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主の楽園 約束の地  作者: macchang
時代の終わり
8/23

再会は早くに

更新頑張れ自分

ハジメが目覚めてから5日経ち、衰弱していた身体は活力を取り戻していた。

それでも外出時はアレサが必ず付き添った。

肩を貸すというより、腕にしがみつき決して離さないように。

彼女なりの感情の発露だ。

廃嫡された家に生まれ、家名を失いながらも精神は貴族であれと教育を受けた。

そうして常に誰かの為に生きて来た。

早いうちからギルドに所属し、畑を荒らす害獣を狩ったり、魔獣の生息地で薬草を採取する事から始めた。

誰かの役に立っていると実感するのが目的だ。刹那的だがそこに充実した時間があった。

そんな時にハジメと出会ったのだ。

同い年であり、ながらギルドに依頼をだす行動力と財力。

彼の持つ社会への影響力が大きく感じられ、自分との違いに嫉妬を覚えた。

ハジメの依頼は、基本的に彼の作った魔道具の試験だ。

魔法の付与された道具の製造。誰も成しえなかった事をする人間の存在。

彼の作る道具は生活に密着した物が多かった。

些細な魔法だが、使える事で生活の向上が図れる。

初歩的なものであるが癒しの魔法を付与された道具を見せられた時に感じた無力感は今でも覚えている。

彼の才能は確実に世の中を変えるものだ。

一方で嫉妬の対象であった彼も、何かに追われるように新技術の開発を急いでいた。

そこに共感し親近感を覚えていたのもまた事実だ。

勇者として力を得て活動を始めた時も彼は関心を持たずひたすらに技術の向上に努めていた。

周りからの対応が変わる中、ハジメだけが何も変わらず接してくれていた。

成果を上げて称えられる一方で、政治的な側面から自分を貶めようとする者も現れた。

唯、他人の役に立ちたい、助けになりたいというだけで、生きていくのが難しいと感じる時、

変わらず新しい魔道具の試験という依頼でコキ使われた。

気付けばそれは心地よい関係だった。

政治的に利用されることの無い、ただ世の生活が少し良くなるための仕事。

そこは逃げ場所であり、自分を見つめ直す場所でもあった。

居心地の良い空間である依頼を受けた後だ

試験したのは水の魔道具。微量ながら魔力を生み出し蓄積し、それを基に付与された魔法を発動させる。

ハジメの作る魔道具のオーソドックスな形式のものだ。

その効果は、衣服と身体の洗浄、及び乾燥。

特に苦労もなく試験が終わった時に彼が言った

「女性の戦士からの要望で作ったんだ。持って帰るだろ?」

いつも試験後、気に入った物は追加報酬として貰っていくことがあった。

男女の意識が無い頃から依頼を受け、勇者になってからも変わらずにいると思っていた。

勇者になって態度が変わる人が居る中、変わらない事が嬉しかった。

そう思っていた。

その時、ふと気付いたのだ

変わらず、女性として見られていた。

顔が熱くなった。

帰ってからもその事が頭から離れなかった。

過去の自分は彼にどう接してきたか、どう見えたのか

気になって仕方がなかった。

そして自分を女性として見てくれていた事からの期待がとめどなくあふれていた。

考えだすと止まらない、今まで興味の無かった周囲の色恋話につい耳が向く。

自分が仕事を辞めても養ってくれる男が良いという意見は多く、

その度に彼が連想された。

商家の跡取りで、魔道具の生産で既に人財産築いている。

話で彼の名を聞くこともあった。

そんな時は言葉にできない複雑な感情が心に渦巻いていた。

彼の活躍に対する嫉妬に似た感情、しかしそれよりも暗く粘度の高いものが。

そんな風に、彼に関する時だけ、彼の前でだけアレサは女性となった。

ちょっとした気遣いや、体調の変化に気づいてくれた時は、まるで自分のすべてをわかってくれたかのように、盲目的に惹かれていた。

ハジメが学園を卒業し、故郷へ帰るという噂を聞いた時に、アレサは感情の制御を失った。

少ないが勇者として持ち得る権限を使い、専属の道具製造の職人として囲い込もうとした。

その過程で、最初は彼が如何に優秀で魅力的な能力を持っているかの話から、

自分にとって彼が如何に魅力的かという話に移行し、気付かずに思いのたけを告白していた。

その頃の彼は何かに追われるような切羽詰まった空気を纏っておらず、どこか余裕を感じる振る舞いをしていた。

そして専属の職人になって欲しいという話に応じてくれた。

「今後の身の振り方を考えていたんだ、誘いは素直に嬉しいよ。勇者の専属とは光栄な話だよ。」

