そしてそのまま左手をご覧下さい、あちらは屋敷の人間の通称『別邸』正式には紅薔薇館と言う築百年ほどの西洋建築でございます。こちらは特に貴重な美術品が多々あり、後ほどお嬢様が紹介と案内をなさいますので今は外観だけでご容赦下さい」
はい、現在家令さんと言うとても豪華なガイドに案内され圓城寺邸を散策中です。ちなみに紗々蘭さんは最奥の自宅──親子の家──で待っているそう、家令さんが連絡していた……ええと、
「あの、臣さん……ええと、圓城寺邸にはいくつの建物が?」
既に三つ出たね。
「ふむ? ……確か……ん? 小屋も入れると……十?」
だが俺の素朴な疑問に家令さんは考え込み、疑問形で隣を車でゆっくりと並走中の深子さんに確認する。え?
「んー、わからない。後で霜に聞こう」
「と、言う訳で……申し訳ありません、私の勉強不足で……」
「あ、いえ」
家令さんも把握して無いほど建物があるのか……圓城寺邸。
「本当に申し訳ありません……では進みましょうか」
その後、深子さんが車を入れたガレージ──多分十台は入る──や倉庫──見た目一軒家──や畑やビニールハウス──昼食の野菜は採れ立てだと言われた──そして厩と放牧地──馬が本当にいた。可愛かった──を歩きながら紹介され、思った。
「このお屋敷にお勤めしている人達は随分お若いんですね」
すれ違いながら挨拶してくれる人は二十代ほどの若い男性ばかり、四十代以上は臣さん、女性は深子さん以外見ていない、
「ええ、十……五六年前でしょうか、使用人のほとんどを一新しましたので、それ以前より勤めているのは私も含め両手で数えられるほどですね」
素朴な疑問その二は圓城寺の闇に触れてしまったらしい……地雷多いなこの家、
「じゃあ、女性の姿が見えないのは皆さん屋内にいるからかしら?」
「ううん、少ないから会わないだけ、今住んでるのは私と紗々蘭も含めて十一人、通いが確か……四人だね」
「ええ、全十五人ですね。ここで働いているのは十人ですが」
「……ちなみに住人プラス通いの方の累計は?」
「ふむ? 住人は五十人で通いが二十人ほどでしょうか、通いの半数は非常勤で常は他に勤めていますが」
……理事長が母さんに期待する訳だ、圓城寺は、
「とにかく女性不足な職場なんだよ」
深子さんのため息は深い。
【『ヒロイン』さんと謎の美人の正体】
家令さんの軽快なトークを聞きながら十数分ほど歩き、ようやく紗々蘭さんと一週間ぶりに再会しました! ……電話は毎日してたけどね。
「栄次さん! 父様、母様、兄様、光君お久しぶりです! ようこそいらっしゃいました。……門から歩いて来たのですよね? お疲れではありませんか?」
真っ白な頬を赤く染め、艶やかな黒髪と紅葉色のワンピースを翻しながら紗々蘭さんは駆け寄る……何この可愛い生き物!!
