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5)シユエト <接近>

 他の魔法使いと共に、同じ対象を同時に攻撃しても、魔法の威力が倍になったりすることはない。そんなことをしても無意味。ただ宝石を無駄にしてしまうだけ。


 シユエトは独り、その扉に出来るだけ近づき、魔法のコードを唱えた。自分の魔法の反響が返ってきても傷つかない距離。

 彼から放たれた魔法は扉に直撃した。正確に言えば、シールドに当たったことになるのであるが、シールドは透明で誰にも見えない代物。


 大きな爆音が響く。煙が立ち昇り、跳ね返った勢いそのままの爆風が、彼らの髪を揺らした。

 手ごたえは充分だった。エクリパンのこれまでの攻撃の積み重ねもあり、ついに、僅かながらもヒビが入ったようだ。


 「じゃあ、次は私の番ね」


 ブランジュがすぐに攻撃準備を始めた。


 (ひどく手こずってしまったが、次の攻撃でようやくシールドを破壊することが出来るに違いない)


 シユエトはそんな期待を抱きながら、ブランジュを見守る。彼女もダイヤモンドを手にしたようだから、それなりに強力な攻撃魔法を使うことが出来そうだ。


 しかしそのとき、彼らの意図せぬことが起きた。シールドが勝手に弾け飛び、大きな音と共に扉が開け放たれたのだ。


 「え? 私、何もしてないけど・・・」


 ブランジュがシユエトたちのほうをさっと振り返る。突然の急展開に、彼女の髪の毛はその心の動揺を現すよう、風に乱れている。


 「奴が自分で開けやがったんだ」


 エクリパンがそう叫びながら咄嗟に身構えた。


 「はあ? どうしてそんなことするのよ?」


 ブランジュも身を低くする。


 「気をつけろ! 何か攻撃が来るかもしれない」


 シユエトも叫ぶ。

 しかし何も起きることはなかった。開いた扉の向こうから何かが飛び出てくることもなければ、空から何かが落ちてくることもない。むしろさっきよりも静かになったと言ってもいいくらい。


――奴のゲシュタルトに特に変化はないようだ。攻撃はないと判断していい。


 しばらくして、ダンテスクの声が聞こえてくる。シユエトもダンテスクの意見に同意する。何かが起きそうな気配はまるでない。


 「で、でも、どういうことよ、これは?」


 ブランジュが開け放たれた扉を指し示しながら言った。「どうして向こうが開けるのよ?」


 「知るかよ、イチイチ俺たちに聞くな! い、いや、もしかしたら扉を壊されるのが嫌なのかもしれないな。シールドだけが壊れるわけじゃない。一緒にこの扉も壊される」


 一度は怒鳴りかけたエクリパンだったが、少しずつ落ち着いた口調に変わりながらそんなことを口にした。


 「ああ、そうかもしれない」



 シユエトも同意した。「相手してやるから入ってこい、奴は俺たちにそう言っているのかもしれない」


 「な、何て奴よ、全てが気に入らないわ」



 ブランジュが怒りをあらわにそう言う。しかしその声の中に、多量の恐怖が混じっているのも聞き取れる。



 (俺も気に入らない。敵は俺たちに襲撃され、もしかしたら今日、死ぬかもしれない。それなのに扉の心配をしているのだ。何という余裕・・・)


 「しかしこれでダイヤモンド一つ節約出来たことは確かだ。さっさと侵入しよう」


 シユエトは開け放たれた扉に目をやった。やはり敵は何の攻撃もしかけて来ない。エクリパンの言う通り、奴は我々を建物の中で迎え撃つつもりなのだろう。


 「入るの? ここに」


 ブランジュが言った。


 (確かに恐ろしい。扉の向こうは真っ暗で、大型獣の口のように、ぽっかりと開いている)


 それに敵が自ら開け放った扉。その向こうに何か罠を仕掛けているかもしれない。

 とはいえ、もうこれ以上、ここで待機しているわけにもいかないことも事実であった。彼らの仕事はこの屋敷に侵入して、敵の魔法使いの命を奪うことなのだ。「入るの? ここに」と口にしたブランジュだって、それは自覚しているはず。


 こんなところで逃げるわけにはいかない。敵の魔法使いを殺すことが出来れば、充分な報酬を得ることが出来る。それは命を賭けるに値する報酬。


――いずれにしろ、扉を開けることに成功したわけだ。


 ダンテスクの声も聞こえてきた。


 「成功したというより、奴が勝手に開けやがったんだ」


 エクリパンが毒づいた。


――敵のゲシュタルトに変化はなしだ。ここは躊躇なく侵入するべきだ。


 「わかったわよ」


 ブランジュも覚悟を決めたように頷いた。「行きましょう」


 「おっと、その前に、ちょっと待ってくれ」


 エクリパンが宝石を取り出した。彼が取り出したのはオパールのようである。


 「何をする気だ?」


 「うん? このままでは悔しいからね」


 エクリパンはさっきと同じ、攻撃魔法のコードを唱えた。その魔法で、既に開け放たれている、もはや壊す必要のない扉に対して攻撃を行った。

 魔法の攻撃を受けて、シールドのかかっていない扉は当然のこと、木っ端微塵に砕け散った。オパール級の弱い魔法だが、木の扉を壊すのには充分過ぎる。


 「これでアルゴも少しくらい報われるだろう」


 エクリパンは砕け散った扉を眺めながら、満足そうに言う。


 「余計なことを」


 敵の魔法使いが壊されるのを厭って、自ら開けた扉である。それをわざわざ壊すなんて。そんなことをすれば、敵の怒りを無駄に買いそうだ。


 (・・・しかし我々はこの魔法使いを殺すつもりなのだ。扉を壊したくらいで怒らせたかもしれないなどと、ビクビクしている場合でもない)


 シユエトはそう思ったが、とはいえ、どこかエクリパンの行動には違和感を覚えざるを得なかった。


 「これはばかりは、あんたの行動を褒めてあげる」


 しかしブランジュはエクリパンにそう声をかけている。「ちょっと、すっきりした」


 「そうか」


 「うん」


 「行くぞ。ここからが本番だ」


 (人によって、その行動の解釈はそれぞれのようだな)


 シユエトは扉の中に足を踏み入れた。

 緊張で身体が硬くなる。しかしどのような攻撃が待っていようが、一瞬で彼らの命を奪うことは不可能なはず。とりあえず第一撃はシールドで防ぐことは出来る。

 屋内は外よりもひんやりとした空気が漂っていて、風の音も止み、不気味なくらいに静かだった。


 (大丈夫だ。何か罠がある雰囲気でもない。敵の魔法使いは自分の実力に絶大な自信があるのだろう。真正面から受けて立つ気だ)


 シユエトは二人を手招きする。ブランジュとエクリパンがそれに応じて、すぐに入ってきた。


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