38)ブランジュ <戦闘11>
しかし敵の魔法使いは、次の攻撃を放っては来なかった。
ブランジュのガルディアンがようやく応答を返してくる。彼女は何とか再び、シールドを身にまとった。
「まだ殺すつもりはない。君たちには聞きたいことがあるからね。殺すとしたら、そのあとだ」
敵の魔法使いがかすかな笑みを浮かべて言った。「しかし君たちのシールドを壊すのに、ダイヤモンド三つも必要なかったな。この程度のレベルで、よく僕に戦いを挑んできたものだ。呆れて言葉も出ない。君たちの勘違いが恥ずかしいよ」
敵の魔法使いが手を広げる。砕けた宝石の欠片がキラキラと零れ落ちていく。
「君たちだって理解しているだろ? 僕と君たちとの実力差がどれだけ違うか。殺そうと思えば、いつでも殺せる。その前提をまず理解して欲しい。その上で尋ねるのだけど、君たちは外部の何者かと、連絡を取っているようだな」
ブランジュたちに完全に背を向けて、敵の魔法使いが部屋の隅のほうに歩いていく。
彼は戸棚の引き出しを開けて、そこから何かを取り出したようだ。
その取り出した何かを耳に装着した。イヤーカフに違いない。
「面倒だな、その者の居場所も見つけて殺さなければいけない。外部の人間よ、僕もその通信グループに入れるんだ。言いたいことがあるなら何か言って来るがいい」
敵の魔法使いが宙に向かって声を張り上げる。ダンテスクに向かって呼び掛けているようだ。
敵からの呼び掛けに、ダンテスクは何も言葉を発しなかった。
もちろん、それが正解かもしれないとブランジュは思う。
しかしそれと同時に、ダンテスクだけ逃げようとしているようにも感じられた。
(最前線で体を張っている私たちは殺されようとしているのに、安全なところで指示だけを出している彼だけは、上手く逃げおおせることが出来るかもしれない)
それがとてつもなく卑怯なことにも思えるのだ。
「応答なしか。では君たちを拷問でもするべきかな。その悲鳴を聞いていたら、出て来ないわけにはいかなくなるはずだ」
そう言って、敵の魔法使いがこちらに冷酷な眼差しを送ってくる。「まずはこの女から。・・・いや、やはりその男にしよう」
敵の魔法使いはエクリパンを指差した。
――待て。
そのとき、ダンテスクが言葉を発した。
――俺は逃げも隠れもしない。
「黙っていろ、ダンテスク」
エクリパンは声を張り上げた。「そんなもの、脅しに過ぎない」
――いや、こいつは本気でやるつもりだった。別に奴と言葉を交わしたからといって、俺の居場所が知られるわけでもない。
「その通り、君の声を聞いただけで、君が何者かなど、僕にわかるはずもない。ただ単に、その向こうに何者かが居るかもしれないという朧な疑惑が、間違いなく居るという確信に変わっただけさ。しかしそれはそうと、君はあまりに呆気なく、大きな失策を犯したのだけど。それに気づいていないのか?」
敵の魔法使いがそう言って、ニヤリと微笑む。
その言葉を聞いて、エクリパンが舌打ちした。シユエトも天井を見上げる。
少し遅れて、ブランジュも気づいた。ダンテスクは黙ったままでいるが、当然すぐにわかったであろう。
「僕が本気でやるつもりだっただって? まるで心の中を読み取ったようなセリフだね」
ダンテスクの魔法は凄い、ブランジュは心の底からそう思う。
彼のような魔法使い、絶対に敵に回したくない。感情を読み取るだけでなく、それを操ることも可能らしい。
しかもこのように離れたい場所からでも、それが可能なのだ。本当に恐ろしい魔法使いだと言っていいだろう。
しかしそれと同時に、ダンテスクには何か足りない部分がある。
(彼はとてつもない魔法の使い手だけど、決してプロの殺し屋などではない。戦い馴れた傭兵ですらない。私と同じ戦いの素人に違いない)
「一人の者だけわざわざ、遠い場所から指示を出す意味がわからなかった。何か特殊な魔法が使えるのかもしれないと予想してはいたが。そういうことか」