自分が何を言ったか自覚し、羞恥に固まったアレサの状況を察したとぼける様な返事は、

その時は満足のいくものだった。

こうして幸せな生活が始まるかと思っていたが、世界は試練を与えてくれた。

魔王カリアス討伐の計画が一族から持ち上がったのだ。

現存する魔王の中で最大の力と支配領域を持つ魔王。

勇者一人ではまともに戦う事すら叶わないとされる相手だ。

勇者を要する国々の連合と、当代勇者とアレサによりそれを成そうという作戦。

細かい計画はいろいろあったが、最終的には連合軍による多面作戦に、アレサによる奇襲、

それに続く当代勇者ジョイスによる侵攻作戦だ。

当代勇者であるジョイスは勇者としての能力はアレサより多く発現しており、戦闘経験も豊富、その実力はアレサでは足元にも及ばない存在だ。

彼が万全の状態で挑めばカリアスといえどあるいはと誰しもが思っている。

そこへアレサの奇襲により、相手の陣容を乱し弱らせ、確実なとどめをジョイスにさしてもらおうという。

表はそういう作戦だ。

実際は連合軍に参加する国同士の政治的戦いと、権威の分散を恐れた勇者派閥の下位に位置する貴族たちのアレサを円満に排除するための作戦である。

そこに来て気付いた事があった。

そういった政治的なやっかみを、勇者ジョイスにアイテムを献上することでハジメが防いでくれていた事だ。

おそらくが思いを告げる前から

それは悟られない程、自然に、効果的に行われて来た。

そして、その影響で自分が居なくなってもハジメの身分が保証される事に繋がる。

そして魔王を討伐出来れば、その功績により勇者派閥の貴族になることも可能となるほどに。

「勇者なんかやめて、ウチに来ないか?貴族様程じゃあないがそれなりに豊かな生活は保障するよ。」

「期待通りのお誘いありがと。」

命を懸けてみたくなった。

追われるように、誰かの為になろうと思い詰めていた。

とうとうここで追いついた気分だった。

これが終わったら自分の為に生きよう。むしろ自分の為に魔王討伐に参加しよう。

先の事はきっとハジメが考えている。

友人たちも助けてくれるだろう。

敵ばかりの世の中では無い。能動的に他人に甘えてみよう。

勇者や貴族にふさわしくない人間になるだろうか。

それも良いと思えた。五体満足でなくとも生きて帰って来れればきっと彼は喜んでくれる。

皆、何もできなくなった自分でも受け入れてくれるだろう。

そして、甘えても良いと考えている自分がいる事に、自身の変化を感じる。


討伐に参加を決めたことを告げると

ハジメは工房と書房に籠る事が多くなった。

数日おきに新しいアイテム、勇者専用の装備品を完成させていた。

更に、いつの間にか作戦にも口を挟み、必要な道具を製造していた。

その姿は以前の追いつめられた姿だ。

守護の効果が付与された各種防具、勇者の浄化の力を増幅する剣。

そしてそれらを改良した品を勇者ジョイスにも渡す。

滞りなく準備は進んでいく。

先の無いかもしれない、大切な時間のハズなのに恋人に会えない事が苦にならない。

自分が戻れないという気がしない

何とかなる気がしている。してくれる気がしている

依存の心を大きく育てながら決戦の日は迫る。

言われるままに首飾りを受け取り戦地へ赴く

「無事に帰ることを祈っているから、安心して行ってこい。」

言われるままに笑顔を返して街を出る。

周りの事は見えていない

見る必要も無い。目も心も前だけを向いていた。


作戦が始まり、転移魔法で魔王の居城へ飛ぶ。ともに来る人員は仲間ではない。

もしアレサが魔王を倒した時に、そのアレサを亡き者とするための存在が混じっている。

居城に魔物はいない。敵は魔王唯一人。味方も自分一人。しかしこの場に居ない人が支えてくれるのを感じている。

良くない想像が浮かんでこない

対峙した魔王の姿は一見小柄な人にも見えた。

しかし纏ったローブの下の肌に皮膚と呼べるものが無く剥き出しの筋肉に所々を骨の様な外装が覆っていた。

その膂力はすさまじく同行してきた者達を一撃で戦闘不能にしてしまう。

しかし、ハジメの作った防護の魔法が付与された鎧はその一撃を軽減し、アレサは少し強引な攻撃を繰り出す事でカリアスに傷を与えていく。

人型の姿に傷が増えて来たところで、カリアスが変身する。

剥き出しの筋肉はそのままに人型から巨大な四つ足の獣の姿へ

牛の様な姿だが前足の付け根から太い腕が生えた異形である。

猛牛よろしく角を構え突撃してくるカリアス。

突撃と同時に二本の太い腕がそれぞれ殴り、掴み、払い、時に地を叩き突撃の動きを補佐する。

