強い思い
今朝もキンキンに冷え込んでいる。朝6時。いつも通り、時計のアラームが鳴った。
私は布団から這い出て、モコモコのルームブーツを履き、カーテンを開いた。
朝日がすうっと部屋に射し込む。世界がパッと明るくなったようだ。
水道の冷水がお湯に変わるまで待てない私は、お湯が出る前に顔を洗い始めた。一瞬冷たいくらい、気にしなかった。
私は1階に降りた。まだ誰も起きていなかった。
私はシャッターを開け、コップ1杯のホットミルクティーを作り、飲み干した。そしてペットのうさぎの世話に取り掛かった。
「おはよっ、こむぎ。」
私はゲージの方へ手を伸ばした。するといつもこむぎはゲージから頭を出してくれる。
たまにこむぎを撫でながら世話をした。この時間が私にとっての癒しだ。
「おはよう理子。」
「おはよう。」
お母さんも起きてきた。
お父さんと弟の岳も1階へ降りてきた。
朝食の良い香りが漂う。
私は自分で卵かけご飯を作った。
家族4人、全員がテーブルを囲んで座った。
「いただきます。」
私は卵かけご飯をかきこんだ。
朝食を食べ終え、私は身支度を始めた。
防寒着はウィンドブレーカー。制服の上にウィンドブレーカーを着るのはちょっと変な格好だと思っているが、仕方ない。中学の校則でそう決まっているのだ。
ネックウォーマーと手袋も身に付け、リュックを背負った。
「いってきまーす。」
「いってらっしゃい、気を付けてね。」
「こむぎ、いってくるね。」
そう言って私は今日も学校へ向かった。
自転車で約15分。寒さで垂れてきた鼻水をすすりながら学校へ着いた。
「おっ、理子おはよー。」
「おはよー恵。」
教室に着くと、私の親友が挨拶してくれた。
「ねぇ理子、きのうね、先生と面接の練習したの。そしたらね、この調子なら合格できそうだって言われたの。」
恵はウキウキしながらそう言った。
「良かったじゃん。自信持って頑張ろうね。」
「うん。頑張ろうね。絶対あの高校行ってやるんだから。」
恵の目指す高校は一般入試でも面接があるのだ。筆記試験の勉強と面接の練習を両方やらなくちゃならないって、どれだけ大変なんだろう。
「理子は面接無いんでしょ?」
「うん。」
そう。私の目指す高校は一般入試で面接は無い。
「5教科しっかり勉強しなきゃ。」
「やってるくせに。」
恵は何でもお見通しだ。
「まあね。あそこには絶対受かりたいから。高校は普通科に行って、大学に入ってから好きなことやろうと思って。」
「それ前にも聞いたよ。私は高校からバリバリ好きなこと勉強するわ。将来は福祉関係のしたいって決まってるからね。」
「それも前に聞いたよ。いいなー恵はやりたいこと決まってて。」
「理子もやりたいこと絶対見つかるっての。」
「それにしても、高校別々のとこに行くのは寂しいな。」
「私も。幼稚園の頃からずっと一緒だったのにね。」
恵も寂しそうだ。
「でもさ、自分の目指す方向に行く方がいいと思ってる。」
恵は真剣な表情でそう言った。
「私もそう思う。高校に行っても、いっぱい遊ぼうね。」
「もちろん。」
その日の夕方。私は帰宅し、すぐに机に向かった。
最後の最後の大詰めの時期だ。ここで手を抜くわけにはいかない。
私が目指す高校は隣町の進学校。私の親戚(教師をしている)の母校でもあり、前から強く憧れていた。学校説明会へ行った時の雰囲気も最高だった。皆一生懸命かつ穏やかな感じで、とても居心地が良かった。ここに行くしかないと思った。
何故普通科にしようと思ったかというと、進路が決まっていないからだ。迷っていられる時間を増やしたかったのだ。
壁に貼ってある、仲良くグループで寄せ書きした、合格祈願のメッセージカードを見た。これを見るとやる気がみなぎる。