「久しぶり、紗々蘭さん会えて嬉しいよ」
喜びのまま微笑む、紗々蘭の背後に控える学友達や隣の深子さんが異様なものを見る目で凝視しているが気にしない、紗々蘭さん以上に重要なことは無いからね。そして婚約者(仮)にさらに声をかけようとしたが、
「久しぶり!! 紗々蘭ちゃん!!」
と、母さんが紗々蘭さんを抱き寄せたのを皮切りに家族が次々紗々蘭さんに、
「久しぶり、元気にしてた? 紗々蘭ちゃんは赤が良く似合うんだね」
「お姉ちゃん久しぶり、今日も綺麗でカッコイイね」
「久しぶりだね、紗々蘭ちゃん、父様もハグして良いかい?」
と、声をかけ続けたので飲み込んだ……そして父さんはハグを許された。うん、うらやましい、
「……あー、ようこそ……いや、たった一週間ぶり、だよな」
理事長は俺達のはしゃぎっぷりに若干引いてる。が、
「あら、司皇君、あなたは可愛い娘に一週間会わなかった時冷静なの?」
との母さんの言葉に納得した。
さて、皆さんはお忘れかも知れませんが俺は覚えています。理事長室の前の美人──年齢性別共に不詳な方、その人が今目の前にいます。……うん、皆さんって誰よ? ……まあそんなメタなことを思うほどびっくりした訳ですよ。だって、
「では私からご挨拶させていただきます……はじめまして、いえ、栄次様とは二度目ですねあの時はご挨拶せず申し訳ありません、私は紗々蘭付き使用人頭の六崎仄影、紗々蘭付き護衛頭でもあります、これからどうぞよろしくお願いします、そして私のことは仄とお呼び下さいませ」
再会を喜びあった後、紗々蘭さんに自分付きと上位の使用人達を紹介してもらうことになった。そこでまずは、と紹介されたのが仄さん──ちなみにこの発言で俺はこの美人が女性だとわかった。それは中二の冬に、
「ねぇ、六崎君のことツッキーって呼んで良い?」
との光君の頼み──光君は親しい男性は略して呼ぶ──に六崎が、
「いや、できれば史で、月は称号みたいなものだから」
と、常通り簡潔に答え、
「確か六崎家は男性の専属護衛に『月』を女性の専属護衛に『影』をつけて名乗るんだったな」
と、元治が補足したのを覚えていたから──ちなみにひー君で落ち着いた──ここまではそこまで驚いていない、だけど彼女に、
「ああ、それから栄次様と光三朗様には息子の史が友人としてお世話になっているようで……本当にありがとうございます」
と、一気に母親の顔になって言われたのには、
「「「「母親ー!?」」」」
と、岸元家男性陣揃ってのけ反るほど驚いた!! いや、だって、
「……二十代だと思ってた」
大学生の息子がいるようには一切見えません。
「仄は犯罪一歩手前で明を産みましたので……」
臣さんが複雑な表情で教えてくれた……例の禁忌の株がさらに下がった。
「仄は私の乳母でもあるのです」
うわー、と思っていると紗々蘭さんが嬉しそうに言う、その声音と表情で二人の間の深い信頼がわかった。
「うん、時間無いし続ける。次は私、さっき言ったけど紗々蘭の専属運転手の四倉深子」
深子さんが淡々と挨拶する。……いや、運転手だしそうだろうな、と思ってたけど、四倉……身長差……、
「では、次は自分達紗々蘭様の『七席』が……自分は六崎月史、紗々蘭様の護衛で『七席』のリーダーをしております」
うん、何時も通り、真面目過ぎてマイペースだね、六崎、
「そして、俺は四倉緑郎、将来紗々蘭様の運転手に……なれたら良いと思っている人間です。ちなみに深子とは父母を同じくする姉弟です」
身長差!! そしてなれたら良いって……ああ、深子さんの壁か……、
「わたくしは一戸今璃と、申します。紗々蘭様の秘書です。よろしくお願いしますね」
今璃ちゃんがキリッと挨拶後ニャハっと笑う、両親と兄がそのギャップに悶えてる……ええと、彼女のこれは計算だからね?
「自分は二条拓、将来紗々蘭様の住まう屋敷の保守管理を勤めます。よろしくお願いします」
焼けた肌と髪の闊達そうな美少年が続く、保守管理……ああ、あの、門を作った人達の見習いか。
「私は五藤伸喜、将来紗々蘭様の庭の庭師となります、よろしくお願いします」
メタルフレームの眼鏡の庭師というより植物学者が似合いそうな美少年がきっちりと頭を下げ挨拶。
「俺は七瀬クロエ、紗々蘭様の為だけに動く工作員だ、くノ一とかスパイみたいなもんだ」
ものすごく不満そうにクロエ嬢──見た目だけはビスクドール──が名乗る。ちなみにこの一週間の間に彼女? の仕事ぶりは見た。ハニートラップに初めて遭ったよ、面白かった。
「僕は三澤松太です。紗々蘭様の、専属料理人になります、よろしく、お願い、します」
多分、この屋敷で一番可愛らしい容姿の少年──彼もハニートラップの仕掛け人──が挨拶する……泣きながら、ええと、どうした?