さらに、その走路は床だけにとどまらず、何もない虚空を踏み鳴らし空中を駆けて、変則的な角度の突撃を敢行する。

死角に入った思えば色とりどりの魔法の槍が召喚されこちらを狙ってくる。

それらを掻い潜り、攻撃を加えていく。

簡単ではない。軽減されたはずの攻撃でもかすっただけで鎧は削られ、衝撃は体内にタメージを蓄積させていく。

カリアスの持つ属性の影響もあるだろう。

崩壊と呼ばれる未解明の属性。防護魔法が無ければ触れただけで装備や体が塵となり崩れていく。

もう何度か攻撃が掠るか、受け流せば鎧や具足は塵となるだろう。

やがてカリアスが大きな魔術構成を展開し始める。

回避し続けるこちらを広範囲を攻撃することで対応しようというわけだ。

「この時に使えって事よね」

事前にハジメに聞かされていた事。

カリアスの行動パターンについての知識。何故彼が詳しく知っているのかはアレサ以外の人間が聞いたら疑問を抱くところだが、彼女はすんなりと受け入れた。

彼の言う通りの展開が続いている。

そしてこの魔法攻撃。この瞬間に使うようにと渡されたアイテムがある。

歪な金属片にしか見えないそれを魔力を込めた指で撫でる。

ドクンと脈打つとそれは引き寄せられるように様にカリアスの展開する魔法へ飛び込んでいく。

そして魔法が発動する。


ハジメの渡した魔道具。その効果は発動する魔法の暴走と魔法の使用者の体内の魔力の変質だ。

そして魔力的に繋がりのある存在へその効果は波及する。

つまり魔法の発動者が事前に召喚魔法を使って居た場合、召喚されていた者も同じ現象に襲われ

術者共々肉体が崩壊する。

ただし、この道具の発動には問題がある。

術者の魔力が高くないと効果が現れない事だ。

この世界で効果が表れるのはカリアスだけだろう。彼以外の若い魔王や教会の信仰する神族ですら、魔力不足で発動しないような代物である。

その効果は魔王種という種族故に効果が大きい。

彼の生み出した魔物全てが、カリアスの魔力変質に影響を受け肉体を崩壊させる。

前世の知識を持ち、この世界の魔法と自然の法則を知るハジメだけが作り得た切り札である。


暴走した魔法が周囲に破壊をもたらし、アレサもそれに巻き込まれる。

辛うじて立ち上がるも今にも倒れそうな程に深刻なダメージを追っている。

視界には瓦礫の中にあるカリアスの姿。

最初の人型だが、下半身は消失し、残っている上半身も胸元が大きく抉られ、ゆっくりと身体が塵となり崩れて行っている。

抉れた胸の傷の中に赤い宝石の様な物があり、それが脈っている。

一目で急所とわかる。

わずかに残った力を振り絞りとどめを刺さんと歩を進める。

途中、魔王の視線が此方を向いた瞬間、胸で何かが弾けた。

鎧に組み込まれた術式が壊れたようだ。防護とは違う用途の解らなかった術式。

「祝福を代わりに受け取ったの?」

確信は無いがそうだと感じた。

この戦いに至るまで、そしてこの状態に至るまで何度彼に救われたのかと考える。

おそらく自分には解らないところで何度も助けてくれていたのだろう。

感謝と自分が彼に釣り合う女か不安に思う気持ちがせめぎ合う。

そんな内心とは別に剥き出しの急所と思われる宝石に剣を振り下ろす。

その瞬間腕に違和感を覚え、剣筋が乱れる。

完全に断ち切るはずが、途中で剣先が床を叩いた。

違和感の正体は腕に巻き付いた触手。

グレナと呼ばれるローパー種が発生していた。

振り払うように剣を振れば、素早く回避し、使い物にならくなった左腕に触手を絡ませる。

激痛と共に虚脱感が全身を襲う。

ローパーの中には生命力魔力を吸収してくれ物がいる。例にもれずこのグレナも自分の魔力と体力を吸収したのだろう。

張りつめていた精神が一気に緩んでいくのを感じる。

必死に振り払い仕留めようとするが、身体が上手く動かず刃が当たることは無かった。

しかし、視界の隅に体の崩壊が加速した魔王の姿を見据え、先ほどの不完全な一撃でも致命傷たり得たと確信を得たことで、気のゆるみはさらに進み、ついには意識を手放した。

抱きしめられ打ような感覚と共に気を失い、目覚めた時アレサは驚愕した。

いつの間にか前線ですらない町の教会に居り、そこには恋人の姿もあった。

その恋人は酷くやつれており、アレサが目覚めたのを確認するとそのまま倒れてしまった。

その後、ハジメが彼女が出立してから何をしていたのか教会の人間に教えられ、彼女は放心してしまった。


サボるとダメだな

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