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56)シユエト <戦闘再開2>

 負ける。今度こそ奴に殺される。


 (いや、しかし俺だけは逃げ切れるかもしれない)


 シユエトは死を覚悟しながらも思った。


 (なぜなら魔法で姿を消すことが出来るから)


 それがガリレイから授けられた彼の魔法だ。


 (授けられたと言うよりも、預けられたと言うべきか。いずれにしろエクリパン、ブランジュ、すまないが君たちを見捨てるぜ)


 シユエトは宝石をさりげなく取り出し、それを手の中で玩びながら、消えるタイミングを図る。

 敵の魔法使いがエクリパンにだけ意識を集中したときがそのタイミングだろう。


 そのときは必ず訪れる。敵の魔法使いも冷静そうに見えて、その実、エクリパンへの怒りに燃えているのではないだろうか。彼も少なからず、プライドを傷つけられたに違いないのだから。


 (俺は前の戦いからだって、上手く逃げおおせることが出来た。塔の主を暗殺しようとした戦い。あの時と比べると、今は逃げるにずっと容易いシチュエーションのはず。あのときの恐怖が今、生きる)


 「奥の手、あるぜ、それを見せてやるよ!」


 そのとき、エクリパンが何もかも吹っ切れたという口調でそのようなことを言う声が聞こえてきた。

 いや、むしろ、全てを諦めたといったほうが正確なのかもしれない。

 

 エクリパンは敵の魔法使いを見据えながら、足元に落ちていたグラスを拾い上げた。確か、その瓶にはアンボメの魔法がかかっているはず。


 (さっきの魔法はもう通用しない。少しでも、その素振りを見せた瞬間、彼の首は吹き飛ぶだろう。しかし彼にはまだ、アンボメの魔法がある。それに賭けてみる価値はあるかもしれない)


 アンボメは腕をだらりと下げている。すなわち、まだ爆発の魔法が稼動しているという証拠。

 敵の魔法使いが帰ってきて、この部屋の空気は異常なくらいの緊張で張り詰めたにもかかわらず、アンボメだけは少しも変わらないで、相変わらずの虚ろな表情でどこかに視線を彷徨わせている。


 (とはいえ、そのグラスをどうやって敵の魔法使いにぶつけるというのか? それが簡単なことではないから、関係のない女の子を使ったりして、様々な策を弄してきたんだ。それらが失敗した今、いったいどのような方法が?)


 いや、ちょっと待てよ。

 そのとき、シユエトの脳裏に、ある考えが過ぎった。


 (そ、そうだ! 解毒剤を奴に渡してしまえばいいんだ、それにアンボメの魔法をかけて! 敵の魔法使いだって、その解毒剤は喉から手が出るほど欲しい物。きっと受け取る。奴がそれを手にした瞬間、発火装置を押して爆発させる。それなら一撃で殺せるではないか!)


 何というシンプルな作戦だろうか。どうしてすぐに思いつかなかったのが、シユエト自身恥ずかしくなるくらいだ。それは今、最も効果的な作戦ではないのか。

 もしかしたら、エクリパンは解毒剤を携帯していないかもしれない。しかしそれでも、何らかの適当な瓶を使って解毒剤と偽ればいい。

 敵の魔法使いはまだアンボメの魔法の仕組みを完璧に知らない。だから何の警戒もなく、解毒剤を受け取るはず。


 (そ、それが重要なんだ。そのチャンスは今しかない。敵の魔法使いが解毒剤を欲しがっていて、しかもアンボメの魔法の仕組みを知らない今のみ)


 確かに解毒剤の入った瓶にアンボメの魔法をかけるとき、それなりに自然な演技が必要かもしれない。

 しかし、そこさえ怪しまれることなく乗り越えることが出来れば、このバケモノを殺すことが出来るのだ。今度こそ今度こそ。


 エクリパン、降参しろ。奴に解毒剤を渡してしまえ。

 シユエトはエクリパンに向かってそう言おうとした。

 エクリパンは今まさに、敵の魔法使いに最後の戦いを仕掛けようと、その隙を伺っている。

 ここに来て、ようやく度胸が据わったのか、さっきまでのように視線が泳いでいない。最後の攻撃への覚悟が出来ているようだ。


 今ならばまだ間に合う。ダンテスクを経由して、敵の魔法使いに知られることなく、その作戦を授けることが出来る。

 「エクリパン、降参しろ。奴に解毒剤を渡してしまえ」その言葉を聞けば、敵の魔法使いだって攻撃をしてこないだろう。

 その隙に、密かにそのアドバイスを送るのだ。まだまだチャンスはある。


 しかしシユエトは躊躇した。彼の決断を押し留めようとする、もう一人の自分がいた。


 (何も、エクリパンにその功績を譲ることはない。俺がその作戦を実行すればいいのではないのか?)


 シユエトの心中に、そのような想いが芽生えていたのだ。


 このまま正面からぶつかり合えば、エクリパンは敵の魔法使いに殺されるだろう。しかしその戦闘の時間、敵の魔法使いがエクリパンにのみ意識を集中するのは間違いない。


 (その戦いのドサクサにまぎれて、一先ずここを離脱する。アンボメを連れてだ。俺は逃げられる。俺だけは逃げられる。あの魔法があるから)


 姿を消すことが出来る魔法。この部屋にもう長い時間滞在しているから、家具の配置など完璧に記憶している。何歩でアンボメまでたどりつくか、何十歩で出口に辿り着くか。

 まずここを脱出して、そしてどこか安全なところでアンボメと契約を結ぶ。エクリパンが死んでいれば、彼女は必ず新たな主を求めるはず。


 (これで最低でも俺はアンボメを手に入れることが出来る・・・。しかしそれだけじゃない)


 機会を伺い、先程思いついた作戦で敵の魔法使いを殺すのである。

 もちろんシユエトはこの部屋から逃げ出すのだから、この状況も大きく一変してしまう。再び敵の魔法使いに近づくのは困難かもしれない。

 しかしそれだって決して不可能ではない。

 方法はきっとあるはず。

 そのときダンテスクにアドバイスを貰う必要があるだろう。たとえダンテスクが期待外れの臆病者であったとしても、あの敵の魔法使いに関する様々な情報を集めているようだ。きっとそれが役に立つ。


 とにかく、敵の魔法使いが解毒剤を求めているまでの間、それがシユエトにとってのチャンスの時間だ。

 奴はどうあっても、その解毒剤に触れざるを得ないのだから。


 (奴を殺すことが出来れば、俺が塔の主になることが出来るのだ・・・。き、緊張で身体が震える。それにしても俺は、何という大それた計画を夢見てしまっているのだろう。それを成功させるために、いったいこれからいくつもの難関を越えなければいけないのだろ)


 そんなこと無理かもしれない。とにかくここから逃げることだけに集中すべきか? 

 一転して、シユエトの中に弱気が押し寄せてきた。


 (いや、駄目だ。恐怖に負けてはいけない。俺は今、チャンスの只中にいる。ここを逃せば、もう二度と見出すことの出来ない奇跡。逃げてはいけない。絶対に逃げてはいけない!)


 新しい世界に踏み出すのだ。

 新世界。これまで足を踏み入れたことのなかった世界。

 ほんの少しの勇気の向こうに、それが俺を待っている。

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