けれど、圓城寺の方々は、
「自分は紗々蘭様付き護衛の、六崎月甲です」
と、挨拶を続ける。ええと放置が正解なの? そして美形ぞろいだな『七席』。
全七人らしい護衛の方々の挨拶が最後の一人となった、
「お初に、お目にかかります。私は紗々蘭様付き専属護衛の六崎楪影と申します。女人として紗々蘭様のお側に侍ることが多くありますが、私のことは影だと思い、捨て置いて下さいますよう、よろしくお願いします」
……わー、やっぱり彼女が『ヒロイン』さんだよね。光君が猛禽の目で見てるもんね。……彼女の方は三度のエンカウントをなかったことにする気だよね。……うん、光君は逃がす気無いね。
そして、その後家令さんを初めとした圓城寺の重鎮達──昼食準備中の料理長を除く──の挨拶が終わり、学園関係者達の挨拶──風紀委員とカウンセラーと診療所の三澤さん達──が終わったところで光君が動いた。
「ええと、楪さん、で良いんだよね? これ、更衣室に落としてたよ」
楪さんは紗々蘭さんと上司で義母の仄さんに洗いざらい話すことになった……光君容赦無いな、
俺の弟はチャラそうに見えるけど本質は野性的な勝負師です。
【理事長はやんでいます】
楪さんの事情聴取を終えた紗々蘭さんが解散を宣言したことで俺達家族と圓城寺親子だけが残りました。
「ふー、ええと、皆さん、温室と我が家、どちらでお茶にしますか?」
ニッコリと笑顔を作り紗々蘭さんが二択を提示する。ちなみにさっきまで光君に、
「私の大事な楪に手を出すなら、しっかりとした結果を出せや、後、楪がうぶだからって既成事実で流したりすんな、節度と誠意を持って口説けや」
的なことをお嬢様的婉曲さで宣告していた。うん、俺の婚約者(仮)は可愛いだけじゃなくとても格好良い女の子でした。
「そうねぇ、うふふ、紗々蘭ちゃんのお部屋がみたいからご自宅で」
三男の嫁(我が家では決定)も美少女だったことをとても喜んでいた母さんが紗々蘭さん家を選択した。基本的に家は母に決定権がある。……まあ重要なことは合議制ですが。
「……言っとくが紗々蘭の部屋は男子禁制だ……俺すら入れない、な」
たまに、理事長の圓城寺内での地位がわからなくなる……当主だよな?
そして案内──まあ直ぐ後ろの建物だった──された親子の家、そこは白い壁の箱型の平屋だった。
「どうぞ、狭い家ですがお入り下さい」
テンプレな言葉と共に招き入れてくれた室内はもちろん狭く無かった。豪邸でも無かったが親子二人暮らしなら広いぐらいだろう。広めの玄関ホールで靴を脱ぎ、上がった紗々蘭さん家はシンプルな作り、玄関ホールの三つのドアの左右が客用の洗面スペースと納戸、中央のドアがLDKに通じている。お邪魔したLDKは家と同じく暖炉とグランドピアノがあり、そしてその正面の暖炉の上に、
「香奈子さん……」
香奈子さんの写真が数枚と綺麗な壺、そしてダイヤの指輪と裸石が置いてあった。
「ああ、それは母の骨壺と結婚指輪と遺灰から作ったダイヤです」
……ああ、やはり例の……ん? 骨壺?
「司皇君? 埋葬は?」
「香奈子と離れて暮らすなんて堪えられん」
「それに加え墓荒らしが心配だとかで……」
墓荒し……ありえないと言い切れないのがきついけど、多分理由の多くは前者……だって、
「……ほんとは硝子の柩に入れて毎日眺めたかったのにな」
なんて言ってるからね。理事長。彼を薬で眠らせてる間に周囲の方々が全力で即火葬したんだって。
……皆さん……グッジョブ!




