4)シユエト <降雨2>
敵からの無差別攻撃は依然として続く。刃の雨はひとときも止むことなく、彼らの頭上に向かって降り注いでいた。
(これだけの強力な力を持った敵だ。奴がこっちの姿を確認して、確かな殺意を持って攻撃をしたとき、俺たちはその攻撃に耐えられるのだろうか?)
シユエトは敵の攻撃から身を守りながら、そのような懸念を感じた。これから戦わなければいけない相手の強さが想像以上で、彼は動揺を隠すことが出来なかった。
シユエトの貼っているシールドに、ひびが入り始めている。
壊れるのは時間の問題であろう。
とはいえ、扉や窓などのような物質に貼るシールドとは違い、自らの身体にまとわせるシールドは、壊れる寸前に貼り直すことが可能である。
シユエトはシールドを何度も貼り直して、降り注ぐ攻撃を何とか凌いだ。
「駄目だ。壊れそうだ!」
しかし背後でそのような悲鳴が上がった。
アルゴという男が、そのような泣き言を言っているようであった。
「シールドを貼ることだけに専念するんだ」
エクリパンが彼にアドバイスしている。
「やってる、しかし!」
壊れる前にシールドを貼り直すことは可能であるが、自分の能力以上の攻撃に曝されると、当然のこと、防ぐことは徐々に難しくなる。
アルゴは必死の形相で、次々と自分の頭上にシールドを貼り直しているようであるが、貼り直すそばから、それは呆気なく破壊されている。
彼はダイヤモンド級のシールドを貼れない魔法使いのようだと、シユエトは判断した。それではこの攻撃を耐えることは不可能かもしれない。
(俺たちが協力すれば、彼を助けることは可能かもしれない。しかし自分の身も危うくなる。それにここで助けたところで、この程度の魔法使い、この先もっと厳しくなる戦況で、役に立つとは考えられない)
――見捨てたほうがいいかもしれない。
ダンテスクの指令も来る。
(非常な指令だ。しかし的確な指示でもある)
「ま、待ってくれ。俺はまだ」
当然、ダンテスクのその言葉はアルゴにも聞こえている。アルゴがダンテスクの言葉に抗った。
こんなところで死にたくない。アルゴはそう続けるつもりだったのだろうか。しかしそれ以上、アルゴの言葉を聞くことは出来なかった。
シユエトもエクリパンもブランジュも、助けに入ろうかと手を拱いているうちに、アルゴのシールドが砕かれる音が響いた。それと同時に彼の断末魔も。
魔法の刃が、無防備なアルゴの身体に降り注ぐ。鋭利な刃物が彼の肉を裂き、肩や頭に突き刺さる。
どれが致命傷になったのかわからないが、アルゴは息絶えてしまったようだ。街路に仰向けに倒れた彼の死体の上に、依然として刃の雨が降り注ぎ、アルゴという魔法使いは針の山になり果てた。
やがて刃の雨は止んだ。
敵の魔法使いは、この攻撃で敵を殲滅することが出来たと判断したのか、それとも、より効果的な攻撃に切り替えるつもりなのか。いずれにしろ、嵐は終わったようだ。
しかし、しばらくシユエトは何も言葉を発することが出来なかった。エクリパンもブランジュも同様だ。
音そのものが、世界から消え失せたような沈黙がしばらく続く。その沈黙は死がもたらした静けさだろうとシユエトは思う。
シユエトもブランジュも、饒舌なエクリパンも、アルゴの死体を横目で見ながら、ただ呆然としていた。
――アルゴは残念だった。彼以外は無事だな?
