主様負けちゃいました
偉大なる勇者が強大な魔王を打倒した
人には不幸にも、本人にとっては幸いにも死に損なった魔王は新たな生き方を思案する
身体が崩れ落ちていく
無敵と謳われ、数多の敵を屠り去って来た肉体が土塊のように朽ちていく。
身体の内側、力の源が侵されているのだ。
目の前の男が剣を掲げる。
私と同様男も満身創痍だ。
館を訪れた時には真新しいかのような美しさを誇った神聖な光をまとう全身鎧も、今や剣を持つ手の小手が辛うじて原型をとどめて居るだけ。
下に着込んだ防刃服も今やその機能を失っている
と言っても、こちらも物理的な攻撃を出来るほどの力は残していない。
足が崩れ腰が床に落ちる
その衝撃で腰も比喩でなく砕け散った
幸い、うつ伏せには取れなかったので、元は下半身だった土塊に寄りかかるような姿勢で、相手を見上げることが出来た。
勇者と呼ばれる人間。
こちらは魔王、時には邪神とも言われる存在。
勇者からすれば自分を打倒する事が自分の存在意義なのだろう。
勇者を慕い、又は信望する仲間と共に人には到達困難な場所にある我が館へ赴き、
こうして自分を倒しつつある。
辛うじて二本の足で達その後ろにはその仲間たちが意識を失い倒れている
生死までは分からないが、皆、勇者の為に命を懸ける覚悟をもっているのだろう。
実際、今自分がここまで追いつめられているのは、自分にわざと吸収され、内部から自らの魔力と生命を解放し、吸収した自分事崩壊させようとした、勇者の仲間によるものだ。
それまではこちらが優勢に戦っていたのだ
勇者以外を打倒し、二度と歯向かうことの無いように、見せしめとして仲間の一人を、その魂と魔力を吸収した。
しかし、その魂は最後の抵抗を見せ、身体が崩壊を始めた
ならばせめて勇者も道連れにと攻勢に出るも力及ばず。
勇者一行の、魂でつながる絆の前にこうして敗れ去ろうとしている。
勇者は掲げた剣を振り下ろさない。
先ほど、足が崩壊する前の自分の攻撃を受け、もう彼奴も限界なのだ。
今腕を降ろせば、もう上げることは出来ない。
目に力を込める。
自分が放つ最後の魔法だ
対象に死の呪をかける。
実際には、自分の同族に守護の祝福をかけるのと同じ事をしているのだが、人類やそれに近い亜人属には死の呪となる。
残った搾りかすの魔力と自分の生命力を合わせて放つ呪
これで勇者が死んでも、間もなく自分も死を迎えるだろう。
そういう攻撃だ。
放つと同時に顔の半分が崩れた。
狭くなった視界に、勇者の胸で何かが弾けるのを見た。
どうやら別の祝福を受けたお守りを持っていたようだ。呪は打ち消された。
本当にこれで最後だ
身体が崩れ落ちていき、自分の心臓部とも言える核がいよいよ剥き出しになる
勇者の剣の間合いまであと5歩といったところか
そこまで足を進め、奴が核に剣を振り下ろせば自分は完全に消滅する。
そうでなくても、身体の崩壊が終われば次は核が崩壊し、やはり消える。
一歩足を進める
思えば魔王と呼ばれる存在に生まれて長い時が流れたと思う。
しかし長いのは生きた時間だけ、特に波乱満ちた生き方をしてきたわけでもない
魔王と呼ばれるのも、人類がそう呼ぶだけであって、魔物、魔獣、魔族そういった種族を統べる存在というわけでは無い。
世界に満ちる各種、特性を持つ晶気と呼ばれるもの
時に魔法を行使する原料となり、時に精霊の命の核となる物理法則から隔絶された法則によって世界に干渉するもの
植物が多くの生命の呼吸の基になる空気を生み出すように、自分も晶気を生み出す生物というだけだ
長耳族の信仰対象となる世界樹や大陸の地下で大地を支えながら眠る大蛇等、自ら晶気を生み出す存在は稀有だが存在しその力は必然的に強大なものとなる。
世界樹は水、大蛇は土を司り、その特性をもつ晶気を生み出す
自分は晶気を生み出すことが出来ただけの唯の亜人だった。
勇者2歩目を踏み出す
俯いた顔からは表情は伺えない。半壊した兜と前髪が顔を隠している
晶気を生み出す事が出来るもの。
その特徴は不老と自己進化能力に尽きる。
死なないわけでは無いが、老化に寿命は存在しない。自ら生み出す気を利用し環境に合わせ身体を作り変えていく。なのでどの種族に生まれたかは関係無い。
自分は小さな妖精族として生まれた。
最初は生み出す晶気も少なく、自分がどういう存在かまるで気付いていなかった。
家族や同族の仲間たちと平穏で静かな暮らしをしていた。
本当にそれだけだ
大人になり、家庭を持ち、
妖精族の見た目は人間基準だと寿命が近くなるまで若いままだ。
変わらない生活、自分が不老であるなど気付く前に周囲に異変が起き出した。
住んで居た村の周囲に魔獣が現れ増えだしたのだ
しかし、これも珍しくない
