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34)ダンテスク <戦闘7>

 (爆弾少女よ、その魔法使いの許に向かえ。そして奴に、その人形を手渡すんだ)


 ダンテスクは意識を研ぎ澄まし、ゲシュタルトの僅かな動きを見逃さないようにする。

 その部屋のゲシュタルトは合計で九つ。仲間が七人、あとの二つは敵の魔法使い、そして爆弾少女。


 その少女がこの部屋に乱入してから、まるでこの戦場は時間が留まったかのように不気味に静まり返っていた。

 少女が入ってくる作戦の詳細を知らなかったシユエト、ブランジュ、デボシュたちは、いったい何が起きたのかといった様子で、事の成り行きを見守ろうとしている。

 敵の魔法使いも少し驚いた様子で、この少女を物珍しげに見ている。

 一方、シャカルだけ、その瞬間が来るのはいつかと、待ち構えている。


――大丈夫だ、この作戦は軌道に乗っている。成功の確率はきわめて高い。一時たりとも、気を抜くなよ、シャカル。


 (俺には奴の感情が手に取るようにわかる。チューニングは完璧に合っている)


 ダンテスクはアルゴの成し遂げた勇気ある仕事に感謝した。彼は直接、この恐るべき魔法使いと相対して、難しい任務をやり遂げ、そして見事生還を果たしたのである。


 (アルゴ、君のやり遂げた仕事は、今、確実に効果を上げている)


 アルゴが最初の攻撃で死んでしまったことは悲しいことであるが、今、改めてダンテスクはアルゴへの哀悼の意を捧げる。

 アルゴのその仕事のお陰で、ダンテスクは敵の魔法使いの胸中をも把握することが出来ているのである。

 正確に言えば、相手の考えていることが明確に把握出来るというわけではなくて、ただその感情の動きを垣間見ることが出来るだけであるが。

 垣間見たその感情から、奴の考えていることを導き出すのがダンテスクの仕事。彼のセンスが試される部分。


 (少なくとも敵の魔法使いが、この現状に戸惑っていることは事実。この少女が、我々の仕込んだ作戦の一部だということに思い至っていないよう。ましてや、この少女が自分の命を脅かす強烈な兵器だとは、露ほども考えていない。警戒心は抱いているようだが、恐怖心はまるで感じていない)


 どれだけ豪胆な人間であっても、ナイフを見ただけで反射的に恐怖心は抱くものである。

 すなわち恐怖心こそが、何かを武器だと判断したときの指標。それが他人の感情の動きを観察する、ダンテスクの構築した基準。

 この魔法使いだって変わりはない。

 ここまで、じっと奴の感動の動きを仔細に観察してきたダンテスクはわかっている。

 何らかの攻撃を前にしたとき、僅かではあるが、敵の魔法使いの感情の中に恐怖の小波が沸き立っていたことを。


 しかしこの少女を見ても、敵の魔法使いはその種の恐怖心を感じていないようだ。

 彼がこの少女を我々の武器だと認識してはいないという証拠である。


 (ならば、敵の魔法使いはその少女を受け入れるであろう、あともう少し、奴の心を動かせば、きっと)


 ダンテスクの描こうとしている筋書きはこうだ。

 少女とその魔法使いは顔見知りという設定。とりあえず隣に住む少女ということにしているが、細かいことはどうでもいい。

 敵の魔法使いは、野良猫を可愛がるような感じで、その少女を可愛がっていた。

 とにかく魔法使いがその少女に対して、そのような感情を抱いているということ、それが重要である。

 一瞬でもいい。奴にそう錯覚させれば、それで勝負はつくのだ。


 (そう、それで俺たちが勝つ)


 ダンテスクは魔法使いの心の中に向かって、この少女に対する親愛の情、優しさを、絶え間なく送り続ける。

 その行為は、まるで凍てついた氷原に種子を埋めて、花を咲かせるように難しいことである。


 (しかし決して不可能でもない。その氷の下に、肥沃な土壌が存在しているのを俺は知っているから)


 そこは魔法が飛び交う危険な戦場だ。そんなところに、自分の知り合いの少女が紛れ込んだのだ。

 臆病な人間ならば、自分の身の安全だけを第一に考え、それに関わろうとはしないかもしれない。

 しかし幸いにもその魔法使いは豪胆。しかも奴は、目の前にいる敵を完全に見下している。


 (俺の仲間が見下されている。それは悔しいことであるが、しかし今はその油断に乗じればいい。奴が死んでから、目の前の敵を軽んじたことを後悔させるのだ)


