思い出売りの老人
「はぁ〜疲れた……」
思わず溜め息が漏れてしまった。
今日もいつも通りに仕事を済ませ、暗くなりかけている道を家の方向へ進んでいる。
正直に言うとこの変わり映えのない生活に少し、辟易としている。
そんな事を考えていると黒い服に身を包んだ痩せこけた老人と目があった。
その瞬間、妙に心がざわついた。
(何だろう?この違和感は……)
すると、老人の方から声をかけてきた。
「そこのお兄さん、少しでもいいから儂の店へ寄らんかね?」
あまり良い予感はしない……
だが、単調な生活を送っている自分は好奇心に駆られ、老人について行くことにした。
老人について歩いていると13と書かれたお店の前に着いた。
名前だけではどんなお店か分からない。
「どんなお店なんですか?」
気になって自分は老人に聞いた。
入る前に聞いておけば、たとえ危ない場所でもまだ引き返せると思ったからである。
「儂は思い出を売っておるのじゃよ」
この人は何を言ってるんだ?
馬鹿にしてるのか?
腹が立ったので元来た道を引き返そうとした。
「まぁ待ちなさい。気持ちは良く分かるが一度試して行きなさい」
自分の今からの行動が分かっているかのような物言いだった。
少し恐怖を感じたがそのまま店の中へと入った。
店の外観から比べると綺麗な部屋だった。
だが、部屋の中は限りなく殺風景であった。
置かれているのは長方形のテーブルと椅子だけである。
「さてと名前は何ていうのかね?」
名前を教えるのは抵抗があったが、それだけでどうにか出来るものでもないと思い答えた。
「大石誠です」
すると老人は何処から出して来たのかは分からないが喫茶店のメニュー表のような物を取り出した。
「お兄さんに売れる思い出はこれだね。初回は特別に無料だよ」
人に売れるものが個々によって決まっていることに疑問を感じたが、思い出を売るという時点でおかしい。
訳のわからない催眠術とかをやり出すのであろう。
「じゃあこの宝くじが当たって億万長者っていうのを下さい」
まぁ信じてはいないが、ここまで来たら最後まで付き合うとしよう。
「買った思い出は一時間だけその通りになるが、現実ではない。要するに夢を見ている状況と同じだよ。説明を聞くよりも体感した方が早いかね?」
正直、何を言っているのか分からなかった。
適当な事を言ってるだけだろうしな。
「毎度ありがとうございました。ではごゆっくりと……」
急に周りが明るくなったぞ……
目を開けると眼前には数え切れないほどの札が積まれていた。
老人から買った思い出通りになっていることに驚きを隠せない。
しかも本当に現実と変わらないほどに全てがリアルである。
あの老人は一時間って言ってたな……
早くしないと終わってしまう精一杯遊ばなくては!
「お兄さん、今回の思い出はどうでしたかな?」
気がつくと目の前には老人が立っていた。
どうやら現実に戻って来たらしい……
「本当は疑ってたんだけど凄いよ!五感全てが現実と全然変わらないよ!」
興奮が抑えられない。
こんなにも素晴らしいものがあるなんて……
「満足していただけたようで何よりです」
老人はニヤリと口元を動かした。
その後はあの快楽が忘れられず毎日通うようになった。
麻薬の中毒と同じようなものなのかもしれない。
会社の社長になるという大きなものから、好物をひたすら食べるという小さなものまで、全て思い出を買って叶えていた。
「何で今日は苦しい思い出しかないの?楽しい思い出は?」
思い出は更新されない。
さらに、買ったものは次々とメニューから消えていくのである。
そのため、嫌な思い出や苦しいものしか残っていないのである。
「お兄さん、この思い出ってどういうものか分かりますか?」
一体何のことだ?
誰かが考えた思い出を提供しているのではないのか?
「これはあなたの未来に起こる出来事を思い出として提供していただけなのですよ」
何を言っている?
体験して来たこの全てが自分の未来だとでもいうのか?
「残念なことに買った思い出はあなたの未来から消えていきます」
それはつまり現実に起こるはずだった未来を購入して、自分の未来を潰してきたということか……
「ですから、お兄さんにはこの先、苦しいことしか待っておりません」
そんな馬鹿な話があってたまるか!
「俺の未来を返せ!」
「それは出来ません。ですがこちらなら買うことができますよ」
そう言って取り出したのは真っ白なメニューを取り出した。
「もう何でもいい!早くそれを!」
「分かりました」
そう言いながら老人は鎌を取り出した。
一体何をしているんだ?
早く俺を安心させてくれよ!
老人はニヤリと笑ってこう言った。
「毎度ありがとうございます。あなたの魂をいただきますね。ではごゆっくりと……」