勇者を待つ者
体調を崩す
ド〇クエ方式を採用しているので各章の主役のセリフは極端に少なくなっております
男が教会の一室に籠って2週間程になる。
その間、一時も男は祈りと呪文を唱えるのを止めていない。
清めと活力の魔法陣の上に立ち、両手は印を組み、目を閉じて一心に唱えている。
その魔法の効果は転移。
対象が死に直面した時に、即座に転移し危機を回避する。
術者が呪文を唱え、祈り続ける限り、例え対象となる者が、巨竜の炎で消し炭になろうと死んだ事実を回避し転移させる
そういった魔法である。
事実を置き換える非常に効果の高い魔法だが、制限も強い。
かける時に対象に触れていなければならない。
そして効果時間は祈り、呪文が唱え続けられている間のみである。
少しでも雑念が混じり、祈りが途切れても、呪文を間違えてもその効果は失われる。
故に、男は絶食と不眠のまま呪文を唱え立ち続けている。
彼が魔法をかけたのは、今現在、魔王を討伐にその領域へ足を踏み入れた勇者その人だ。
勇者一行が旅立つ直前に、勇者が一人彼を訪ねそれから祈り続けている。
時折、様子を見に神父と修道女が代わる代わる部屋を訪れ、組まれた印の間から光が失われていないことを観て、溜息混じりに出ていく。
ひたすら詠唱を続けるこの魔法は消耗が激しく、長くても3日が限度である。
それを補助する魔法陣で体を無理矢理動かし、もう2週間も効果を継続している。
教会の古い伝承でも高僧が1週間唱え続け、勇者を救った後に力尽きたという伝承があるが、そんなレベルは通り越している。
その執念に誰も口を挟めずにいる。
今回の魔王討伐は特別である
討伐対象は瘴気の魔王カリアス
現在その存在が確認できる魔王の中でも、正確な記録が残っているものの中では最古の魔王であり、
古い魔王でありながらもその戦闘力は未知数である。
その理由は彼が自らの結界から外に出る事が無かったためだ。
彼の結界が張られ、領域を孕んだ森は、記録上は魔獣が生息しているという記述しかない場所だった。
ある時、その森から一人の魔族が現れた。その魔族は単身で近隣の国を焼き滅ぼし、当時人類と戦争中だった別の魔王を打ち滅ぼし成り代わって人類に攻勢を布いた。
そして神族と天使たちを天上へ追いやると地上に魔界をもたらした。
その魔族の生みの親にして主こそカリアスである。
その後、神の祝福を受けた勇者が世界に光を取り戻すが、その後もカリアスによって生み出された魔族によって世界は何度となく危機に陥っている。
また歴史上、カリアスの出現以後、神族と人類が破れ地上に魔界が顕現したのはカリアスの生み出した魔族によるもである。
だが、魔王本人が現れる事は決して無かったのである。
分かっているのは名前と純正の魔王種ということ。
特定の領域内の魔族、魔獣を従え、まさに魔に連なる者達の王としての「魔王」というものではなく。
魔族、魔獣が生まれ育まれる環境を生み出す能力を持ち、自らも成長しながら強大になっていく、生きていくだけで領域と配下が生まれていく、王たる種族。
単身で人類の文明を滅ぼすことも可能な配下を生み出す存在。
それがカリアスという魔王だ。
彼の住まう結界の内部は人類や神族に有毒な瘴気満たされた状態であり、結界を見つけたものの内部の調査は長らく進まなかった。
それが今回、結界内の何処にいるかおおよその場所を突き止め、討伐に乗り出すことになったのである。
この教会のある村から何事も無ければ馬車で3日ほどの場所に、討伐の為の前線基地がある。
そこから森に入り二日ほどでカリアスの結界に入る。
国軍と傭兵団の連合が立てた作戦は至極単純
森を焼きながら連合軍で結界まで進軍し、結界内まで入り込んだところで早急に少数精鋭を転移魔法で魔王の居城まで送り込む。
結界内は瘴気に満ちているため、内部にいるだけで魔王に連なる者以外の身体が蝕まれる
それゆえの早期決着を狙った策である。
いかに結界の境界部分に内部の魔王配下を引き付けるか、送り込む勇者達精鋭を温存できるか、その2点尽きる話だ。
まず連合分が複数に別れ、それでも百人隊の大所帯だが、同時に複数個所から結界に入り魔物立を引き寄せ
ると同時に内部の状況を探る。
そして後詰の部隊が転移を行いそのまま前線に参加
国単位での大規模な補給線と人工が可能とした、まさに人類対魔王の一大決戦となるわけだ。
前線基地からの連絡によると3日ほど前に作戦が開始され勇者たちは戦闘を開始している。
彼の祈りが継続しているという事は勇者の生存を意味する。
それを確認する意味でも教会の関係者は彼の様子を見に来ている側面もある。
今日も修道女が様子見ては部屋を出た。
今回の討伐作戦は時間がかからず結果が出るはずである。
そろそろ彼の様子に変化がでてもおかしくは無いのだ。
ドアを閉める際に、微動だにせぬ彼、ハジメ・トヤマの背中が見える。
彼の経歴について修道女は詳しく教えられてはいない。神父たちもどこまで知っているのかわからない。