僕の思考を読んでいるのか? いや、違うな。感情が読める、その程度であろう。しかし。
「少しばかり面白い魔法が使えるようだね。いや、そのダンテスクという者だけではない。さっきの女性の魔法だってそうだ。あの少女を消し去った魔法、それも見事だった。君たちは皆、いささか変わった魔法に長じているようだ。誰も見たことのない個性的な魔法が使えるということで、君たちはこの戦いに選出されたのか?」
いや、それも違うな。
敵の魔法使いはすぐに自らの言葉を否定した。「魔法使いは、自分の使える魔法を無闇に喧伝しないものだ。その魔法が特殊であればあるほど。それなのにこれだけ特殊な魔法の使い手が集まったということは、君たちの中にプログラム作成に長じた魔法使いがいるのかもしれないな。その魔法使いが、君たちにそれぞれ魔法を授けた」
しかもそいつは、かなり優秀で、創造性に溢れた才能の持ち主。
彼は本気で、それらの魔法のプログラムに感心しているようである。
彼の表情から、はっきりとそれが見て取れた。
「まだ君たちは、全ての魔法を発揮したわけではないはずだ。そこのよく喋る男と、もう一人の男。君たちも面白い魔法が使えるのかもしれないね」
敵の魔法使いはエクリパンとシユエトを指差す。
「あ、ああ、その通りだ・・・」
その通りだよ。
エクリパンが声を発した。
最初は小さな声だったけれど、徐々に大きな声で。
敵の魔法遣いから圧倒的な力を見せつけられ、このエクリパンですら、すっかり意気消沈していたようにブランジュには思えた。
一瞬でシールドを破壊されたとき、彼もブランジュと同じように死を覚悟していただろう。
しかし敵の魔法使いのその言葉を聞いて、何だか彼はまた新たに戦闘への意欲を取り戻したようであった。
我々にはまだ秘策がある。エクリパンはそれを思い出したのかもしれない。
「あるぜ、誰も見たこと、とてつもない魔法が」
エクリパンは言った。
「ならば、それを見せて欲しいね」
敵の魔法使いが返す。
「本当にいいのか?」
エクリパンも不敵な表情で微笑んだ。「それを見たが最後、お前は死ぬことになるが」
「死の恐怖よりも、好奇心が勝る。見せて貰おうか」
「覚悟しろよ、邪悪な魔法使い!」
エクリパンは興奮したように叫んだ。
「その魔法を見せたのを最後、君たちは死ぬことになるのだから、覚悟を決めるのはそっちのほうだ」
だからその前に聞いておきたいのだけど、その天才プログラマーは誰だい?
一方、敵の魔法使いは冷静に返す。
君か? もしくは君か?
敵の魔法使いはエクリパン、シユエト、ブランジュ、デボシュ、アンボメの順に指差す。
「それとも既に死んだ中にいるのか?」
そう言って、ルフェーブとシャカルの死体を見る。
「当然、ダンテスクという男の可能性もあるね。あるいはここに居ない人間かもしれない。さて、いったい誰なんだ?」
(私も知らない)
いや、それどころか敵の魔法使いの言葉を聞いて初めて、この戦いに参加している魔法使いたち全員が、個性的な魔法を使えるという共通点に、ブランジュは今、初めて気づいた。
ありきたりな一般的魔法しか使えないタイプは、ここにいない。
まだエクリパンとシユエトの魔法がどのようなものか知らないが、二人も魔法使いとしてレベルが極端に高いほうではないようだから、きっと自分にしか使うことの出来ない特別な魔法を持っているに違いない。
だからこそ、彼らもこの戦いに選ばれたのだ。
(しかも、それは自らが編み出した魔法ではなくて、敵の魔法使いが推測するとおり、誰かから授けられたのかもしれない)
彼らとそのような会話を交わしたことはないが、私たちの共通点はそれに違いない。ブランジュはふと、そんなことを思った。
(私はガリレイという謎の人間から、自分の魔法は授けられたのだ。もしかしたらガリレイという人と関わりを持ったこと、それが私たちの共通点ではないの?)