 敵の魔法使いの性質は邪悪にして残酷。しかも、世界に混乱をもたらした凶悪な魔族と契約を結んだ男。

 そのような魔法使いであるが、彼にまるで人間らしい心がないわけではない。

 敵の魔法使いのゲシュタルトを仔細に観察し続けてきたダンテスクは、その事実を知っている。

 確かに、とてつもない自己中心的思考と、強烈な自惚れ、自己愛を感じる。

 自分の利益のためならば他人を利用し、邪魔をする者は平気で殺める冷酷さを持っている。それは事実だ。


 (しかし同時に、この男には驚くべき脆さもある。例えるならば、か弱き乙女のような脆さ。孤独を恐れ、安らぎや平安などを心の底から希求している。それがそのまま、他者への共感性に転じてもいるようだ)


 例えばシャカルの心は渇きに渇いた、植物がまるで生えていない荒野のようである。

 おそらく、他人の痛みを共感する能力が、先天的に欠けているに違いない。

 彼にとって、人間は木箱と同質だ。それを壊すことに、一片の躊躇もない。

 アンボメの心も荒廃し切っている。他者への憎しみでいっぱいで、生来持っていたはずの人間性が消えかかっている。結果的に、シャカルと似たようなものである。


 しかし敵の魔法使いは、彼らと同じような邪悪な印象を感じさせるが、その二人とは明確に違う。

 シャカルやアンボメのように単純に断じられない。いわば、複雑なパーソナリティの持ち主なのだ。


 (そもそも、その敵の魔法使いを邪悪だと断定するのは誤りなのかもしれない。我々の仲間である、シャカルやアンボメのほうがはるかに有害で、人間としての価値はない)


 しかしそうであろうと、その魔法使いが我々の敵であることは事実。


 (敵の魔法使いがどのような人物であろうが関係ない。この男を抹殺することが、我々の雇い主の望み。雇い主から報酬を貰っているのだから、その仕事に全力を尽くすだけ、頼むぞ、仲間たちよ)


 順調に進んでいる部分もある。しかし全てがダンテスクの狙い通り進んでいないことも事実だ。

 もしダンテスクの魔法が十分な効果を上げていれば、敵の魔法使いは少女を守るために、自ら少女に近づいてもいいはずなのだ。

 それなのに、その気配は今のところ見られない。


――突然、女の子が部屋に入ってきて驚いている、そのような演技は必要かもしれない。


 ダンテスクは他の仲間たちにそのようなメッセージを出した。


――あるいは、その少女を害するような素振りも。上手くいけば、それをきっかけに敵の魔法使いが何らかの行動に出るかもしれない。


 ダンテスクのメッセージが、それぞれ仲間の心の中に反響していく。

 彼らがその言葉をどう受け取ったのか詳しくわからないが、彼らがそれをキャッチしたのは、ゲシュタルトの動きでわかる。

 ダンテスクからのそのメッセージに、声を出して返事するわけにはいかないので、誰も言葉で返しては来ない。

 当然の判断である。敵の魔法使いを騙すために行っている作戦の最中、それについて返答するわけにはいかないだろう。勘の鋭い相手なのだから、何気なく発した言葉にも敏感に反応するだろう。


 ダンテスクだけが、敵の魔法使いの部屋にいる仲間たちとは遠く離れた場所にいる

 。彼らとの会話は魔界を経由して行われている。彼の声は、仲間たちが耳にはめているイヤーカフに届いているはずである。

 魔界を通した会話であろうが、言葉を声に出さなければ意思疎通することは不可能なのである。

 小さな声で話せば敵の魔法使いに聞こえることはないかもしれないが、外部の人間と打ち合わせをしていることが知られてしまう。

 このような敵と対峙しているのだから、念には念を入れることが重要だ。


 「おい、邪魔だ! 怪我しても知らないぞ!」


 そのときエクリパンが少女の足元に向かって魔法を放った、ようだ。

 弱い魔法だ。彼女の足元で鮮やかな破裂音が響くが、それでは虫くらいしか殺せない程度の魔法。

 しかし戦場に迷い込んできた少女に対する警告にはなる。「すぐに消えろ。さもないと大怪我するぞ」そんなメッセージに。


 エクリパンの魔法に驚いた少女が、悲鳴を上げる。

 そして助けを求めるように敵の魔法使いを見上げた。


――上手いぞ、エクリパン、さすがだ。


 それを見た敵の魔法使いが反応した。彼の心がぐらりと揺らいだのだ。彼のゲシュタルトの変化から、それがしかりと読み取れる。


 (少女が助けを求めるように、敵の魔法使いに視線を送ったのが、特に効果的だったようだ)


 膠着していた状態が少し動き始めた。


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