城塞や結界で守られた、それなりの規模の都市でない辺境の村ではありがちな話だ。
魔獣を撃退するか、村を捨て別の土地へ移り住むか
村は後者を選び少し離れた同族の村へ移民した
その魔物が自分の生み出した晶気から発生したものとも気付かずに
結果、移民先にも魔獣は現れ、今度は城塞都市へ救援を求めた。
その頃から自分の平穏な暮らしは失われていったのだろう
3歩目
苦し気な勇者の息遣い
少し喉に何か絡むような咳をして、血の混じった反吐を吐く
もうじき使命を終えて、英雄として明るい人生を送るのだ。今のうちに苦しめと思う。
救援が来るまでの間、急遽作られた前線基地としての小屋
そこで見張りをする事になり、村から少し離れた場所で暮らすようになった
魔獣は自分のいる小屋の周りを日夜徘徊し、何も知らない自分は必死に恐怖を押し殺していた。
その間、村に魔獣が姿を見せる事は無く
そして都市から救援が到着。
その中にいた神官戦士によってようやく自分が晶気を生み出しており、その濃度が濃くなった為に魔獣が発生していると発覚したのだった。
4歩目
勇者の掲げた剣がその輝きを増す
自分が晶気を生むと判った時に向けられた刃にも同じ光が宿っていた
4元素や光闇といった元素的属性や
生命や物質を司る晶気を生み出すのなら、その者は巫女や神官、または術者として大成することが約束される。
しかし、自分が生み出すのは魔獣を生み、魔族に力を与えるものであった。
幸いだったのは妻と子が都市に避難していた事だ。
このまま姿を消して、二度と人前に出ないのであれば魔獣に喰われて死んだ事にして見逃すと言われ、
苦渋ではあったが承諾した。
下手に反抗したり、後々様子を見に現れれば、魔獣がそれに付き従いたちまち自分は討伐対象だ。
そこから一人で生きて来た
5歩目
それからは早い
魔獣は自分に付き従い、時がたつ内に意思疎通ができるようになり、生み出す晶気も増え、やがて魔族が現れ自分を王として世話を焼くようになった。
今いる館もそんな魔族たちが造ったものだ。
自分の近くにいるだけで魔獣は増え、魔族は力を増し、時に傷ついたものは傷を癒した。
御蔭で孤独を味わう事だけは無かった。
そしてそれが救いだった。人の来ない辺境で、せめて彼らが付き従うに相応しい存在に姿だけでもなろうと
思い、自己進化能力はその願いを長い時をかけて叶えた。
気付けば自分の生み出す晶気が広い範囲を満たし、魔界の景色を作っていた。
自分から人類へ何かしたわけでは無い
ただ、自分が生んだ魔獣や魔族がその活動範囲を広げ人の居住地域へを至ったが故に
勇者が魔王討伐として送り込まれた。
そして勇者の剣は今、自分の命に振り下ろされる。
自分の晶気を生み出す核であり心臓ともいえる結晶を半分と少し切り裂きその切っ先は床に刺さる。
核は両断されず、大きく力を減衰させつつも消失することは無かった。
勇者がその傷と疲労から間合いを違えたのかと思ったが違った。
勇者の剣を持たない、いや持てないほどに変形したもう片方の腕に一本の触手が巻きついていた。
細く弱々しい触手。その根元にはその脆弱さが見て取れる肉塊がついていた。
不意の妨害に間合いと狂わされた勇者すぐに妨害者へと向き直り、その姿を確認するや否や横薙ぎに切りつける
巻きついていた触手を切り裂き、根本の肉塊へ切りかかろうとしたところ膝をついた。
触手の生えた肉塊、グレナと呼ばれる魔物である
成体の見た目は個体差があるが陸生のイソギンチャクと言える生態をしており、
ローパーと呼ばれる類の種族である
発生源は減衰したとは言え濃い晶気に満たされた館で今さっき生まれたばかりの個体だろう。
本能的に魔王である人を守ろうと、勇者に絡んだのだろう。
そして、その種族の特性が今の勇者には非常に有り難くないものであった。
それは吸収能力、触れた対象の生命力、魔力、その他様々な能力を吸収し自らのものにする力である。
生まれたばかりの幼体とはいえ、弱ったところに傷口から直接吸収されては、今の状態の勇者には抗う術は無く
触手を切り払った一振りが最後の力となった
「・・・・・・・・・・」
力尽き、膝をついた勇者が何事か呟く
するとその身体は光に包まれ、次の瞬間には消失していた
倒れていた勇者の仲間たちも一緒に姿を消している
おそらく帰還用の転移魔法だろう
とどめを刺すには至らなかったが、魔王である自分の討伐は成功だ
半分以上切り裂かれた核は、無傷な部分を残して光の粒子となって飛び去り消失。
残った核からは、生まれた間もない頃よりも弱い力しか放たず、それも失われつつある
ここに勇者一行の魔王討伐は成功を収めたのである
やがて意識は暗闇に消えた
クリスマスじゃないか