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59)ブランジュ <接吻2>

 「ちょ、ちょっと何するのよ・・・」


 ブランジュは必死になって、何とか敵の魔法使いの腕の中から逃れでようとする。

 しかし相手は男性だった。いくら華奢な優男だといえ、力は強い。

 しかも魔法の力でもブランジュをはるかに上回っている。歯向かうにも、その術がない。

 ブランジュは屈辱に歯噛みした。こんな奴に一瞬でも感謝したのが間違いだった。やはり、こいつはろくでもない魔法使いだ。

 しかし世にも邪悪な魔法使いというより、ただの下衆。負けた女の身体を欲しがるなんて最悪。

 とはいえ、このまま好き勝手にされているわけにはいかない。

 死を覚悟してでも、彼の侵入を拒まなければ。どうせサソリの毒で死ぬんだから、こいつに殺されても構わない。


 ブランジュは今、自分が出来ることを必死に考えた。

 完全に気を許した振りをしてからの目潰し。いや、股間を膝で蹴るのも効果的に違いない。相手が怯んだ隙に、得意の魔法を自分にかけて逃走。


 (しかし、それにしても失礼ではないか)


 そんな中、ブランジュはふと思った。いくら自分の胸が小さいといっても、この男はどうして胸ではなく、その少し上の辺りばかりを触ってくるのか。こんなことをして、私をさりげなく傷つけているつもり? 

 あるいは、魔法の勉強ばかりして過ごしてきたから、まるで女性の身体のことを知らないのか。


 (それにしては、何とも手馴れた手つきだけど・・・)


 r


 e


 (え?)


 m


 a


 (な、何これ?)


 敵の魔法使いは、ただ好き勝手に身体を触ってきているのではないんじゃないの? ブランジュはふと思った。

 魔法使いは文字を書いている? 彼はブランジュの身体を羊皮紙の代わりにして、何か伝えようとしている? 


 r


 q


 〈ようやく、気づいたか?〉


 今、魔法使いが書いたのはそのようなスペルだ。ブランジュはハッとして、男の顔を見上げる。

 指でなぞっているだけだから、それを頭の中で文章に構成するのは大変だが、ブランジュは必死になって頭を回転させる。


 〈ダンテスクという者は、ここの会話を盗み聞きしているのだろ? このアイテムを使って〉


 そう書いて寄こして、彼は再びブランジュの髪の毛をかき上げ、耳を露出させた。耳には貝の形のイヤーカフを装着している。

 彼はそれをじっくりと観察するように見てくる。


 (そ、そうよ、その通り)


 ブランジュは頷いた。


 〈というわけで、筆談する。奴が遠くからでも察知出来るのは、声だけだよね?〉


 〈イエス、ここの風景が見えているわけじゃない。でも彼は、私たちのわずかな感情の変化も読み取ることが出来るらしい〉


 ブランジュも指を伸ばして、魔法使いの身体にそう書いた。


 〈ああ、そうだったったね。本当に厄介だ。僕のもか?〉


 〈イエス〉


 ブランジュがそう返事して返すや否や、魔法使いは彼女の顎に手をかけたかと思うと、それをくいっと上に持ち上げ、自分の唇をブランジュの唇に押し付けてきた。


 「ちょ、ちょっと!」


 必死で押し返して、ブランジュは叫んだ。「あんた、やっぱり」


 〈奴を騙すためだ。我慢してくれ〉


 ブランジュを引き寄せると、魔法使いは何のためらいもなくキスしながら、そんな言葉を身体に書いてくる。

 確かに冷静になりかけていたブランジュの感情が、これでまた変化した。

 ダンテスクはブランジュのゲシュタルトというものを観察しているらしいが、今、それがピンク色に変化したのを目撃しているのかもしれない。


 (まあ、これならダンテスクの魔法も騙すことが出来るかもしれないけど・・・)


 ブランジュはそう思うが、しかしそれにしても。魔法使いの舌が、ブランジュの唇を舐めるように這ってくる。


 (どうして私はこんな無礼に耐えなくてはいけないのよ!)


 〈次はアンボメの魔法について教えてくれ。それは時間差で爆発するようだね?〉


 魔法使いは依然としてキスを続けながら、器用なことに同時に指を動かしてそう書いてきた。


 〈そう。スイッチを押せば爆発する。そのスイッチを持っていたのはエクリパンだった。彼が持っていたスイッチは、さっきの爆発で消滅したかもしれないけど、きっと新しいスイッチをダンテスクかシユエトが作る。ところで、これはいつまで続くの?〉


 〈なるほど、仕組みはわかった。単純な魔法だな。しかし破壊力は凄まじい。君はどれくらいの威力だと見積もっている? もう少し我慢するんだ。本当は嬉しいんだろ?〉


 〈シールドに直に接触した状態で爆発させたら、どんな凄い魔法使いのシールドであっても一撃で破壊することが出来るみたい。実際、それはあなたの部屋の鎧窓に貼っていたシールドを一撃で破壊したことで証明されている〉


 「ねえ、もうこれで気が済んだでしょ!」


 ブランジュは大声で言って、魔法使いの頬にビンタする。いくらダンテスクを騙すためとはいえ、いつまでもこの無礼を許すわけにはいかない。

 ビンタされた魔法使いは、ニヤリと微笑み、ブランジュの勇気を褒め称えるように見てくる。


 「キスだけじゃ満足出来なくなった。裸になって、ここに横になるんだ」


 「な、何ですって?」


 〈嘘だよ、もう一芝居必要なんだ、協力してくれ〉


 魔法使いはブランジュの腕を掴んでぐっと引き寄せると、またもや彼女の身体にそんなことを書いてきた。


 「ん? 何だい、これは?」


 そして魔法使いはブランジュの髪の毛をさっきのようにかき上げて、言ってくる。


 「え? こ、これは・・・」


 〈これが芝居なの? 私はどうすればいいのよ?〉


 〈黙っていればいい〉


 魔法使いはブランジュの耳に装着している貝殻のイヤーカフを掴み上げると、丹念に観察する。


 「これは何だと聞いているんだけど? ああ、そうか。この道具を使って、ダンテスクという男はここの様子を把握していたわけか」


 そう言いながら、魔法使いはそれを握り潰して、放り投げる。

 イヤーカフは部屋の真ん中に開いた穴に落ちていって、二人の視界から消えた。ブランジュはその光景を黙って見つめる。


 「本当にこれだけ?」


 魔法使いが聞いてきた。まだ芝居は続いているのかどうかわからなかったので、ブランジュは黙り続ける。


 「もう芝居は終わりだよ、君が身につけている奴のガジェットは本当にこれだけなのかな?」


 魔法使いが鋭い口調で尋ねてくる。


 「こ、これだけよ」


 ブランジュは一瞬喋り方を忘れたかのように、まごつきながら答えた。


 「嘘をついたら解毒剤を分けてあげないよ。君はこの若さにして死ぬことになるんだ」


 「本当にこれだけよ。そんなに疑うなら、私を裸にして、身体中調べれば?」


 ブランジュは言ってやった。そして嫌味たっぷりの表情で、ブラウスのボタンを外す振りをする。


 「さっきのキスで発情したのかい? 僕は君に興味はないよ」


 しかし魔法使いは冷めた口調で返してきた。


 「な、何ですって!」


 何という男だ。私を馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたい。


 「君を信じよう。まずは薬屋のもとに行く。しかしそこで最終決戦が待っているぞ。覚悟はいいか?」


 魔法使いがそう言いながら、迷いない足取りで部屋を出ていく。ブランジュは「え?」と言いながら、そのあとをついていった。

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