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37)ブランジュ <戦闘10>

 「クアッドコアだ・・・」


 シユエトがつぶやいているのを、ブランジュは隣で聞いた。


 「え?」


 シユエトの声には恐怖と共に、それを賛嘆するような響きも聞き取れた。ブランジュはそんなところに引っ掛かった。


 「いや、もしかしたらヘキサコアかもしれない。奴は同時に四つ以上の魔法を使えるようだ・・・」


 こんなときにも冷静に、相手のことを分析出来るなんて。


 (男の人は不思議だわ)


 ブランジュは思う。しかし確かにシユエトの言うとおりだろう。

 シャカルの頭が、南国の熟れた果物のように赤い果汁を贅沢に飛ばして、きれいに破裂したのだ。

 少し経ってから、彼の残った身体も、よろけて崩れ落ちた。

 それは本当に一瞬の出来事だった。敵の魔法使いの最初の攻撃で、シャカルのシールドは木っ端微塵に弾け飛んでいた。そのすぐあとの攻撃で、彼の頭も弾け飛んだ。


 (この時点で魔法を二つ同時に使ったことになる。すなわちデュアルコアだ)


 しかしシールドをいつでも貼れるためのコアを残しているかもしれない。

 それだけじゃない。さっきの少女が部屋に闖入してからも、ルフェーブは敵の魔法使いの足元でずっと固まったように動けないでいる。いまだに魔法の攻撃を受けているのは間違いない。

 すなわち敵は、四つの魔法を同時に使えるということ。最低でもクアッドコア! 


 (やっぱり私はとんでもないことをしてしまった・・・)


 改めてブランジュは先程の自分の行動を悔いた。このバケモノはどのような卑怯な手を使ってでも、殺しておかなければいけなかったんだ。

 一人くらいの少女の犠牲は止むを得なかったのかもしれない。たとえ、その少女がこの戦いと何の関係がなかったとしても。


 「そして次に要注意人物は君だ」


 ブランジュの後悔に関わらず、事態は更に進行していく。敵の魔法使いはそのルフェーブを見下ろしながら言った。


 「君の身体能力は素晴らしい。その素早い動きを何度も止められる自信は、この僕にだってない。もし君が、さっきの少女と同様、その魔法のかかったアイテムを持っていたとすれば、けっこう危険だということだ」


 だから次に死ななければいけないのは君。


 敵の魔法使いは再び傘を掲げた。

 ルフェーブは敵の魔法使いの足元近くで、ずっと身動き一つ出来ない状態でいた。

 とても重い荷物を肩の上に載せられているかのように背中を丸め、中腰の姿勢で固まっていた。ときおり膝をついたり、また立ち上がったりを繰り返していたが、彼にはその程度の自由しか許されていないようだった。


 そのルフェーブに向かって、敵の魔法使いは魔法を放った。ルフェーブのシールドが盛大に砕け散った。

 砕けたシールドの破片を避けるためか、敵の魔法使いは二、三歩後ろに下がる。

 敵の魔法使いが後ろに下がると同時に、ルフェーブにかかっていた魔法が解けたようだ。今まで自由が奪われていたルフェーブは、その瞬間、すくりと立ち上がった。そして次の敵からの攻撃を予感して、彼はその場から逃れようとした。


 しかし再びルフェーブの身体が固まる。それから一瞬遅れて、彼は前のめりに倒れた。

 ブランジュの耳に断末魔のような小さな呻き声が聞こえたような気がする。しかしルフェーブとの距離を考えると、幻聴である可能性のほうが高い。


 (ああ、もうやめて!)


 その死も自分の罪のように、ブランジュには思えた。

 仲間たちの自分に対する怒りは、更に激しくなっているかもしれない。そう思いながら、エクリパンの横顔をそっと伺ったが、彼の表情から怒りは消し飛んでいた。

 今、彼の表情に浮かんでいるのは多分、恐怖。


 「心臓を潰した。死んだよ、彼も」


 敵の魔法使いが言った。ブランジュはそっちに視線を向ける。人を二人も殺して、この邪悪な魔法使いもいくらか興奮しているのかもしれない。彼の表情が僅かに紅潮して見えた。


 その敵の魔法使いの背後で、デボシュがまるで自らも何かの攻撃を受けたかのように、がくりと片膝をついた。その姿がブランジュの視界に映った。


 牝羊班のデボシュは敵の魔法使いの後ろ、ブランジュたちとは反対の位置にいる。

 彼は何か攻撃を受けた様子はない。おそらくルフェーブの死にショックを感じたのだろう。

 デボシュは大きな口を開けて何かを叫んでいるようであるが、その声はブランジュの耳に聞こえてこなかった。あまりに壮絶なショックで、声が出ていないのかもしれない。


 「君は殺す価値もない。雑魚だ」


 しかし敵の魔法使いはデボシュのほうを見ながらうるさそうに眉をひそめたから、彼の耳には聞こえていたのかもしれない。


 魔法使いがデボシュに向かって軽く手を振った。そこから魔法の閃光が迸るのが見えた。それと同時に、デボシュが部屋の隅のほうまで吹き飛んでいった。

 デボシュは凄まじい勢いで部屋の壁にぶつかったが、すぐにふらふらと立ち上がった。

 どうやら致命的な攻撃を受けたわけではないようだ。しかし頭から血を流しているところを見るに、彼のシールドも破壊されたに違いない。


 「さて」


 敵の魔法使いが振り向いて、ブランジュたちのほうに視線を向ける。「次はこっち側の相手をしようか」


 またもや敵の魔法使いの手の中で、眩しい光が瞬いた。ブランジュ、シユエト、エクリパンのシールドがほぼ同時に破壊された。

 それは本当に一瞬の出来事であった。あらかじめシールドが壊れるのを知っていて、偶然そのタイミングと同時に手を払ったかのよう。

 もちろん、そんなことはない。そこには因果関係があり、彼の魔法が彼女たちのシールを粉々にしたのである。


 (絶対に敵わないわ。レベルが違い過ぎる・・・)


 ブランジュは呆然としながら思った。

 たとえ世界に太陽が二つ出現するような奇跡が起きたとしもて、私たちの力で、この男を殺せる奇跡は起きない。

 それくらいレベルが違う。蟻んこに人間は殺せない。たとえその蟻が一万匹群れていたとしても多分。


 とはいえ、おめおめと殺されるわけにもいかない。ブランジュは急いで新たなシールドを形成する。

 しかしその作業には、どれだけ急いだとしても数秒はかかる。消えてしまった火を再び点火するのと同じくらいの時間が必要。


 彼女は敵の魔法使いのように、マルチコアの使い手ではなかった。おそらくシユエトもエクリパンもだ。次の魔法を用意するには時間がかかる。彼女と契約している魔族の能力が低くて、すぐに応じてくれないのだ。


 その間は丸裸も同然である。

 弱い風が吹いただけで肌が傷だらけになりそうなくらい、ブランジュは今、自分が無防備な気がする。

 敵の魔法使いが間髪置かずにもう一度魔法を放てくれば、シールドを壊された彼女たちには防ぐ手立てはないだろう。シャカルと同じように、一瞬で向こうの世界に連れて行かれるのだ。


 ブランジュは一刻も早く新たなシールを形成するよう、必死に魔族をけしかける。しかしその作業は遅々として進まない。

 その間、敵の魔法使いの邪悪な指先が、今か今かと迫ってくる。


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