私は、ペンを走らせた。
今日は、3月にしては暑かった。しかし、誰に聞いても、皆寒いと言った。恵にも聞いた。
「熱あるんじゃない?保健室で熱計ったら?私が一緒に行ってあげる。」
恵はそう言ってくれた。
「うん。」
二人で保健室へ向かった。
計ってみると、微熱だった。
「インフルエンザの予防接種はした?」
「はい。」
保健室の先生に言われ、そう答えた。
「予防接種も完全ではないから、インフルエンザの可能性も無くはないの。これから熱が上がるかもしれないし、大事な時期だから、念のため早退する?」
「はい。」
「お大事にね、理子。」
「ありがとう恵。」
先生に親を呼んでもらい、家に帰った。
「医者でインフルエンザの検査してもらおうか。」
お母さんがそう言った。
「うぇっ、今すぐ?」
「当たり前でしょ、受験2日後に控えてるんだから。」
「鼻の穴グリグリされるの嫌だなー。」
私は鼻を押さえた。
「それは分かるけどね、受験で辛い思いしたくないでしょ?」
「行きます。医者今すぐ行きます。」
仕方なく医者へ行った。
予防接種までして、そんな不幸なことになってたら最悪だ。ただの風邪であることを祈った。ちょっと頑張り過ぎただけだ。こんなのすぐ治る。
とうとう診察室に入った。
「ちょっと我慢してね。」
(う゛う゛う゛っ。)
鼻がもげたかと思った。もう二度とやりたくない。
結果が出るまで、待合室で待っていた。
インフルエンザの検査の結果待ちで、こんなにドキドキしたのは初めてだった。
「松崎さん。」
呼ばれた。
お願い、陰性であって。お願い、お願い。
「結果は、陽性でした。」
え?
私は、はっと目を見開いた。
「B型です。入試までに完全に回復することはできないかもしれません。お薬は…」
もう何も聞こえなかった。
入試までに回復できないってどういうことよ。病気にならないように細心の注意をはらってたのに。
ここまで頑張ってきたのに、このせいで台無しになったらどうしろっていうの。
家に帰ってもう一度熱を計ったら、かなりの高熱になっていた。体は鉄のように重く、頭はぼんやりしていた。
「入試まで勉強しちゃ駄目だからね。」
お母さんが言った。
「え、でも直前に勉強できないのは不安だし。」
「いいから、ゆっくり寝てなさい。今まで毎日コツコツ頑張ってきたじゃない。その積み重ねがあれば、直前に勉強出来なくたって絶対大丈夫。」
「そうかな?」
私は半信半疑でそう言った。
「そうよ。それに、私立は受かってるんだから、万が一のことがあっても心配いらないよ。」
「私立じゃなくて、第一志望に絶対行きたいの。落ちるわけにはいかないの。」
私はいつもより声を大きくして、お母さんに本気の気持ちをぶつけた。
「そう思ってるんだったら、不安になってる場合じゃないよ。直前に勉強できないから受からないなんてことないの。理子はコツコツ型だから大丈夫だって言ったでしょ?それと、インフルエンザごときで負ける私じゃない!インフルエンザだから何なの!ぐらいに思っときなさい。」
その瞬間、私の心に火が付いた。心の中に溜まっていた悪いものが、ものすごい勢いで燃やされていく。
そうだ、負けるもんか。今までやってきたことを信じないでどうするの。
「今、温かい飲み物作ってあげるから、何がいい?」
「ミルクティーがいい。」
「はーい、待っててね。」
「ありがとう。」
お母さんは、体に良い食べ物をたくさん作ってくれた。
ネギやニラやニンニクやひき肉の入った熱々のスープに、私の大好きな梅干しの入ったお粥、りんごも剥いてくれた。
薬もちゃんと飲んだ。
でも、やっぱり入試までに良くはならなそうだ。
それがなんだ!今はそう思える。