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49)シユエト <塔>

 シユエトは魔界で情報を募り、三十の塔の主たちを吟味して、どの塔の主が最もくみし易いか調べ尽くした。

 その結果、彼はとある高齢の塔の主を標的にすることにした。

 名前はデシレ。

 その魔法使いが塔の主になったのは、壮年のときである。それから長い年月が経ち、魔法の腕は衰えているに違いない。

 戦いの勘も鈍っているはずだ。今の俺なら勝てる。彼はそう判断したのだ。


 しかもこの魔法使いは魔法審議会に認められ、その地位を得たのではなくて、前の主を殺して塔の主になったという。

 デシレという魔法使いも力ずくで奪ったのなら、彼から力ずくで奪ったとしても、やましさを覚える必要はない。

 デシレはあらゆる条件を兼ね備えた、打ってつけの標的だ。


 シユエトはすぐに行動に移った。

 すなわち彼はその塔に忍び込んだ。

 塔は巨大で、多くの召使いがそこで働き、客の出入りも多いようである。

 しかも警備兵や衛兵など皆無。どこかの宮殿に忍び込むことより容易いことだった。

 ある王国の跡継ぎを暗殺したことのあるシユエトである。

 しかもその跡継ぎは命を狙われているのを自覚していて、たくさんの衛兵、魔法使いに守られてもいた。


 (それでも、厳しい警護を潜り抜けて、俺は大仕事をやってのけた。この任務だって何とかなるはずだ)


 いや、違う、これは任務じゃない。彼にとって初めてとなる、自分のための戦い。


 シユエトは塔に侵入して、密かにそこに住み着いた。

 その塔の全てを知悉するためだ。塔の主の生活パターン、廊下や階段の位置、万が一、失敗したときのための逃走ルートも確認しておいた。


 塔の主の私室に忍び込み、そこで殺すのは難しいだろう。

 シユエトの魔法は、自分の姿を相手から見えなくすることが出来るが、物音や気配、体臭を消し去ることは不可能だ。

 魔法を使えない者や、低級の魔法使いを相手にするときならば、その標的が独りきりになったとき、暗殺を企てるべきであろうが、これほどにレベルの高い魔法使いを相手にするとき、その作戦はむしろ下策。その敵は少しの空気の乱れにも敏感であるはずだからだ。

 多くの人間が周りにいるときに狙うべきである。


 塔の主が多くの人間と接する時間、シユエトは塔の主の生活パターンを観察して、そのような時間があることを突き止めた。

 それは食事のときだ。その時間、その老人は多くの人間と過ごす。

 この老魔法使いには、家族のような存在がいるようであった。若い女、幼い子供たち。

 デシレという魔法使いは、彼女たちと毎晩、食事を共にしている。

 更に、その場には、彼らの食事の世話をする複数の召使いもいる。この塔を訪れた客がこの食事に参加することもある。

 最低でも部屋に十人もの人数がいることもある。次から次へと料理が運び込まれるために、扉も開けっ放しだ。人の出入りも頻繁。

 しかも塔の主は決まった椅子に座り、食事の間はそこから動くことはない。


 (殺れる。そのとき、奴の首筋に息が触れるくらいの至近距離まで近づける。そこからなら、敵のシールドを一撃で破壊することも可能なはずだ。いや、あわよくばシールドを打ち砕くだけでなく、その最初の攻撃で致命傷も与えることだって出来るかもしれない)


 それが無理でも、次の攻撃で殺せるだろう。彼は勝利への道筋を、しっかりと脳裏に描くことが出来た。


 シユエトはシングルの魔法使いではない。デュアルの魔法使いなのだ。連続的な魔法攻撃も可能だ。その連続攻撃で敵のシールドを破壊する。

 敵がどれだけ強力な魔法使いであっても、シールドがなくなれば、ただの人間。

 まして相手は老人である。動作はのろいだろう。


 シユエトはその魔法によって、腕を伸ばさないでも届く距離まで近づくことが出来るのである。

 彼はナイフを扱うことにも習熟している。シールドさえ砕けば、ナイフを使った攻撃で致命傷を与える。

 それは彼の得意の連続攻撃のパターンだった。止めを刺すには、魔法の攻撃よりもナイフのほうが確実なときがある。


 (殺れる。殺れるぞ。俺は塔の主になることが出来る!)