ただ優秀な魔法学者であり、魔道具の作成や錬金術の分野で名を挙げている人物という事だ。
なんでも異世界の知識を何らかの手段で得ることで新たな術式を構築したのだとか。
直接戦闘においては無力だが、後方支援や道具の作成で長らく勇者一行を支援してきた功労者であり、
勇者本人とも、個人的に長く親しい間柄なのだそうだ。
結界内で使う転移魔法も彼の作った魔道具があってこそ使用が可能なものらしく、陰の立役者ともいえる。
しかしその経歴や知識の元が不明瞭な為、怪しまれる事もある人物だ。
今回の作戦の主役である勇者についても不明な点はある。
通常勇者と言われるのは、過去に神の祝福を得て魔族と戦った一族の子孫、その中で先祖の力を宿して生まれた子息の事だ。
勇者の血統は世界中に少なからず居るが、力に目覚めているのはその中でも一握りだ。
多くは生まれた時点で力を宿しており、国内で重用される。
また成長過程で力に目覚めた場合も、そこから人生は約束される。
例え生涯力に目覚める事は無くとも、子息が力を宿す事があるので一定の地位は保証される。
また勇者の血統は魔力への適性が高いものが多く、それだけで名をあげる事も出来る。
しかし、現在前線に居るのは過去に血縁はあったが、現在は途絶えていた勇者の家系の者だ。
それも近年に突然能力に目覚めて頭角を現した。
本来、王国から別の勇者が魔王討伐に送られる予定であったが、それを差し置いて今回の作戦に抜擢された人物である。
今回の作戦は捨て石で、失敗した後、本来の勇者と王国の総力を挙げた部隊作戦が計画されているという噂もある。
今回投入されている部隊が王国の鼻つまみ者と犯罪者の寄せ集めと傭兵の混成軍というのが噂に拍車をかけている。
「でも、あの信仰と祈りは本物よね」
修道女から観ても彼の行使している神聖魔法は目を見張るものがある。
「悪い人間じゃないのは確かだぞ。だから部屋も提供している。」
独り言に返事が返って来た
「あまり邪魔してやるなよ?」
「神父様!」
「いろいろ詮索したく気持ちはわかるがな、そういうのは事が終わってからにしてやれ。」
上司である神父の訳知り顔に、修道女は言葉を飲み込んだ。
神官戦士として前線に立つこともある故に若いながら魔王の結界に近い教会を任される上司は勇者一行とは交流があるようだ。
その言葉に従い、事が済んだら質問攻めにしてやろうと決意した所で
部屋の中からガラスの割れる様な音が響いて来た。
突然の轟音に身体を一瞬強張らせた後、見開いた視線が上司の神父の驚き顔と合う。
一拍置いて、神父がドアを開けて中へ駆け込む。
それ続き部屋へ入ると、先ほどまでと人口密度が明らかに違う
祈る男の周りに6人、
傷だらけで、装備もボロボロの状態で倒れている。
「やりやがった!!!」
聖職者らしくない言葉遣いが神父から洩れる。
それは術を行使したハジメへの言葉か、魔王の結界から生還した勇者へ向けた言葉か。
「ハジメ!どうだ?」
続く言葉に答えるように祈っていた男が目と口を開く。
「・・・・・・・っ」
何かを言いかけてそのまま糸切れたように膝から崩れるのを神父が支える。
言葉は聞き取れなかったが、その表情からそれが悪い報せでないと修道女は理解した
そのまま上司の指示を待たず施療所の空きを確認に部屋を出る。
努めて冷静に
彼の術式の発動は勇者の魔王討伐が終わったことを意味する。
その成否は先ほどの表情から見て取れた
誰しも叫び、踊り出したい気持ちになるであろう。
沸いてくる感情を押し殺しながら歩を進める。
この後、自分の上司が前線に連絡をして、そこから一気に広まっていくだろう。
しかし気を抜くにはまだ早い。ハジメの使用した術は消耗が激しい。
伝承にある様に彼が息絶えてしまったら締まらない。
先程の様子から、衰弱はしているがきちんと手当すれば彼も命にかかわることは無いだろう
そこは後方支援、つまり教会の領分。自分たちの戦いはまだ終わっていないのだ
ベッドを用意し、患者を運び込んだ後、治療を施す
勇者一行は意思を失っていたが、意外な事に一番衰弱していたはずのハジメは全員の治療が終わるまで意識を保っていた。
何が彼をそこまでさせるのか、理由は治療を受ける勇者を見つめる顔に現れていた
そもそも勇者が女性という事すら一般には知らされていなかった。
個人的な交流とは聞いていたが随分深い関係の様だった。
治療中にうわごとで勇者ハジメの名を漏らすものだからその事に気付かぬものはその場には居なかったろう。
しかし、それでも2週間術を維持し続けたのは偉業である。
愛のなせる事で済ませられる水準ではない。
回復術を受け、ゆっくりと呼吸する寝顔を見て安どの表情で意識を手放した姿に、多くは祝福を
一部強い嫉妬の感情をもって作戦を終える
こうして世界から強大な魔王による脅威が一つ取り除かれたのだ。
二人の未来は明るいもののはずだと誰しもが信じて疑わなかった。
熱が下がらない。
前書きの内容、半分は嘘です