直接、その残酷な死を目撃していないダンテスクが、その沈黙を破った。
「・・・ああ、何とか凌いだ。何とか凌いだぞ」
シユエトは独り言のように呟いた。
――では、相手からの次の攻撃に備えながら、扉の破壊活動を継続してくれ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ダンテスク!」
さっきまでずっと項垂れていたブランジュが、きっと顔を上げた。「私たちはこんな敵と戦わないといけないの? 話しが違うんじゃないの!」
――敵は一人。こっちは九人だ。負けるよう戦いではない。
「でも」
アルゴが死んで、一人欠けたことで彼らの戦力は八人になってしまったが、誰もダンテスクの間違いを指摘しなかった。改めて仲間の死を確認する気になれなかったからだろう。
――こんなところで、足止めを食らっている場合ではない。君たちだって優秀だ。敵の魔法使いに負けないくらいの実力がある。臆することはない。
「そうさ、ダンテスクの言う通りだ」
ダンテスクの言葉で気分をさっさと切り替えたのか、そんなことを言いながらエクリパンがアルゴの死体をあさり始めた。
彼の懐に手を入れ、腰袋を覗き込み、指にはまっている指輪を取り外したりしている。
「俺たちならば大丈夫だ。彼の仇を取ってやろうぜ。と言っても彼の声を聞いたのは、最後の悲鳴だけだったが。どんな魔法が得意なのか、どうしてこの戦いに参加することになったのか、わからないまま死んだけど」
「あなたは、私がこの闘いに参加してる理由を知ってるの?」
ブランジュが言った。
「はあ? 何だって?」
エクリパンが返す。
「私が先に死んだとき、そんなセリフを吐かれるかと思うと哀し過ぎるから」
「知らないな。教えてくれ」
「お金よ。多分、あなたと同じ。魔法使いとして生計を立てていて、実入りのいい仕事が転がってきたから、私は受けただけ」
「そうだな。だいたい俺と同じだ」
「でも彼はそんなタイプじゃなかったかもしれない」
「ああ。それにしては未熟過ぎた。まだ若かったから、腕試しの一つとして参加したのかもしれない。しかしこの腕試しは、彼にとってハード過ぎた現場だったようだ」
「宝石は残ってるの?」
アルゴの懐から奪い取った革袋を指差しながら、ブランジュがエクリパンに尋ねた。
「ダイヤモンドは残っている。サファイアとエメラルドは消えている。その二つで防備をしていたんだろう。他のくず石も残っている」
「ってことは、彼は攻撃魔法が得意な魔法使いだったのかもしれない。それなのに本格的な戦いが始まる前に失うなんて!」
「いや、防備が二流なら、攻撃も二流だったろう。惜しむ必要のない魔法使いさ」
「冷たいわ、その言い方」
「おいおい、こんなときに優しさなんて求めないでくれよ!」
エクリパンはブランジュの態度にうんざりした様子で、これ以上話す気はないと言うように彼女から背を向ける。
エクリパンもシユエト同様、どこか場違いな発言をするブランジュに苛立ちを感じ始めたようだ。一方、ブランジュはまだ彼に何か言いたそうな表情だったが、自分の仕事を思い出したのか、シユエトのほうに注意を向けてきた。
「さっさと、この第一関門を突破しよう」
ブランジュを見返しながら、シユエトは言った。「とにかくこのシールドを破壊して、この建物の中に侵入し、敵の魔法使いの顔ぐらい拝まなければ、雇い主に対しても申し訳が立たない。ケンカをするのはそれからでいい」
「わかってるわ。エクリパンの魔法では太刀打ち出来なかったから、私たち二人でやりましょう」
「ああ、お願いする。俺はこれ以上、宝石を消費したくないからね」
エクリパンはそう言って、最前線から引き下がっていった。
「その前にエクリパン。その宝石、どうするつもりだ?」
シユエトはエクリパンが奪った革袋を指差しながら、エクリパンに尋ねた。
先に死んだ仲間が残した宝石を回収するのは、戦場において悪いことではない。死者に宝石は不必要なものだからだ。
たった一つの宝石が命運を左右するのはよくあること。死者の持ち物だからといって、遠慮する必要はない。
しかしそれを一人で独占するのはいけない。
「リーダーはあんただ。公平に配ってくれ」
エクリパンは一切の未練も見せず、宝石の入った革袋をシユエトに投げて渡した。
「三等分しよう」
シユエトは革袋の中の宝石をすぐに別けて、エクリパンとブランジュに配った。
「では、俺からいく」
そして彼は再び攻撃態勢に入る。