 シユエトは殺しの場を、その食事の行われている部屋に絞った。

 誰もいない時間帯にその部屋に忍び込み、目を閉じて歩き回る練習を繰り返した。目を閉じても、その部屋の風景を思い浮かべられるほどに。

 扉から食卓まで何歩で歩けるか。壁から椅子までの位置。万が一のとき、食卓の下か、カーテンの中に隠れるときの経路。全てを仔細に頭に入れる。


 当然、その魔法を使うには宝石が必要である。しかもこの魔法を使うときにはダイヤモンドが二個も消費されてしまう。それだけの上級レベルの魔法だということだ。

 しかし予行演習のために、宝石を消費していられない。そんなことをしていれば、手持ちの宝石はすぐに尽きてしまうだろう。実際の暗殺を実行する前に破産してしまう。

 彼は自らの姿を曝したまま、目を閉じてその部屋の中を歩き廻った。

 ときおり、この塔で働く召使いがその部屋に入ってくることもあって、その予行演習の様子を見られた。そのときは迷子になった客人の振りをして部屋を出る。

 しかし、そのようなことが何度も続くと、いずれ彼のことは噂になるであろう。暗殺を実行する前に、塔の主に警戒されてしまう。


 (そろそろ実行に移そう。ちょうど明日は新月)


 準備は整いつつあった。彼は完全に部屋の風景を頭に叩き入れている。食事の場に立ち会う召使いたちの一人一人の声色や役割、性格までインプットした。


 (明日、珍しい客が来るなど、そのようなイレギュラーなことがなければ実行だ。明日が俺の運命の日になる)


 失敗すれば終わる。次のチャンスはない。当たり前だ。殺されるはずだから。


 (もちろん失敗する気はない。これまで、もっと難易度の高い殺しを俺は成功させてきた。この事案はむしろ、簡単な部類に入る仕事だ。それなのに俺がこんなにもナーバスなのは、これが成功したときの報酬が大きすぎるから。それだけだ)


 平静な精神状態でいられたら、塔の主を殺すことは可能だろう。

 歴史はこうやって受け継がれてきたのだ。老いた塔の主は、若い魔法使いに殺されて代替わりする。

 何もシユエトは特別なことをしようとしているわけではない。


 一つ心に引っかかるところがあるとすれば、塔の主を彼の家族の前で殺さなければいけないことだ。

 彼らの会話を盗み聞きしたときにわかったことだが、塔の主と若い女、子供との間に血縁関係はないようである。

 夫に先立たれたか離別した女が、子連れでやってきて、この塔の主と家族同様の暮らしをしているといったところ。

 しかしこの塔の主がその若い女を愛していることは間違いないようで、子供たちが塔の主を父親のように慕っていることも事実だ。

 魔法使いとして最高位を極めた男が、このような平凡な愛の生活に幸福を見出しているのは意外なことであった。

 塔の主は、多くの世の父親のように、子供たちとの会話に喜びを感じていて、若い女の肉体に悦楽している様子。


 魔法使いは孤独な存在である。塔の主にもなれば尚更だ。だからこそ、逆にこのような平凡さに心の安らぎを求めるのだろうか? 

 あるいはこの事実は、この男の魔法使いとしての衰えを示しているのかもしれない。それならば、ますますシユエトにとって好都合。殺すのは容易。


 「そうか、そんなに欲しいのならば、何とか手に入れよう」


 老魔法使いは微笑みながら、子供たちに言っている。

 それを聞いた子供たちは、やったぜと叫びながら席を立ち上がる。そして母親は、あまり子供を甘やかさないで下さいと言いつつも、幸せを噛み締めるようにワインを口に運ぶ。


 こんな幸せそうな家庭を壊さなければいけないのか。

 幼い子供たちの前で人殺しをするのは、本当に心が引ける。しかしチャンスはここしかないであろう。

 殺しが成功した暁には、塔の主に代わって、俺が女と子供たちの面倒を見てやってもいい。シユエトはそんなことすら考える。


 (あるいは成長したとき、復讐してくる可能性がある。それならいっそ、一緒に殺しておくか)

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