60)ブランジュ <路上3>
部屋の外は、爆発の影響などまるで被ってはいないようだった。
廊下の壁は崩れることなく、窓からちょろちょろと侵入している蔦もそのまま。木製の床も無傷のようだ。何もかもブランジュたちが来たときと同じままである。
「ちょっと待ってよ、薬屋で最終決戦?」
ブランジュは先を歩く魔法使いに必死についていきながら、彼の背中にその言葉を投げかけた。「どういう意味よ、それ?」
「ダンテスクたちはそこで、僕たちを待ち伏せしているはずだ、彼らが馬鹿じゃなければ」
「そ、そんなところにわざわざ乗り込むの?」
「ああ。あえて、敵の張っている罠の中に飛び込む。その中で、相手の上を行く。それが敵を殲滅するための、最も効果的な方法だ。失敗すれば、こちらも死ぬ可能性があるけど」
彼の部屋は建物の三階にあった。廊下を歩き、薄暗い階段を下りて、二人は建物の外に出た。
建物の外に出て、ブランジュは驚いてしまった。目を開けていられないくらいに、まばゆい太陽の光が路面を照りつけていたのだ。
彼女の感覚ではもうかなりの時間が経過していて、外は真っ暗でもおかしくないくらいだった。それなのに、ここに侵入したときとまるで明るさが変わっていない。
(実際のところ、戦いはほんの短い時間だった。昼食を食べ始めた人が、ようやく食べ終わったくらいしか時間は経過していないんじゃないの?)
しかしそのわずかな時間で、何人も人が死んでいった。
(そして私は色んなものを見た。ここに入る前と、今では、もう世界が一変している。太陽が別の太陽みたい。昨日までの太陽はこんなに鮮やかではなかった気がする)
ブランジュは新しい太陽の光を眩しがりながらも、さっきまで居た建物を見上げる。
建物の外見もまるで変わりなくて、この中であのような大爆発があったとは信じられないくらいだった。
こちら側から見ても、窓一つ割れていない。壁にもヒビ一つ入っていない。
それが逆に、アンボメの魔法の恐ろしさを物語っているような気がする。ただ威力が凄まじいだけではなく、その威力はコントロールも可能なのだ。
その建物の前の道に、死体が横臥していた。
ちょうど日陰の場所に横たわっていて、死体なのにも関わらず、どこか遠慮がちで、それほど目立ってはいなかった。
「これは?」
敵の魔法使いのその言葉で、ようやくブランジュはそれに気づいたほどだ。
「うん、彼も私たちの仲間だった。あなたが殺したのよ」
えーと名前は何だっけ? ああ、そう、アルゴだ。彼とはほとんど会話をしていない。しかし決して印象の悪い青年ではなかった。
「君に言われるまでもない。これは僕の魔法で負った傷口だ」
仰向けに倒れているその死体には幾つもの刃が突き刺さり、周りは血の海になっていた。
そういえば、それが始まりだったとブランジュは思った。
突然、空から刃の雨が降り注いできたのだ。路面には無数の刃が突き刺さり、針山のようになって、歩くのもままならなくなった。
その凶器のような刃は、今も危険な匂いを漂わせながら、路面に、そしてその死体に突き刺さっている。
「どこかで見た顔だな」
魔法使いが死体を見下ろしながら言った。
「え?」
「うん、会ったことがあるね」
魔法使いは死体に対する敬いの気持ちも、忌避感すらもないのか、それを無遠慮に触り、顔の角度を変えたりして、仔細に観察し始める。
「ああ、間違いない。僕の予感は当たっていたようだ。彼はマリオンの薬屋に居た。やはり彼らは、そこで待ち伏せしてくれているはずだよ」
「会ったことがあるって、どういうこと?」
「君がわからないなら、僕もわからない。いずれにしろ、君たちは僕を殺すために、かなり前から綿密に計画していたようだ」
「それはその通りかもしれないけど・・・」
「幸いにも右腕には、それほど大きな傷がないようだな。使える」
魔法使いはそんなことを言ったかと思うと、その死体に対して、驚くべき行動に出た。
「え? ちょっと!」
魔法使いが死体に行ったあまりに残虐な行いを目にして、彼に対して感じていた親密感が一気に吹き飛んだ。
(私はこの人物のことを、まるで理解してなかった気がする・・・)
彼の死体に対する侮辱を制止するべきだと思ったが、その後ろ姿はあまりに怖くて、ブランジュはただその残虐行為を見つめるしかない。