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アルケミストの恋愛事情  作者: ねんねこ
1話 夏の海と真珠と魚
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05.無銘の錬金術師と元・王属騎士

 仕切り直すように、メイヴィスは視線をさ迷わせる。何か良い感じの話題は――


「お前は普段、何をしているんだ?」


 先手を打たれた。アロイスの視線は海に釘付けだが、質問の意図が上手く頭に伝達されない。普段?普段って何だ。

 混乱している事を読み取ったのか、アロイスが僅かに苦笑した。


「何か趣味とかはあるのか?」


 ――お見合いみたいだ!

 ご趣味は何ですか、と脳内に勝手に湧いた見ず知らずの女性がこれまた見ず知らずの男性に尋ねるイメージが奔る。


「え、っと……。私、自称・錬金術師で」

「ほう。錬金術師……。前の職場にもいたな、数名程。しかし、何故錬金術師がギルドに所属している?」

「平民の出の、その、私みたいなのは……雇ってくれるところが無いんです」


 名が知れれば或いは、とも言うが結局は錬金術師の技量で良い職場に就ける訳では無い。出自と運と、そして少しの技量。それが華やかに見える錬金術師の社会法則だ。生まれが平民であるという事は即ち、ゼロどころかマイナスからのスタートになる。

 錬金術で食って行きたいと思うのならば、自分はスタート位置の後方から走り出しているが為に、人より全力にそして速やかに走らなければならないだろう。


 という事実を説明する為の語彙力がアロイスに吸い取られたので、それが彼に伝わったのかは定かではない。しかし、目を細めて微かに頷いたのが見て取れた。


「それは先王も危惧していた問題だったな」

「先王?アロイスさん、その、失礼だったら良いんですけど、前は何を?」

「王属騎士をしていた。こちらにも事情があって、今は辞めてしまったが」

「あ、ああ、そうなんですか」


 訊いてはいけない事を訊いてしまった。

 王属騎士など、王宮を出入りする王の護衛を受けるような騎士だ。まずお目に掛かれる事は無い。

 言うまでも無く、アウリッシュ王国出身ならばそれは非常に名誉な事だ。騎士という職の目指すべきゴールとも言える。


 それを、辞めた。

 怪我をして一戦を退かなければならなくなっただとか、先王の名前を持ちだしてくるにあたり、現王のシーザー・グランデと折り合いが悪かっただとかそんな理由に違い無い。


 更に言うと、やはり自分とアロイスでは住む世界が違う。いっそ人種が違うくらいの差がある。


「――アーサー王がご存命であれば、お前の力量次第では王宮にパイプしても良かったのだがな」

「えっ、あ、いや、私なんてそんな大したもんじゃ……」

「所詮は机上の空論だが。これも何かの縁だ、俺は見ての通り暇だからな。何か手助けが必要なら声を掛けろ。勘違いならば悪いが、お前は戦闘クエストを受けられる程、物理的な強さは持っていないように思える」


 さらりと話題を変えたが、凄い事を今口走らなかっただろうか。この人、先王統治時代であったのならば平民を王への口利きで王宮に入れられるような人物だったとしか思えない。

 急に現実へ引き戻される心地を味わいつつ、しかし、覗かせた下心を包み隠せなかった。


「実は、その……私お金がいつも必要なんですけど、高額のクエストに行けなくて困ってるんです。ほら、私、戦闘スキルを持たないからただのお荷物だし」

「その高額クエストがどのようなものか知らないので断言出来ないが、必要なら俺に声を掛けるといい。辞めたとは言え騎士だった身、人助けには慣れている」

「ぐぅっ……!」

「?」


 至近距離で綺麗な笑顔を見てしまい、変な声が漏れた。慌てて茶を飲む。さっきは味を感じなかったが、よくよく味わってみると心底苦かった。これは失敗である。


「そうだ、お前は錬金術師だと言ったな。俺はそっち方面には疎いのだが、何を作るんだ?この大剣は王宮錬金術師に設計して貰ったものだが」

「ああ、大きな釜があれば……作れそうですよね」


 今は下ろされて砂の上に横たわっている大剣をちらりと見る。自分が持っている錬金用の釜では、これをすっぽり収める事など出来ない。釜より一回り小さな物しか造れないからだ。

 ――どうしよう、これを見てしまうと私のアイテムのショボさが際立つな。

 それに、武器は専門外だ。余程で無い限り、人が振るう武器を錬金術で生成する事は無い。あくまで武器類は鍛冶士に打って貰った方が完成度が高くなるからだ。


 しかし、アロイスの大剣は明らかに特注品。あれを打つとなると狭い鍛冶屋では無理かもしれない。


「あの、ちょっと訊いてもいいですか?」

「ああ、何でも訊いてくれ。とはいえ、俺に答えられる事などそうはないが」

「いやっ、その……その大剣って、何の魔法式を……?」

「これはただの鉄の塊だな」

「魔法は使わないんですか?」

「使う。俺は――俺に限らず、騎士は大抵魔法も使うな。斬り合っている時に詠唱は舌を噛みそうで危険だし、魔法式は起動に気を取られ過ぎる。と言うわけで儀式魔法を使う輩が多い」

「はぁ……。だったら、剣の腹にでも魔法式を組み込めば任意で発動出来たのでは?」

「……それが出来れば苦労はしない」


 それは――それは、王宮錬金術師は武器の表面に魔法式を組み込む事も出来ない、という意味なのだろうか。それとも、この大剣には術式を組み込めなかった、という意なのだろうか。


 ちなみに儀式魔法とは、主にステップや動作などで魔法を発動させる手法だ。

 神に捧げる大規模魔法なんかを編む儀式魔法と、既存の魔法を威力と引き替えにショートカットで呼び出す簡易儀式魔法がある。アロイスが先程から言っているのは後者だ。斬り結んでいる時のステップなどで、目眩まし程度の魔法を呼び出すのだろう。


「あの、迷惑でなければ……、大きな釜さえ手に入れば再錬金しますよ」

「何?」

「ひっ……。いやその、戦闘の事とかよく分からないですけど、ほら、すでに描かれている状態なら、あれじゃないですか。あの、ほらあれ、そう、魔法式を起動させた方が楽で良いでしょう?」


 不気味な沈黙が場に満ちる。アロイスは最早海から視線を外し、メイヴィスをまんじりと見つめていた。


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